第20.5話 秘密
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「クラリス・エンリーナ嬢。僕と手を組まないか」
あれは今から2年前。クラリスが16歳でアルトリウスが17歳の時だった。
社交界で知っている顔ではあるけれど、会話をしたことは無い。
一国の王子だとは知っているけれど、エンリーナ家の人間は彼に対して特別へりくだる必要が無い。
年上の高貴な男性。クラリスにとってアルトリウスはそのくらいの認識であった。
沈黙を埋めるような温かいそよ風を肌に感じつつ、クラリスは差し伸ばされた掌を見つめた。
「アルトリウス・ヴァンガーディ様ですわね。なぜ、わたくしにオファーを?」
「君が一番適任だと思ってね」
「……貴方と手を組む必要性を感じないのですけれど」
失礼な男だ。面識もない彼女に何を望んでいることやら。
彼に背を向けようとして、足が止まる。
アルトリウスの一言に、思考が止まる。
自身の纏っていたバラの香が鼻腔をくすぐった。
「ハンス」
たったそれだけ。その一言でクラリスの時が止まる。アルトリウスに正面から向き合い、薄いピンクの瞳を燃え上がらせた。
「なぜ、知っている」
「そんなに怖い顔をしないで欲しいな。誓って誰かに君を詮索させたりしていない。そもそも、君はその感情を自分以外の誰かに打ち明ける気も無い人間だ。観察したら『解った』。それだけのことだよ」
「随分とわたくしにご執心な様子ですこと。一乙女の秘密を暴くのがご趣味だとは、崇高な王子というものはいいご身分ね」
「一兵卒であるハンスは、近いうちに僕の側近にするつもりだ。彼は平民ながら騎士としての実力と精神、そして何より忠誠心を兼ね備えている。彼を傍に置き続けるのだが、君は……どうかな?」
「反吐が出るわ、残酷な男ね」
「?さっぱり意味が分からないな」
「わたくしが知らないとでも?」
「君に断言しよう。僕は彼を手放さない。だが、君と敵対する気は無い。僕は君の能力、地位、容姿、内面。全てを高く評価しているんだ。オファーに快く頷いてくれると非常に有難い」
血のように赤く非情な目を睨んだクラリスは、密かに奥歯を噛み締めた。これがアルトリウスという人間か。
義理堅く、アルトリウスを盲目的なまでに慕うと噂されているハンスは、おそらくその生涯をアルトリウスに捧げることとなるだろう。無論、彼が所帯を持つことは許されないし、誰かと親密な関係になることも許されない。この無情な男はそれを許さない。
「……」
クラリスはハンスの心が決して自分に傾かない事を理解しているが、彼だけを狡猾な王子の傍にやるのは許可できなかった。そこまで考え、ふと上を向く。
――あぁ、そう。わたくしに選択肢は無いのね。クソ野郎。
「わたくしの目的は彼の安寧。それが脅かされるようであれば、いつでも貴方に牙を剥くことをお忘れなく」
一国の王となる人物に臆することなく、彼女は牽制する。アルトリウスは笑う。
「あぁ。これからよろしく頼むよ」
そうして、彼女はアルトリウスの婚約者と見えるよう、周囲を騙した。
彼女の目的はただ一つ、密かに思いを寄せる彼が真っ当な人生を送ることだった。
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