第18話 遭遇
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「あ」
ユージンが消える直前、彼の姿を偶然目にしていたアルトリウスが声を漏らした。
彼は次から次へと現れる生徒たちへの対応に追われていたため、ミーシャの騒動を認識してはいない。
「ユージンが姿を現していたようだね」
その声に、手元のケーキに目を落としていたクラリスが手を止める。
「そう。珍しいわね。ユージンが約束を破るなんて」
「約束はしてないよ、彼が自ら言い出したことに過ぎない。『生徒じゃないから表には出ず、影から護衛する』と」
クラリスから空の皿を受け取ったハンスが、トントンとつま先を床に打ち付けながら答える。
「アルトリウス様の護衛を仰せつかったんじゃなかったんですか?あいつ、完全にレラしか眼中にない動きをしていましたね」
「レラ?」
アルトリウスは知らない誰かの名を思わず復唱した。ハンスは一瞬、言葉を詰まらせる。
「えぇと、メリッサ女史のお気に入りの生徒です」
「あぁ、あそこにいる彼女が。随分と……珍しい容姿をしているね」
「そうかしら? アルトリウスも風変わりな見た目ですわよ」
「そうかな?」
「えぇ。澄んだ黒髪は悪くなくてよ。……わたくし、彼女の行く末が気になっているの。人目を惹く人間は、少なからず悪意に晒される。その悪意に抗う姿を楽しみにしているのよ。過酷な環境でも咲く薔薇は美しいわ」
「相変わらずクラリスの性格は捻じれているね。その物言いだと、おそらく僕も君の観察対象になるんだろうね。ははは! 流石、僕の忠臣だ」
「自惚れはおやめなさい」
クラリスがぷい、と青いドレスを翻して階段を下って行った。ハンスがエスコートに回ろうとしたが、その手を扇子で跳ねのける。
弾かれた掌を擦りながらハンスはジトっとアルトリウスを見た。
「アルトリウス様、どうして厄介な人間ばかりを侍らせるんですか」
「クラリス? 彼女は君らの中で一番易しいさ。ギブアンドテイク。これさえ守れば大抵の事は済むからね」
「じゃあ誰が」
「一番厄介かって? ユージンかなぁ。彼の行動は掴めないし、何が目的で行動しているかも分からない。おそらく僕に協力しているのは彼の目的と何かが合致しているからだろうね。彼と異なる方向を向くことになったら、物凄く面倒なことになりそうだ」
アルトリウスは笑い、ハンスを見た。誠実な彼は直立不動で傍に控えている。
「そう考えると、君も難しいな。僕への一途な忠誠が毒になる可能性もあるだろう。たまには叱ってくれよ?」
「アルトリウス様の判断は絶対ですから。俺が意義を唱えることはありません。どんなことでも」
「ならば、僕は君のためにも己の道を誤らないようにしなくちゃね」
アルトリウスは寂しそうな顔を見せたが、目の前を見るハンスは彼の表情に気が付くことは無かった。
「あれ、あの黄色い髪の女性は……」
「ミーシャ・フォード嬢です」
「フォード家。宝石商……か」
アルトリウスは光る宝石を握りしめた。
その輝きは、探し求めていた彼女がこの場にいることを明確に示している。
「彼女が僕にくれた宝石は、彼女の持ち物であった可能性が高い。宝石商の娘ならば、小さいながら宝石を隠し持っていたことも、奴隷商人に誘拐されていたことも、魔法が使えることも説明がつく」
「アルトリウス様、あの娘は……」
「どうした、ハンス。もしかして……お前の気に入りか?」
「いえ、違いますが……」
「歯切れが悪いね。君らしくない。……分かった、当ててみよう。最近のフォード家は資産が減少する一方だと耳にしている。潜入していたユージンによると看過できない真っ黒な裏側があるそうだ。もし僕が彼女と関係を持ったら、ヴァンガーディ王国の評判が落ちてしまう可能性があることを気にしている。違うかな?」
アルトリウスは顎に手を当て、楽しそうに話す。まるで拙い探偵ごっこを楽しんでいるようだ。
ハンスはそんな主の様子を見て、やや肩を竦めた。
「不正解ですね。単に、ミーシャ嬢はアルトリウス様とは相容れませんよ、絶対に」
「随分と強気じゃないか。彼女が僕の探していた女性かもしれないというのに」
「そうだったら、良かったんですが」
「……どういう意味かな」
「それはご自身の目で確かめてみてはいかがでしょう」
と、ハンスが一歩後ろに下がる。
代わりにドレスに身を包んだ女子生徒がアルトリウスに一歩、近づいた。
宝石の輝きは変わらない。
彼女は緊張した面持ちで形式ばった挨拶をし、笑みを絶やさないアルトリウスに満足して去って行った。それを境に、次から次へと生徒たちが列をなし始めた。
アルトリウスの元へ辿り着くには、なだらかな大理石の階段を上らなければならない。
一段一人といった形で順番待ちが発生していた。その中腹には、不機嫌な表情を隠そうともしない彼女がいる。
「レラ……」
ハンスは思わず彼女の姿を探した。彼女はその消極的な性格ゆえに、幸いにも下段でウロウロしている。列に並んでいるようで並んでいない位置だが、列を整備する兵によって無理矢理列に加えられてしまった。
1人また1人と上に進んでいき、今度はレラが階段の中腹に来てしまう。
挙動不審だった彼女は、階段に添えられたガラス製の花瓶に心を奪われたようだ。そっと花弁に触れ、柔らかい表情を浮かべる。そして、階段の風通りを良くするべく等間隔に設置された窓のカーテンを開け、外の夕焼けを慈しむ。
可憐で優雅で上品で。まるで、お伽噺に出てくる妖精のようだった。
――カーテンでレラが見えなくなったと思った瞬間。
「アルトリウス様」
女の声に、はっとした。目の前には青い瞳をギラギラとさせながら黄色い巻き毛を揺らした女が、我が主の傍ににじり寄っていたのだ。
主に悟られぬよう警戒心を高めた。彼女がアルトリウス様に害を為すことは決してないだろうが、彼女の持つ雰囲気が彼を汚す。
思わずアルトリウス様が握りしめる宝石に視線を寄こしてしまったが、案の定、宝石の光は変化していない。するはずもない。
「ミーシャ・フォードと申します」
「はい。この度はお忙しい中ご参加いただき、ありがとうございます」
「……それだけでしょうか?」
「……?」
ミーシャの目つきが媚びから落胆に変わる。ハンスは主と女の間に割って入る準備が整った。
「アルトリウス様が探していらっしゃる女性は、もう見つかったのですか?」
ミーシャの異変に気が付いたアルトリウスは口調を硬くする。
「それはお答えできかねます」
「判断基準は? あたしかもしれないのよ? 何を根拠に――……」
これ以上は不敬だ。
ハンスは主の盾となるべく彼女の前に立ちふさがった。
「ミーシャ嬢。お下がりください」
「何? あんた、あの女の騎士様じゃないの?ご主人様をコロコロ変えてまるで犬ね」
「お下がりください」
「は? 誰に言ってんのよ! 下民のクセにいい度胸ね」
ミーシャの言葉に堪忍袋の緒が切れたのは、ハンスでは無かった。竦み上がるような地を這う声がハンスの横から吐き出される。
「ミーシャ・フォード。口を慎め。僕の家臣を冒涜するのは許さない」
ハンスは背筋がぞくりと震えた。普段は温厚で笑みを絶やさないあの彼が、最大限の怒りを露にしている。
初めて見る主の姿に面食らい、その豹変ぶりに恐れをなした。
ミーシャも同様に怖気づいたようで、ヒールをかき鳴らして一歩下がる。そのままよろめくようにしてゆっくりと階段を下っていった。
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