第2話 かくしごと
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「……」
ユージンは黙りこくる。
――きっと彼も、私と仲よくしているのがミーシャにバレたくないんだろう。
私と仲の良かった者は、みんなミーシャから嫌がらせを受けて辞めていくから。
カツカツと人を蹴る音が大きくなってくる。
ゆさゆさと金髪ツインテールを揺らしながら、彼女は堂々と自宅を闊歩する。
磨き上げたばかりの床が、彼女のヒールによって抉られた。
「お帰りなさいませ。ミーシャお嬢様」
「あら、ユージン。先に帰ってたのね」
「私にも書庫の整理作業が残っていましたので」
「勤勉な男性は嫌いじゃないわ。……って、あそこにいるのアイツじゃない。まだ掃除しか出来てないのね。もう10年以上もこの屋敷にいるのに。要領が悪いのかしら……ねぇユージン?」
「さぁ、私は彼女と関わる機会が薄いので何とも」
「あはは!相変わらず他人興味が無いのね!そうよね、アイツのことなんか誰も気にしないわよねぇ。博識なユージンと違って、世間知らずなんだから。ふん、どうせ、大した魔法も使えないくせに」
ミーシャはカラカラと楽しそうに笑っていた。疼く心に気付かないフリをし、私は掃除を再開した。
そしてユージンが去り、ミーシャは私の服の裾をわざと踏んできた。ヒールを杭のように突き刺して。
「ねぇ、アンタ。今日までって言ってたアレ、やったわよね?」
「は、はい」
「あっそ、じゃあ私の机の上に置いといてちょうだい。明日、学校に持っていくから」
「……はい」
ミーシャが去った後も、私の心臓は怯えていた。
**
「……やっぱり、いらないよ」
金貨を取り出し、ボロボロな木の机の上に並べる。
世間に疎い私でも分かる。おそらくこれだけで本が数百冊買える額だ。
ミーシャの家にはすでに大きな書庫があるから、新たに本を買う必要は無い。
欲しい本があったら、司書のユージンに言えばこっそり貸してくれる。
では、私は一体何のために、価値の無い硬貨を集めているのだろう。
「もうやめようかなぁ」
ギシギシ悲鳴を上げ続けるベットの下から、大きな木箱を取り出した。
布切れをめくると、煌めく色とりどりの宝石が寝ていた。
その内の藍。聡明なユージンの髪色を取り出し、ロウソクの灯りに照らしてみる。
大きさは石ころサイズ。これは内側に緑色――ユージンの瞳の色をした一回り小さい宝石を閉じ込めてみた傑作だ。我ながら手放しがたい代物。
「今日は何を造ろうかな……」
目を閉じ、昼間の光を思い返す。色付きガラスを通って廊下を染めた赤、黄色、青……。
「ううん。違う」
その後、私の髪に反射し、床に映し出された七色の輪。これだ。
「透明な輪っかにしよう」
両手を机の上に置き、なんとなく輪っかを作るイメージをする。
強く、でも念じすぎず。空気にある粒を集める……というより増やして、圧をかけて、ギュッとガチっとなるまで。
「……出来た!」
――天使の輪っかのような、透明な宝石が出来上がった。
頭に乗せてみたり。しかし、この部屋に鏡は無いのでその姿を確認することはできない。
「……うぅん。これは売れないかも」
大きすぎる。ユージンにこっそり渡すのが難しい。
万が一、ユージンとの秘密の取引がミーシャにバレたらと思うとぞっとする。ミーシャは多分、ユージンが好きだから。
いつも、私とユージンの距離が近いと間に割って入ってくる。もちろん私を睨みつけて。
私がユージンを見ていると鋭い声で呼びつけられる。もちろんユージンに聞こえないように。
彼女を刺激したくはないから、極力ユージンとは関わらないようにしているけれど彼女の嫉妬を完全に防ぐことは出来ない。
「もうお金、いらないな」
そろそろ潮時かもしれない。ミーシャにバレた時の事を考えれば、彼との秘密の関係を断ち切ってしまった方が安全だと思った。
それに、分からない。私は何のために彼に宝石を差し出し、何のために対価としてお金を貰っているのか。
――今から約2年前。私はユージンと秘密の取引を始めた。
きっかけは、私が宝石を造れるとバレたことだった。屋敷内で唯一会話をしてくれる彼に渡したのは、小さな小さな粒の集まりに過ぎなかった。それなのに、賢い彼は嘘を易々と見抜いたのだ。
あの時のユージンは酷く青ざめ、私の両肩に手を置いて諭すように言ったっけ。
『君が宝石を造れることは、絶対に誰にもバレてはいけないよ』
脅すような表情に、私は思わず何度も頷いてしまった。
『君が良ければなんだけど……。これを売ってもいいか?もちろん君の取り分は10割。お金を自由に使うといい』
私は首を振る。
『え?いらない?僕が10割?バカ言うな!……じゃあ、僕は1割。え?じゃあ、2割……。あぁもう!君は頑固だな!分かった。半分だ。僕と君で折半。君は宝石を造り、僕は誰にもバレないように少しずつ市場に売り出す。もちろん、僕達以外の誰にもバレないようにね』
窮屈な日常にもたらされた、ちょっとした取り引きに当時私はワクワクしていた。
怖いミーシャに隠れて、ユージンと悪いことをする。少しばかり反抗をしたって罰は当たらないはずだ。
初めてお金を受け取った日の事は忘れられない。目玉が飛び出るほどの金貨をもらったのだ。私が彼に差し出したのは、薄ピンクの涙粒とオレンジの丸い太陽の2つ。
すごく、嬉しかった。なぜだか分からないけれど、ここじゃないどこかに自分の場所がある気がした。
それだけで私は十分だった。
お金なんかいらない。
私の居場所があるという、漠然とした安心感。今までもこれからも、それだけで十分。
――十分だったのだ。
お読みいただきありがとうございました!
ミーシャ・フォードはザ・悪女。




