第29話 本心
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森を少しばかり走ると、見慣れた屋敷が見えてきた。三日月に見降ろされる豪華な建物は、見る者をたじろがせる威厳がある。
屋敷を離れて半年ほど。
レラは思ったより心を乱していない自分に気付いた。嫌な記憶蘇る準備をしていたのだが、今は信頼のおける仲間がいる。1人ではないという心強さが、自分をしっかりと支えていた。
「荒れてるね」
「あぁ。君が去ってから、ミーシャに無理難題を押し付けれた使用人たちが耐え切れず辞めていったんだ。今じゃ庭は荒れ放題で見る影もない」
「そっか……」
レラは庭の手入れが好きだった。植物や自然は彼女を害さない味方であったから。
その彼らは茶色く萎れ、息を失っている。
隣のアルトリウスが彼女の耳元で囁いた。
「いた。正面玄関の2人だ。ユージンが教えてくれた見張り交代の時間は守っているようだね」
「裏口には1名が呑気に寝てます。交代の1人が来るまで待ちますか?」
いつの間にか背後に居たハンスが、アルトリウスとレラに顔の高さを揃えていった。その3人を見おろしたユージンが首を振る。
「あぁ。前も言ったように放置しよう。裏口は屋敷から遠いしね」
以前、ユージンは作戦会議の時に言っていた。屋敷の中を守る兵士と、外を守る兵士は違うと。
中を守る兵士の方が連帯感と熟練度が違うらしく、外を守る兵士はお飾り的な意味合いが強いそうだ。
現に、正面の兵士は大笑いをして祭りで調達したであろう酒を飲んでいるし、裏口は寝ている。
「外の兵士と中の兵士が協力することはまずない。正面だけ黙らせるよ」
と、ユージンはサッと闇夜に溶けた。彼は木々の間を縫って彼らに近付き、背に手を当てたかと思えば、兵士たちは意識を失ったように倒れ込んだ。その彼らを雑に支えたハンスが、縛って木々に巻き付ける。
なかなかの手際の良さに、レラは衝撃を受けた。……彼らはこういう事に慣れているんだ。
呆気に取られていると、ハンスが事前に決めていた合図を出した。
『外から、巡回する兵がどこにいるか確認してきます』
作戦の主はユージンとハンスが行うことになっている。アルトリウスはレラの傍から離れたがらず、ハンスとユージンにとっても王子が表立って行動しないのは喜ばしい事であった。
ハンスは猫のようにしなやかに、軽やかに森を駆けた。長身だというのに素早い身のこなしは目を見張るものがある。
ユージンは影を縫うように木々に消えていく。ちょっと目を離したら見失ってしまいそうだ。
「僕の仲間は頼もしいだろう」
「はい。すごく」
「ふふ、そうだろう」
アルトリウス様は嬉しそうだ。ハンスやユージン、そしてクラリス様のことをとても信頼しているのが伝わる。
「…………」
突然、不安が押し寄せた。
ぽっと出の私なんかが、彼らの傍に張り付いていいんだろうか。もう何もかもが背伸びしているようで、何もなし得ないし、何も持ち得ない自分がちょっとだけ惨めに思えてしまった。
彼らから与えてもらうばかりで、私は彼らの力に縋るだけ?
「レラ、大丈夫?」
「あ、はい。すみません。緊張してしまって」
「安心して欲しい。君の事は何があろうと僕が守るから」
その言葉と微笑みは、以前ならばちょっと嬉しくて気恥ずかしいとさえ思っただろう。だが、今はひたすらに申し訳ない。
そう言わせてしまった無力な自分がいる。保護されるような人間が、積極的に前に出たがっている。
いいや。足手纏いにならないために、3か月の訓練を頑張って来たのではないか。
皆、真剣に私に向き合ってくれたではないか。
――でも、知りたいんだ。
「皆さんの邪魔だけは絶対にしませんから」
「そんなに気負う必要は無いよ。君は努力していたじゃないか」
「はい。でも、それだけじゃダメなんです。もっと力になりたい」
「レラ、あまり自分を卑下するな。その迷いはどこかで綻びを生むよ」
「……ごめんなさい」
アルトリウス様の忠告に心がしょげた。今は変に考えすぎない方がいいのかもしれない。
私が今考えるべきことはただ1つ。作戦の成功だ。
音もなく、目の前に影が落ちる。ぎょっとして顔を上げると眉間に皺を寄せる彼らがいた。
アルトリウス様は気付いていたようだ。
「戻りました。ちょっと幸先悪いですね。巡回者がいません」
「あぁ、こちらも目視は出来ないし、地上の魔力感知も反応が無かった。巡回4名と地下室4名。最大8名が地下にいると想定して動いた方がいいな」
「分かった。じゃあ、レラ。君の出番だ」
「え!」
思わず小さく声をあげてしまうが、幸い誰にも咎められずに済んだ。
「君以外の魔力を探すんだ」
「でもそんなこと……」
訓練でもやっていない。そもそも私の訓練は主に護身のため。
作戦の方針を決めかねないことは任されないと思っていた。
「出来るよ、やるんだ」
アルトリウス様が信頼という名の責任を押し付けてきた。
きっとクラリス様も、ユージンもハンスもこの圧に晒されて、そして結果を出してきた。
だからこそ、今の彼らの関係性があるのだろう。心の奥を見透かされるような赤の瞳に思わず目を逸らしてしまったが、彼は気にせず畳みかけてきた。
「君しかいないんだ。ここで敵8名を想定して動くことも可能だろうが、より正確な人数を把握するに越したことは無いだろう。レラ、君がやるんだ」
「そんな、私なんかが」
「出来る」
目で思わず誰かに助けを求めるが、ユージンもハンスも既にいなかった。周囲を警戒したり、再度屋敷内部を見に行ったりと自分の役割を全うしている。
「や、やってみます」
断れる訳がなかった。やること自体は問題ない。ただ、私の判断が彼らの運命を決めてしまうかもしれない。それが、それだけが怖い。背が異常に熱を奪ってくる感覚がした。
「大丈夫さ。誰も君を責めたりしない。責める道理もないよ」
またもや心の内を読まれているようなアルトリウス様の声が聞こえた。あぁ、もう知らない!
私は自分以外の魔力を必死に探す。アルトリウス様、ユージン、ハンス。裏口で寝ている……いや、ハンスが昏倒させた――1名と、正面の縛られている2名。そして――……。
「います。地下に6……いや、5?それ以外は見当たらないです。地上階には誰もいません」
「よくやった。……少し意地悪をした、ごめんね」
アルトリウス様はすまない、と困り笑顔を浮かべている。
「私の士気を上げるため……ですよね。別にアルトリウス様は8名の敵がいても問題なかった。ただ、私が自信無さげにしているから気を遣ってくださったんでしょう?」
「いいや。僕は万全を期しただけだ。何事も臆病になってしまう性格なものでね」
「嘘。でも、ありがとうございます。待ってばかりだと嫌な妄想ばかりしてしまうので、喝を入れなきゃ駄目ですね」
そう言って再び瞳に光を取り戻したレラを、アルトリウスは真顔で見ていた。
――そうか。君には僕がそういう風に映っているんだね。ここで引くようだったら、作戦から外すつもりだったんだけれど。
先ほどのレラの問いかけは正直見当違いだったが、嬉しい誤算だ。
彼女は「アルトリウス」を清廉潔白な好青年だと思っていてくれているのだから。
好いた女性からの評価は言いに越したことは無い。
「じゃあ、中に入ろうか」
アルトリウス達はハンスを先頭に、忍び足でフォード家に足を踏み入れた。
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