表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/46

第1話 日常

閲覧ありがとうございます!

「あなた、うちに来ない?」


 鉄格子越しに差し伸べられた、小さな手。

 その手を握り返した時から、私の運命は狂ってしまった。


 ――手を差し伸べたあの人は、邪悪な笑みを浮かべていたのに。






「おい、お前!」


 吐き捨てられた言葉。ビリビリと撒き散らされた紙。

 ハラハラ宙を舞うそれは、私の書いた文字が書き連ねられていたものだ。


「あたしをバカにしてるの?こんな内容、馬鹿げてるに決まってるでしょ?!学校に提出できるわけないだろ!もっと現実的なものを書きなさいよ!!!」

「ご、ごめんさい……」

「書き直せよ、役立たず!!誰のおかげで飢えないで済むと思ってんだよ!」


 ゲシッとヒールのかかとで脛を蹴られた。鋭い痛みが走る。


「か、書き直します……」

「当然でしょ。明日までだからね」

「え」

「なに?」


 私のボヤキに対してあからさまに嫌な顔をした彼女は、眉を潜めて苦々しげに吐き捨てた。


「あぁ、前は5日後って言ってたんだっけ」

「は、はい」

「へー」

「えっと……」

「だから?あたしが明日って言ってんだから、そうしなさいよ」


 上から睨みつけられ、また暴力を振るわれるのかと思うと思考が固まった、

 言いたい言葉を口にする勇気なんかとうに湧かなくなった。


「はい」

「あ。あと、屋敷の掃除と買い出しと中庭の手入れもやっておいてね。あたしの新しい制服も仕立て屋にあるから早く取りに行って。お前、途中で汚したりしたら容赦しないわよ」

「分かり、ました」


 服従。

 私が生きる道は、それしかないのだろう。






 ――10年前。

 ボロ切れを身に纏った8歳の私は泣いていた。


「……もう出たい」


 鉄格子のあっち側では、せわしなく大人達が動き回っている。

 チャリンチャリンと小銭のぶつかる音。ご機嫌取りのために手をする音。

 値踏みする視線。憐みの視線に好奇の視線。

 油と汗の人間の匂い。土の噎せ返る匂い。

 ――何年も、私の世界は変わらない。


 ここから逃げ出したい。逃げ出したいけれど、体が動かない。

 頭が理解しているからだ。ここからは逃げられない。実際、逃げ出したいと思い始めて、もう何年も経っている。


「う、」


 込み上げる涙を抑えなければならない。うるさいと痛い。

 鉄格子の隙間から鉄の棒で小突かれるから。


 知っている。うるさいと、静かになる。

 正面にいた小さな子は夜中もずっと泣いていて、ある日突然静かになった。

 後ろ向きに丸まったまま、じっと動かなくなった。いつの間にかいなくなっていた。


 昔、鉄格子の中で出会った綺麗なあの男の子は、今何をしているのだろう。出会って数日足らずだけれど、私の孤独を紛らわせてくれた人。私に生きる希望をくれた人。私を唯一、笑わせてくれた人。


 ――でも、もはや、自分がどうなるかなんて考えることができない。

 いつかきっと、毛むくじゃらの腕によって鉄格子から引きずり出されて、大人と一緒にここを出て行くしかない。

 今まで、そうなってきた子を何人も見てきたのだから。


「これがいい!」


 空間に、鈴の音が響き渡った。

 聞き慣れない声だったため、思わずそちらを向いた。


「ミーシャ、走ってはダメだよ」

「はぁい。パパ」


 ミーシャと呼ばれた同じくらいの女の子。

 金髪のツインテールをポンポンと揺らし、こちらに駆け寄ってきた。

 彼女はこちらにお構いないしに、ガチャン!と鉄格子を揺らした。


「へ~!!」


 蒼い目がこちらを無遠慮に覗く。

 パチパチと瞬きをした彼女は、無邪気に言った。


「お父様!あたし、これがいいの!」

「そうかそうか」

「お母さま、いいよね?」

「ミーシャが決めたなら、どれでもいいわよ。しっかりと教育してあげなさいね」

「うん!」


 仲睦まじい3人によって、私はついに―――買われたのだ。







 ミーシャに叱られた翌日。快晴。

 私はミーシャに頼まれた魔法の論文を書き始める前に、言われた用事を済ませようと街に出てきていた。

 そういえば、ミーシャは「学校」というものに通っているらしい。「学校」は、同じ年齢の子が集まって沢山喋り、議論したり、遊んだりする場なんだとか。……少しだけ、興味がある。

 毎日、そこに通うミーシャが羨ましかったりする。


「あ、フォード家のお嬢ちゃん!」


 両手にどっさりと荷物を抱えたまま街を歩いていると、本屋のおばさんが声を掛けてくれた。


「あ、あの。私、お嬢ちゃんじゃありません……。使用人、です」

「あぁ。そう言わなきゃ叱られちゃうんだったね。でも私からするとあの高飛車な子供より、アンタの方がよっぽどいいとこのお嬢様に見える。いいや、お嬢様ってよりお伽話の妖精様だね」

「あ、ありがとうございます」

「それにしてもアンタ、一体どこから来たんだい?アタシは最近ここに嫁いできた人間だけど、アンタのような人は見たことが無いよ」

「ごめんなさい。分からなくて」

「謝る必要はないからね。アタシもアンタを責めている訳じゃない。ただ疑問を口に出しただけ」

「……はい」


 ペコリと頭を下げる。おばさんがため息をつく。

 びくりと肩が震えた。


「ほぉ~。それにしても綺麗な髪だねぇ。太陽の光を七色に反射する髪なんて見たことが無いよ」

「あ!……ごめんなさい。いつも頭を隠せってミーシャに言われているのに……」

「あの娘も嫌な子だねぇ。アンタにそんなこと言ってるのかい!気にしなくていいんだ。あの子はアンタに嫉妬しているだけなんだから」

「そんなこと、ないです。……すみません、用事があるので」


 このままおばさんと話していると、ミーシャに提出する論文が完成させられない。

 私はそそくさとその場を去った。




「…ラ?…レラってば」


 屋敷の広い通路に添えてある大きな色付きガラスを拭きあげ、私はガラス越しに太陽の光を浴びた。

 あぁ全身に陽光が染み渡る。

 私が頭を傾けると、床に七色の輪が広がった。小さくなったり、大きくなったり、左右に振ると色相が変化する。


「おーい。レラ?」


 それが何だか面白くて。零れた笑みを誰かに聞かれてはいないかと辺りを見渡し――、


「1人で何してるのさ」

「う、うわぁ!?」

「ちょっと、大きな声を出さないで」

「ユージン!い、いるなら言ってよ」


 彼はユージン。この屋敷の主、フォード家に雇われている司書だ。

 本を肩に置きながら、彼は賢そうな笑みを浮かべる。


「僕はさっきからずっと君を呼んでいたよ」

「う、嘘だ」

「僕が君につけた名前。覚えてる?」

「?」

「あ、その顔。また忘れてるな。【レラ】。昔話に出てくるお姫様の名前だって言ったじゃないか。君と初めて会った時に貸した本に登場していただろ」

「だって、ユージン以外誰もそんな名前で呼んでいないもん。すぐに反応できないよ」

「……君が反応できるまで何度でも呼ぶさ」


 ユージンは少し視線を外してぼそぼそと言っていた。

 突然言いよどむものだから、うまく聞き取ることが出来なかった。


「え?」

「う、うるさいな。……僕が君を呼んだ理由は、君にいつものやつを渡すためだ。ミーシャが学校帰りの遊びから帰ってくる前にさっさと受け取って」


 と、ユージンは懐から小さな巾着を取り出した。

 ジャラ、と金貨の重厚な音が鼓膜を揺らす。懐に仕舞いながら、私は尋ねた。


「ねぇ。ユージンは学校、どうだった?」

「特に可もなく不可もなく。ミーシャは相変わらず魔術が苦手みたいだ」


 ユージンはよくミーシャの事を話題に出している。私が聞いていないことも、勝手に話す。

 おそらく、これは勝手な推測だけれどユージンはミーシャに気があるんじゃないかと思っている。


「そういえば。これ……ユージンがくれるお金。集めてどうするの?こんなにお金、要らないよ」

「僕と君で分け前は半分。そこはもう譲れないって初めに言ったはずだけど」

「うーん、いいや。全部ユージンにあげる。私はこんなにお金を持っていても使わないよ。洋服だって勝手に買ったらミーシャに怒られちゃう。本も文具もアクセサリーも。ご飯だって毎日スープとパンが出てくるから十分だし……。あ、たまにはマカロン?だっけ、あれが食べてみたいかも」

「君には欲しいものは無いのか?」

「……学校に行きたい」

「じゃあ、そのためだ。そのためにお金を貯めているって思いなよ」

「どういう事?私は学校に行けないよ。ミーシャに言われたもの。学校は貴族だけが通う、崇高な場所。私みたいな下民が足を踏み入れたらつまみだされちゃうんだって」

「……彼女は、君にそんなことを吹き込んでいるのか。……とにかく!会って困らないものだから、ちゃんと隠しておくこと。それで次は―――」


 ユージンは言いかけた口をパッと閉じた。

 柔らかな笑みをサッと消し、穏やかな笑みを浮かべて私の横を通り過ぎる。

 突如、他人みたいに振る舞い始める彼の挙動は初めてじゃない。

 ――あぁ、彼女が帰って来たのだ。


お読みいただき、ありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ