第3話 転機
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――日常は、突然崩れ落ちる。
「ごめん、僕はここから去ることになった」
ユージンが告げる。あまりにも突然の事だった。
珍しく夜に私の自室を訪れたかと思いきや、彼は私がドアを開けるや否や別れを告げてきた。
「それって、この屋敷からいなくなるの?」
「あぁ」
「どうして?」
「それは言えない。守秘義務があるんだ」
「ミーシャに意地悪された?」
「違う」
「あなたの決断?」
そう問うと、彼は明らかに動揺を示した。
「ち、違う」
「……そっか」
ベッドの下から、ずっと溜めていたお金を差し出す。
「これ、あげる。私には本当に要らないの。ユージンが使って」
「受け取れない」
「お願い。断るなら、全部ミーシャに言っちゃうからね」
「……分かった。後で、必ず君に返すと約束する」
随分とおかしな話だ。
この屋敷から去った者は、この屋敷に居座る私と会うことは叶わないのに。
「うん。待ってる」
「……君はこれからどうするんだ」
「大丈夫。来年からミーシャは全寮制の魔法学校に行くらしいの。だから、平気だよ。毎日怒られることはなくなるかな。ミーシャのお父様とお母様は、ご病気で療養中のままだし、当面は平気」
「君は魔法学校に行きたい?」
「うん、叶うことなら。そうだ。私の宝石を造る過程って、もしかして魔法だった?」
「……。あ、あぁ。他にも学んだら色んなことが出来る」
「ものを浮かせたり、火を出したり、水を操ったり、風を巻き起こしたり?」
「……まさか」
「も、もちろん誰にも見られていないよ。料理や掃除、お庭の手入れを1日でやるには、魔法……使うしかなかったの」
ユージンから叱られる気配を察知した私は、必死に弁明する。魔法って、他人に見せちゃいけないものだったのかな。
「レラ、魔法は使うな。使っているところを人に見せるな」
「うん……。ごめん」
「謝らないで。魔法は悪い事じゃない。ただ……」
ユージンは何かを言いかけたが、手元から光る懐中時計を取り出すと、フードを目深にかぶり直した。
「最後に、ずっと気になっていたことを1つ尋ねてもいいかな?」
「うん」
「僕は……君の役に立てていた?」
「うん。楽しかった。とっ、ともだち……みたいで」
「え、友達?」
「……え、嫌だった?」
「いいや。君にとって友達がいかに大きな存在か知っているから、全くショックじゃない。あぁ。全然嫌じゃないとも」
「ならいいけど」
私と「友達」であることが気に入らなかったのだろう。ユージンは少し機嫌を損ねてしまったみたいだ。
彼のご機嫌を取ろうと、私は石ころサイズの1つの宝石を取り出した。
緑色の宝石を、一回り大きな青い宝石が包み込んでいる私の傑作。
それを取り出した瞬間、ユージンの表情に花が咲く。どうやら正解だったようで、ほっと胸を撫でおろした。
「これを僕に?」
「餞別。売ったらいい値段になると思う」
「絶対に売らないからな」
「ふふ。じゃあ、墓場まで持って行ってね」
「……言っとくけど、今生の別れでは無いよ」
「うん。ありがとう」
そう言ってくれるだけでも私は満足だ。
ユージンは切なげに笑い、私のあげた金貨と宝石を持って闇夜に消えてしまった。
あぁ、これからもっとつまらない毎日になるのかな。
「ユージンも、いなくなっちゃった」
つまらない毎日をいつまで続けて、私はいつ――。
―――それから、数か月が経った頃だった。
ガシャン
花瓶が床に叩きつけられるけたたましい音が屋敷に響く。そこでようやく、厨房にいた私は異変に気付いた。
そっと玄関に近付くと、金切り声を上げて顔を歪ませているこの屋敷の主人が、客人に抗議している姿が目に入った。
「は?どういうこと?あいつが、私と同じ魔法学校に入学?じょ、冗談じゃないわよね?」
――よくある光景だ、と戻りかけた私の足が固まる。
だだっ広い玄関に立つ物々しい仮面騎士に向かって、ミーシャは堂々と詰め寄った。
彼女の威圧感をもろともせず、騎士は文書を読み上げる。
「ご理解いただけないようですので、今一度申し上げます。フォード家に仕えている御年18になる召使いの女性に対し、高等教育を受ける義務が発生しております」
「何度言われても理解できないわ!どうして今更あいつがそんなこと言われるの?!初等教育だって、中等教育だって受けてないのよ?」
「それはフォード家が正式な手順でその方を雇い入れていないからです。こちらとしましても、彼女の把握が遅れた点に関して謝罪いたします」
「謝罪なんか要らないわ。とにかく、あいつを買ったのは私じゃない。お父様よ!だからお前の言葉も聞き入れなくていいわよね」
「いえ。尚更、貴方が彼女の義務に口出しをする権利は発生しません」
「いいから出ていって!」
「それはできません。教育を受けるのは国民の義務ですから」
「……言っとくけど!屋敷の主人のあたしは、あいつに学費なんて払わない!この地域の魔法学校は基本的に貴族御用達の学び舎。意地汚いあいつの入学費なんて頼まれても払ってやるもんですか」
ミーシャは肩で息をしながら、煮えたぎる怒りを隠そうともしていなかった。まぁ、予想はしていた。
一瞬でも学校に通えると思った淡い期待は、案の定叶わなかった。
むしろ、頼むから彼女の機嫌をこれ以上損ねる前に帰ってくれ、とさえ客人に対して思う。
彼女の感情のはけ口は、他でもない私なのだから。
「ご心配には及びません。彼女は既に費用を納めております」
「――は?」「……え?」
「また、彼女……レラ氏の戸籍は現在、フォード家では無くヴァンガーディ国立孤児院となっております。戸籍が存在していない状態でしたので、こちらで手続きを行わせていただきました。フォード家はレラ氏にとって、ただの雇用主に過ぎない。そのため、レラ氏の養育費を払う義務は発生しておらず、また彼女の教育の義務を妨害する立場にありません」
「い、みが分からないのだけれど」
ミーシャが震える手でツインテールを握りしめた。
「申し訳ありません。端的に申し上げますと、レラ氏は明日から国立魔法学校に所属することとなります。雇用関係の継続を行うか否かは、レラ氏とミーシャ様のご判断に任せます。正式な契約書も存在するかどうか、甚だ疑問ではありますが」
「あいつ、あたしを騙していやがったんだ……」
ストレスを爆発させたミーシャが、金切り声をあげた。
「帰れ!!お前にそんなことを言われる筋合いはない!勝手に家に押しかけて適当なこと言いやがって!!あぁぁああ!!あいつ、あいつはどこ!?許さないアタシを馬鹿にして影で笑ってた絶対に許さない二度と欺けないようにしてやる」
「お言葉ですが、ここで事を荒立ててはフォード家の奴隷購入が世間に知られますよ。ご存じかは知りませんが、我が国の王子は、奴隷貿易を酷く、嫌っている」
「―――っ!」
仮面騎士は、ワントーン低い声で続けた。まるで世間知らずの彼女を脅しているように見えた。
「貴方が高位貴族の地位に君臨している裏には、黒い影が控えていることをお忘れなく」
「何が言いたい」
「私は一介の騎士にすぎません。――そろそろお暇させていただきたいのですが、その前に―」
騎士が突然、素振りも無く私に視線を向けてきた。
っ、驚いた。音をたててもいなかったのに。
「レラ氏、このままフォード家に仕えますか?選択の意思を奪われていたようですが、貴方は既にご自身で選択することが出来る。安心してください。貴方の銀行口座には、働かなくても生活には困らない資産がありますので」
「え……?」
「あなたには、ややお節介で執心深い厄介な協力者がいる―……いた、ことをお忘れなく」
騎士の意味深な言い方から思い浮かんだのはただ1人。
ユージンだ。彼は、私が溜めていたお金をこの様な形で還元してくれたのだ。
彼の協力に勇気が湧いた私は、咄嗟に答えていた。
「や、やめます。今日付けで、フォード家にお仕えするのを辞めさせてください」
「お前……っ」
ミーシャが振りかぶった手を制し、騎士が毅然と言い放つ。
「ミーシャ様。ここで彼女を引き留めることは出来ません。元々、正式な手順で雇用された人間ではないのですから」
「お前もこの女の肩を持つのか。あたしの邪魔をするのか」
「いいえ。私は第一王子、アルトリウス・ヴァンガーディ様の命に従って行動しております。貴方の敵でも、彼女の味方でもありません」
恭しく一礼し、騎士は私の手を引いてその場を去った。
数少ない荷物をまとめ、私は10年間過ごしたフォード家をあとにした。
私は、振り返らなかった。
お読みいただきありがとうございました!
ミーシャ・フォードの悪意は止まりません。




