第14話 失言
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「突然ね。交流会だなんて」
私が部屋に入るや否や、キラキラ光る砂が入った瓶を揺らしながらメリッサ先生が虫眼鏡を覗き込んで言った。流石、耳がはやい。
「全員参加だそうです……」
「そうらしいわね。……気を付けてね。この機に乗じてレラさんを狙う輩がいないとも限らない。生徒、教師、給仕。全員に目を光らせておきなさい。なかなか無い機会だから楽しんで欲しいのはやまやまなのだけれど、いかんせん今のタイミングで突然催されたっていうのが少し気掛かりなのよね。用心するに越したことは無いわ」
「どうにか不参加に持ち込めないでしょうか……」
「無理ね」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に希望が失われた。メリッサ先生なら助けてくれるんじゃないかと少し期待していたのに。
「アルトリウス様のご意向だもの。彼の執念と執着には目を見張るものがあるわ。私の魔法に対する姿勢と同じくらいの粘度よ~」
「そ、れは……」
凄まじいものだ、とは思っても言えなかった。メリッサ先生は魔法以外の興味関心を捨てて生まれてきたのではないかと思う程、研究熱心だった。思えば彼女と魔法以外の事を話したことがほとんどない。魔法以外の話と言えば、巷で噂の美味しい茶菓子を教えてもらうくらい。
「あぁ、でも悪い人じゃないわ。そもそも彼から遠い人間は、アルトリウス様が誰かを探しているなんて知る由もなかったでしょうね。彼が金髪少女を探している噂が知れ渡ったのは、ごく最近の話。にしても、なぜこのタイミングで……。お、期待通りの反応ね」
メリッサ先生は右手で何かを書きとりながら、左手で虫眼鏡を前後に動かし続ける。すでに会話の内容から関心が薄れているのは見て明らかだった。
「レラ!」
前方から眩しい彼の声が聞こえ、私は思わずたじろいだ。
休日。私は城下町に繰り出していた。多忙なハンスと待ち合わせて。
自分で購入したシンプルな服装の私とは異なり、彼は幾分か大人びた服装をしていた。いや、今時の青年はこのような服装をするのが普通なのだろうか。私が子供っぽいだけなのかも。
洗練された服装のせいだけでなく、スタイルが良く端正な顔立ちをした彼はすでに女性たちの注目の的だった。彼をチラリと見ては足を止める人々ばかりで、ちょっとした人だまりが出来ている。正直近づきたくはないのが本音だ。
「レラ? 何でそんな遠くにいるんですか」
「お、おはよう、ハンス。なんか今日は、そう。お、おしゃれだね」
「そうですか?普通ですけど……」
ハンスの背後から突き刺さる好奇の視線から逃げるようにして髪をいじるフリをするしかできない。
「あぁ、そうなんだ……。私、変じゃないかな」
輝く彼と並んで歩いても遜色ないだろうか。
「全然。もっと挑戦してもいいと思います」
「挑戦?」
「前に来てた服はどうしたんですか?ほら、ユージンから貰った寸法がピッタリな服」
「あれはちょっと可愛すぎて私には荷が重いよ……。ほら、あの時はあれしか着る服が無かったから」
「残念ですね。似合っていたのに」
さらりとこういう事を言えてしまう彼を、正直羨ましく思ったりもする。
「ここのお店とかどうですか?品揃えが豊富だそうです」
ハンスに導かれ辿り着いたのは城下町の一等地にある、レンガ造りの店だった。入り口からは柔らかな雰囲気が漂っており、立地に反して敷居が低そうな印象を受けた。
貴族が多い区域をハンスがズカズカ進んでいくものだから、どんな豪華な店に誘われるのかと構えていたのだが。
ここなら地味な私でも手が出せそうな服を買えそ―……。
「王室御用達の店なんですよ」
「か、帰る」
「えっ、何でですか」
「1回着るか着ないかの服のためだけにそんな大層な服勿体ないよ。服も可哀想」
「何言ってるんですか。王子の招待ですよ?妥協した物を身に着けるなんて失礼にあたります。俺が許しません」
「だ、大丈夫だよ。アルトリウス様の視界に入らないように壁際でひっそりしてるから」
「壁の花になるつもりですか ?へぇ、ミーシャ嬢からすれば格好の餌食ですね。俺は人混みに紛れていた方が賢明だと思いますけど」
「そんなぁ……」
「見るだけ見てみましょう。金額は気にしなくて平気です。ユージンが全額負担するって言ってましたから」
渋る私の背をグイグイ押しながら、ハンスが店の扉を開く。小気味よい鐘の音が鳴り、私は覚悟を決めた。
店内には数名の女性が店員と話し合っていた。店員の人数に対して客が多いから、話しかけられることは無さそうで安心だ。それは良いのだが……。
「宝石何個分……?」
陳列されたドレスを見て、思わずつぶやいてしまった。
服には値札が一切ついていなかったが、素材の質と凝ったデザインから相当な労力が割かれている逸品だと素人ながら理解出来る。
ハンスはなぜか我が物顔で服を手に取り、私に当てて頷いたり首を振ったりしている。
もう彼に全て任せよう。そう決めた。
「おい、ちゃんと真剣に考えてますか?」
何分経っただろうか。その声にハッとすると、眉間に皺を寄せたハンスが眼前にいた。
考え事はしていた。この上ない程考えていた。この服の支払いについてだが。
「うん、今の服とか良かったね。えぇと可愛い」
「適当。大方、金額についてあれこれ考えを張り巡らせていたんでしょう。『ユージンが残してくれた銀行のお金に手をつけていいものか。しかしそれ以外に支払う方法もない。あぁ、ハンスに借りるなんてもっての外。でもこの場から逃げ出す勇気もない。あぁどうしよう』」
ハンスがわざとらしい演技で私を小馬鹿にしている。
……全くもってその通りだ。思わず反論しようとした私に彼は言葉を被せてきた。
「だから、ユージンが払うって言ったでしょう? 俺がレラとドレスを買いに行くってどこからか嗅ぎつけ、『僕がプレゼントするから彼女が欲しいといった服を見つけるように』と一方的に俺に小切手を押し付けて消えたんです。そして、レラはご存じないかもしれませんがね、彼はクラリス嬢にも引けを取らない潤沢な資産を持っています。あいつの好意は素直に受け取った方がいい。ここで突き返されたら俺が面倒なことになりますからね。分かりますか? 俺は君のために動いているんじゃない。俺のために動いているんだ」
「でも」
「黙れ。とにかく君がすべきは、自分が着たいと思った服を選ぶこと。妥協は許しませんよ」
それっきりハンスは腕を組み、しかめっ面で私の後ろをついて回ってきた。
気まずさを感じながらとりあえず視界をドレスで埋めてみる。
高級な服たちが色の系統ごとに陳列されているが、そもそも自分何色が好きなのかも分からない。
黄色はダメ。ミーシャの髪色と被る。
赤はダメ。クラリス様が着ていそう。
水色もダメ。ミーシャがよく好んでいた。自分の目の色だとか言っていたっけ。
紫……は、メリッサ先生みたいでちょっといいかも。でもメリッサ先生のファンに目をつけられてしまうかな。
そう考えていくうちにある色に辿り着いた。
その色というよりは、そのドレスにあしらわれた装飾に心が惹かれていた。
「ほう。その色が好きなんですか。意外ではありませんね。何色にもなれる可能性を秘めた色ですから」
白を基調としたドレスを手に取った私に一歩近づき、耳元でハンスが囁いた。
驚きの余り思わずのけぞってしまったが、彼は特段気にしていない様子。何だか負けた気がして悔しくて、早口で捲し立てた。
「裾にある小さな宝石達が気に入ったの。こんなに繊細な色を持つ石なんてそうそうお目に掛かれないし、なにより精製が難しいから。この絶妙な色合いはどうやってるんだろう。きっと隣に似た色の宝石を並べて微調整をしたはず。凄い集中力だったと――」
「レラ、一体君は何を言ってるんですか?宝石は人工的には作れませんよ。古い時代には魔法で作れたようですが、今は失われた技術です」
レラは、言葉を失った。
お読みいただきありがとうございました!
レラの性格は少しずつ前向きになっていきます。




