第26話 ニコニコ
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「思っていたよりも、質素なんですね。……あ、いや。何て言うんだろ。あの、特別扱いが無いことがむしろ学生を平等に扱っているというプラスの側面に繋がりますね」
アルトリウスの自室に入り、レラが発した言葉がそれだった。
彼女は本来、思ったことを口に出してしまう癖がある。今までは会話をする相手もいなければ、口を開くと叩いてくる雇い主に目をつけられていたせいで、自分を表現する方法を抑え込んでいた。
「ふふ。レラ、あなた言いますわね」
「ご、ごめんなさい」
「レラ、大丈夫。アルトリウスは身内に甘いから。というか、この質素な部屋が彼のこだわりなんだ。君の言う通り、アルトリウスは肩書だけで特別扱いされることを嫌っている」
中央にある机を5脚の椅子が取り囲んでいる。
机の上に図面を開きながら、ハンスが補足する。
「在籍人数が極端に少ないクラス1は、その稀少性と貢献度から基本貴族の一室のような部屋が設けられるんです。が、昨今はアルトリウス様の姿勢を見習って、学びに必要ない要素を斬り捨てた部屋が主流になってきていますね。費用も抑えられるって学長も喜んでいました」
「そういえば、ハンスも普通の寮に帰ってたね」
「あ、はい。俺は部屋にいる時間の方が少ないので、自室はどこでも良かったんです」
レラがハンスにお世話になった入学初期を思い返していると、ハンスの空気が強張った。
あれ、と彼女が思う間もなくアルトリウスがハンスに視線を寄こした。
「君達は前から交流があったのかな。僕は君から何も聞いていないけれど、ハンス」
「騎士団の活動として、不当に労働させられていた彼女を保護しに行った際に偶然出会っていたんです。世間を全く知らないようでしたから、最低限の物資を買いに行ったり、一般常識を教えたりしていました。誓って疚しいことは、何一つありません」
「そうだったのか。彼女をここに連れて来てくれたのは、君だったんだね。ありがとう」
アルトリウスがハンスに礼を言うと、彼はとんでもないと一礼する。
「あの、早く話を進めてくれないかしら?話はわたくしたちが去ってからしてくださる?」
コンコンと机を叩く音が彼女の苛立ちを物語っている。ユージンが諫めるとピタリと止んだが。
アルトリウスは皆の顔を見ながら、会議を開始した。
「それじゃあ、早速始めようか。まず、作戦決行の日は報謝祭1日目の夜。民衆や警備の目が少しでも薄れた日が良いと考えた。ミーシャ・フォードが屋敷に戻ることは無いだろうが、彼女の行動はクラリスが見張ってくれる」
「えぇ。彼女は目立ちますから、遠くで観察するわ。ミーシャ・フォードの傍につける人間も何人か見繕うつもりですわ」
「言っておくが作戦は誰にも――」
アルトリウスがやや声色を低くすると、クラリスは疑われた不機嫌を露にした。
「心外かしら。言いませんわよ。ただ、わたくしが懇意にしている生徒にそれとなく監視を伝えるのみですわ。ミーシャ・フォードはそもそも宝石商として多くの敵を作っていますから、喜んで引き受けてくれますわよ。むしろ彼女の悪行を引き出そうと躍起になる」
クラリスはミーシャが商いをする者としての規則や暗黙の了解を知らずに、他者の縄張りを一方的に荒らしていることを知っている。だが、彼女は謎の底知れぬ資金力があるせいで誰も口出しを出来ぬのだ。
買っている反感は彼女の財力より高くつくだろう。
「クラリスは平気そうだね。次に話し合うのは現場の僕達だ。ユージン、君が掴んでいる情報を教えてくれ」
「現在、フォード家というかミーシャは金に物を言わせ、合法ではない護衛を家につけているようだ。彼女の両親は国立病院で意識を失っている状態が続いているそうだから、誰も彼女を止められないんだ。彼女の両親は最低限世間の評判を気にしていたが、ミーシャはまだ子供。闇市にも宝石を流出させているそうだし……、全くどこからそんなに宝石を調達しているんだか」
ユージンは眉間に皺を刻み、懐から宝石を取り出した。
彼の髪色を思わせる紺に、知的な緑を閉じ込めた手のひらサイズの宝石。思わず声を出してしまう。
「あ、それは」
「君から貰った宝石だよ。餞別の品としてね」
薄く笑うが、彼はその宝石を見つめたまま厳しい顔をした。
「これと同じ魔法構成となる物質が、闇市に流れている。メリッサねぇさんが断言していたよ。僕は誓ってレラから貰った宝石を素性のしれない輩に渡していない」
「じゃあ、それって―」
まだ生き残りがいるということ?
が、レラの希望は簡単に打ちくだかれる。
「残存魔力から察するに、この魔法は全て20年以上前のものだ。レラが造る宝石のように新しい物質ではない。まだ、フォード家は隠し持っているんだ。古代魔法で作られた石をね」
「それが、この地下にあるって事ですね」
ハンスが指を指した空間は、そこそこ広い。一体どれほどの石が眠っているのだろう。
アルトリウスが筆記具を持ち出し、ユージンに手渡した。
「フォード家の雇われ傭兵の配置は分かるか?ユージン」
「大体は。だけれど、面倒なことに一部、兵の質が高い。保有魔力量や立ち姿、歩く姿勢からして、ハンスの半分程度の実力だろうね。魔法と肉体、どちらも一定以上鍛えている」
ユージンの言葉に、アルトリウスとクラリスが一斉に眉を潜めた。作戦の難易度がぐっと上がったのを実感したのだ。
「うわ、それはとても強いな。非常に厄介だ。秘密裏に進めようと思っていたが、相手の実力的に正面衝突も視野に入れた方が良さそうだ」
「ミーシャは相当に金払いが良いようですわね。でも、流石にハンス程の人間は見つけられなかったということかしら」
すると、ハンスが不意に顔を上げ思い出したように言った。
「あ、そういえばオファーは貰っていましたね。法外な報酬額だった気がします」
「……は?」「聞かせなさい」
「ようやく納得がいきました。どうしてミーシャ・フォードは俺にきつく当たるのか。レラと交流があるからだと思って流していましたけど、何かと平民平民って罵ってきたのは、俺がオファーを無下にあしらったせいもありますね。なるほど」
彼は何てことない風に言ってのけるが、ハンスを滅法気に入っている貴族と王子は立ち上がり彼に抗議する。
「どうして僕に言わないんだ! 君は僕が見つけた人材だ。知らない内に横槍を入れられていたなんて、酷く不快だね。君が簡単に尻尾を振る性格ではないと信じているけれど!」
「すみません。俺が平民だから足元見て、茶化されているだけだと思ったんです。アルトリウス様にご報告するまでもないと……」
しゅんと項垂れるハンスに追い打ちをかけるのは、彼に恋慕するクラリスだ。
「もっと自分の価値を知りなさい。わたくしは貴方を高く買っていますわ。貴方がアルトリウスに飽きたら、わたくしエンリーナ家が言い値で貴方を生涯囲いますから。――ではなくて、アルトリウスの護衛に手を出そうなんて、フォード家は随分と身の程知らずの様ね」
「クラリス嬢……、ありがとうございます」
「バカ、わたくしは怒っているのよ!」
「でもさ」
ユージンが、立ち上がり大声を出す2人の矛を優しく収めた。
「ここでハンスが二重スパイとしてフォード家に侵入していたら、もっと事は穏便に進んだかもしれないね」
「はっ!その手がありましたね……」
「いいや、却下だ。確かにミーシャ・フォードは黒い噂があったが、その時はハンスを一時的に手放すほど彼女を重要視していなかった。余計な事を言うな、ユージン」
怒れるアルトリウスを見たユージンは、普段の穏やかぶった仮面が外れている彼の姿に、隠れて笑った。本来、アルトリウスという男はもっと面白い人間なのだ。
「ふふ、ハンスは皆から愛されてるね」
レラがニコニコと笑っている。
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