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第25話 威嚇

閲覧ありがとうございます!

 

「報謝、祭?」


 授業の終わりにハンスから発された単語にレラは首を傾げた。


「……前に一度だけ言いましたけど」

「お、覚えてないかも」

「1年に1度、この時期に開かれる祭りです。妖精の恩恵に感謝を示す祭りといったものですかね。人間と妖精の交流があった時代から催されているらしいですよ。祈りを捧げる儀式があったり、国宝である 『妖精の嬉涙』を一般公開したりするんです。と言っても盛り上がるのは城下周辺だけで魔法学校としては何もしないらしいですけどね、学長の方針です。ただ、国をあげての祭りなんでアルトリウス様はより一層お忙しくなられると思われます」

「ふぅん」

「何で興味無さそうなんですか。前にも言いましたけど、このイベントは俺らにとって重要なんですがね」

「……?」


 ハンスがため息を吐いて、1枚の髪を取り出した。

 知らない図面かと思い、しばらく見ていると見覚えのある見取り図だった。思い出した、と同時に緊張で胸がキュウと締まる。


「フォード家に侵入しますよ。おそらくこの部分が目当ての区画だ」


 ハンスが無骨な指で1点を指した。地下1階に位置するであろうそこは、隠し倉庫だ。


「い、いよいよだね」

「今日から報謝祭までの3週間。昼は森で連携の練習、夜はアルトリウス様の寮室で作戦会議です。クラリス様はレラがいるなら来る。いないなら来ないって言ってましたよ。無断欠席は認めないからな」


 ……ハンスが血気迫った顔で釘を刺してきた。他でもないアルトリウス様が直々に参加する作戦だからだろう。失敗はもちろん許されない。


「うん、頑張ろう」

「はい。でも何か不安に思ったらすぐに言うんですよ。元より君はアルトリウス様の帰りを待つ役割だったんだ」

「足は引っ張らないようにがんばる」

「そこは心配していませんよ」


 と、穏やかに笑うハンスが私の頭頂部をポンポンと叩いた。まるで幼子にする仕草に思わず頬がむくれてしまう。


「ちょっと、ハンス。私はあなたと同い年なんだから」

「あぁ、そうでした。うっかり」


 今日の夜、クラリス様が迎えに行くそうですよ。そう言い残し、彼は夕日に消えていった。

 彼は私の眩い太陽だ。自分の軸を持っていて、芯がある。私は周囲を照らす彼のような生き様を目指したい。




「ごきげんよう。レラ。行きますわよ」


 ノックされた扉を開けると彼女がいた。

 月夜に照らされた赤い少女は、挨拶もそこそこに颯爽と歩き始める。

 今日の彼女はいつもの優美さ全開の装いではなく、比較的動きやすい服装をしている。それでも彼女の美しさは微塵も損なわれていないのが不思議だ。


「今日は軽く作戦の方針を話し合うだけのようですわね。わたくしは実行部隊では無いから、現場で貴女の助けにはなれないけれど、アルトリウスの身勝手さを抑える役割くらいは果たせるかしら」

「アルトリウス様は身勝手なんですか」

「……彼は自分の思い通りに事を進めることに長けている。周囲は知らない内に固められ、相手に選択肢を与えないやり方で。それは酷く身勝手で横暴ですわ」

「そう、言われると……。確かに怖いですね。アルトリウス様は腹黒という奴ですか。流石、婚約者のクラリス様です。アルトリウス様をよくご存じなんですね」


 不意にクラリス様が足を止める。コン、とレンガ道に靴の踵が鳴る音が響いた。


「そう……ですわね。本来ならば、彼の性格をもっと軽く受け止めるべき。ごめんなさいね、私情を挟み彼を評価してしまった。アルトリウスの評価は貴方自身で下しなさいな。それと、わたくしは実は仮初の婚約者ですわ。彼とは利害が一致しているだけ。おぞましい誤解はよしなさい」

「え!そうだったんですか……。でもおふたりが結婚するのは何だかしっくりきます。立場的にも、身分的にも、実力的にも……」

「待ちなさい。無礼はそこまでよ。彼とわたくしは相容れぬ存在ですから」

「す、すみません。そんなつもりじゃ……」


 きっぱり早口で言い放つクラリスと、もじもじと謝るレラを見た彼が街灯からヌッと姿を現した。

 ローブを着ているせいで闇夜に溶けていた魔法使いは、こっそり2人のやり取りを盗み聞きしていたようだ。


「こんばんは。満月のいい夜だね」

「わ!」

「乙女同士の会話を盗み聞きとは大層なご趣味ですね、ユージン」


 クラリスの睨みを笑顔で躱し、ユージンはレラに顔を寄せた。

 知的なグリーンの奥で警鐘が鳴らされている。


「クラリスの言うとおりだ、レラ。アルトリウスは賢い。警戒とまではいわないが、あまり盲目にならない方がいいよ。何かあったら僕かクラリスに言うんだ、いいね?」


 なぜこんなにも、私は彼らに心配されているのだろう。

 アルトリウス様は優しくて強い方。

 だが、その一面だけでは彼を知ることは出来ないということを忠告されている。

 ……でも、今はアルトリウス様をいい人としか思えない。確かに孤独で脆い一面を目にはしたけれど、それは負の側面ではないから。


「離れてくれないか、ユージン」


 ぞ、と寒気が走る。私が呼ばれた訳ではないのに。

 恐る恐る顔を上げると、黒髪を夜空に溶かしたアルトリウス様が立っていた。やや後ろには彼の強力な護衛が控えている。

 私たちの集合場所となるアルトリウス様の自室までまだ距離はあるはずなのに、なぜここに。

 彼は私を見て、照れ臭そうに笑う。


「待ちきれなくてね、つい部屋を出てきてしまった。ハンスがいるから夜道は大丈夫さ」


 ユージンは表情を変えないし、クラリス様は髪を弄ってアルトリウス様を見ようともしない。


「アルトリウス、せっかちだね」

「……彼女は大人気のようだ」

「そうですわね」


 ……。ちょっと、いやかなり気まずい。クラリス様とユージンが、アルトリウス様にピリピリしている。

 ちらりとハンスをみるも、彼の表情は珍しく読めない。目が合ったのだが、彼は瞳の奥に感情を仕舞っていた。


「あの、まずはアルトリウス様のお部屋に行きましょう?私、アルトリウス様の私的な空間、非常に気になります、かも」


 空気を断ち切るこの一言は、功を奏したようだ。膠着していた空気がアルトリウス様をはじめとして緩み、次第にいつも感じていた雰囲気に戻り始めた。


「そうだね、すまない。僕が子供じみた嫉妬をしたばかりに」

「全くだ」「自覚なさいな」


 アルトリウスの謝罪を流れるようにして受け止め、彼らはさっさと歩き出す。

 

アルトリウスと付き合いの長いユージンとクラリスは、彼が悪人では無い事を知っている。

 ただ、明確に威嚇されてちょっと腹が立っただけだ。

 興味深い友人と親しくおしゃべりをしていただけだと言うのに。


お読みいただきありがとうございました!

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