第20話 談笑
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ミーシャに突き飛ばされた時、自然と驚きはしなかった。ただ、そうかと。想定内の現実を受け止めていた。
けれど、だからといって無抵抗でいられるはずはなく。
私は愚かにも手を伸ばしていた。誰も掴んではくれない手を、必死に。
背後の衝撃に備え、目をギュッと瞑る。しかし、訪れたのは衝撃ではなく何かが砕け散る音だった。
なぜか無傷であった体を起こしながら、その手に触れた破片に目をやる。
ガラスのように透明でガラスではない硬い鉱石のような。それは私自身から生み出された宝石だった。
無意識に背後に宝石の盾のようなものを作り、身を守ってしまったのだ。
――あぁ、背中が冷たい。
「――っ」
血の気が引いた。
寄りにもよって大衆の面前で。何かいい言い訳はないだろうか。そうだ、窓際にガラス製の花瓶があったではないか。それが割れたことにしよう。
彼女が混乱する頭を反射で振った際、パラパラと破片が落ちた。夕日を受けて橙に主張する石たちは、レラの浅い考えを否定する。ガラスではない圧倒的な屈折に彼女は項垂れた。
「君、は……」
破片を踏まないように気をつけながら、1人の男性が近付いてきた。
「あっ、す、みません。すみません! すぐに片づけます。アルトリウス様の大事な催しを台無しにしてしまって、大変申し訳ありません……!」
「僕は怒っている訳ではないから、そんなに謝らないでくれ。……それより、僕を見て何も思い出さないか?」
「特、には……。あ、いや。ヴァンガーディ王国の崇高なる第一王子の方であることは、重々承知の上です。あ、あとは魔法の扱いにも長けていて、文武両道であられるとか。あと、は……」
必死に言葉を紡ぐレラを見て、アルトリウスが肩を落とす。
「そうか。怪我は無いか? レラ」
「え、何で私の名前を……?」
何も覚えていないレラと、そんな彼女を10年以上恋焦がれたアルトリウス。
両者の間に何とも言い難い空気が流れ始めたのを察知したのは、彼らの騎士だ。
「さ、レラ。平気なら立ち上がって下さい。ほらアルトリウス様もやるべきことがあるでしょう? 客人を放る主催者なんて格好がつきませんから」
パンパンと手を叩きながら、ハンスはその場の空気を動かした。呆気に取られていた生徒たちも、彼の気さくな言葉を皮切りに思い思いに話し始める。その内容のほとんどは、ミーシャの幼稚で残忍な行動についての批判だ。
……自分に向けられる容赦ない非難の視線に耐え兼ねたミーシャは、兵の手を振り切ってその場を駆け出した。
「……」
その姿をクラリスがじっと追いかける。ミーシャが消えるまでその背を執拗に見つめ、彼女の通った道筋にバラの香を振りまいた。彼女が豊かな赤髪を大きく揺らし振り返ると、彼と目が合った。
「ユージン。女性の顔をまじまじと見つめるものではないと思うのですけど」
「クラリスも怒っているのか? 君はレラと接点があまり無いだろう」
「あら、わたくし彼女の事は一等気にかけておりますわよ。貴方の姉君と同じく、わたくしも彼女の不思議な雰囲気に興味を魅かれた物好きであったということ。そもそもフォード家の異常な行動を見ていたら、正常なこちらは不快になってもおかしくなくてよ。人間は理解できない生き物に厳しいですものね」
「そうだね。だからミーシャはレラにきつく当たるんだ。彼女の善性が、ミーシャは全く理解できないんだろう」
ユージンは唇の端を歪める。クラリスは腕を組み、彼を横から見つめた。
「貴方が潜入したフォード家で何を見てきたのか知らないけれど、ミーシャは危険ですわね。あの女は底意所が悪いのはもとより、レラに……、いえ、彼女の本質に常軌を逸した嫌悪感を抱いている。レラが古代魔法の使い手だとすれば、フォード家のきな臭い噂は案外……的を得ていたのかもしれませんわ」
「あぁ。おそらくフォード家の資産は、妖精の血を引いた古代魔法の使い手――つまりレラの一族の血涙から出来ている。彼女の屋敷のどこかにまだ隠されているはずだ」
「曖昧な言い方ですわね。あの家の秘密を掴んだからフォード家から去ったのではなくて?」
ユージンはアルトリウスに命じられ、フォード家の潜入をしていたはずだった。そんな彼が突然アルトリウスに任務の切り上げを申し出たのでてっきり、フォード家の悪事を確実に掴んだものだと思っていた。
「証拠は掴んでいないが、確証を得た。彼女の身に着けている指輪、黄色い宝石に宿る魔法の痕跡は古代魔法の波長と一致していたからね。そして彼女の底知れぬ財への自信。もう答えは出ていたに等しいだろう」
クラリスは整った片眉を動かした。腑に落ちない。彼らしくない詰めの甘さ。
彼の予想は9割9分9厘当たっていることは分かるが、あと一歩の調査をなぜやめたのか。
「わたくしに嘘を吐きましたわね、ユージン。貴方らしくない」
「……君は魔女か?」
「えぇ。わたくし魔法の扱いは思いのほか長けている自信がありましてよ。さぁ、吐きなさい。貴方の目的は何かしら?貴方が純粋にアルトリウスに仕えている訳では無い事は、あの盲目な騎士でさえ勘付いていますわよ」
彼の目的はレラの保護だ。そのために彼はアルトリウスに交渉し、宝石商として盤石な地位を得た。
魔法学校の入学に合わせ、レラの戸籍を確保した。
彼女の学費を、彼女の稼いだ金銭で支払った。
——フォード家には確かに裏があったが、レラの入学が近付いた今は優先度が低いと判断し、調査を打ち切ったのだ。
「過程は一致していた」
「釘を刺す訳では無いですが、レラはアルトリウスのモノですわよ」
一瞬の間があった。平然と言い放つクラリスをユージンが睨んだ。
感情を隠せない彼に、クラリスの口角が上がる。
「彼女は物じゃない」
「……やはり、彼女に横恋慕しているのね」
「よっ、横恋慕ってなんだ。レラの心はまだ誰にも傾いていないだろ」
「まだ、ね。アルトリウスの性根を理解しておりますこと?彼は手に入れますわよ、彼女を」
顔に影を落とし、彼女は忠告する。アルトリウスと初めて手を組んだ人間であるクラリスは知っている。彼が目的のために何を考え、何をすることを厭わないのかを。
「……たとえ、レラが彼を好きになったとしても、僕の望みは彼女の幸せだ。フォード家で虐げられる彼女に、僕は隠れて手を差し伸べることしか出来なかった。彼女が誰と結ばれようと、僕の望みはレラの笑顔だよ」
「ふ。貴方、やはり才能に溢れた人間ですわね。繊細かつ純真無垢。いい詩人になれますわよ」
「……君は一体誰の味方なんだ」
その問いかけに、クラリスは扇を広げて口元を隠す。眼だけが弧を描き、魅惑的に笑った。
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