第11話 遭遇
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「ねぇお前さぁ」
メリッサ先生との密会が始まって数週間後の寒い朝。
今まで独り寂しく過ごしていた休日を、今日もメリッサ先生との密会というか、互いのために情報を交わす会に赴くに寮を出た瞬間の出来事だった。
メリッサ先生は私が退屈しないように、毎回目新しいお茶菓子や魔導書、魔法道具を見せてくれる。この学校で一番仲の良い人物といっても過言ではない存在になってきている。
背後からの声に、軽い足取りが瞬時に重たくなり、思考が停止しかけるのを感じた。
「な、に」
「噂になってるわよ。出来損ないの落ちこぼれが、生徒を見捨てることのできない立場の先生に取り入ってるってね」
ミーシャが腕を組んだまま、ヒールの音を石畳に響かせ華奢な脚を一歩、近づかせてくる。
鋭い敵意を宿した大きな目。歪んだ口元。
醜い感情を抱いた彼女は、悪の感情ありきの造形をしているようにさえ思えてきてしまった。
「お前みたいな能無しがいくらメリッサ先生に取り入ったとしても、何も変わらない。あんた、入学して3か月が経つってのに、魔力量に一切変化が見られないって言うじゃない?みんなうんざりしてるわよ。お前みたいな人間と同じ学校なのは恥ずかしい、って。いつまで惨めに縋りつくつもりかしら」
「……」
「なんか言えよ。言えるものなら、ですけど」
「言うことは、ない、よ」
「はぁ?聞こえないんですけどぉ」
ギュッと口を噛み締める。
早く興味を失って立ち去って欲しい。どうしたらこの人は満足してこの場からいなくなってくれるだろうか。口答えをしたらきっと酷いことになる。屋敷で暮らしていた時からずっと、そうだった。
「早く消えろよ」
取り巻きがいない状態で私に突っかかってくるのは、入学してから初めてかもしれない。いつもより粘着質な悪意。
彼女が何故ここにいるのか? 必死に思い当たる理由を探していると、誰かの声が聞こえた。声の方を振り向くと、馬車と王家の紋章を身に着けた文官らしき人が立っていた。
「ミーシャ嬢。こちらです」
「遅いわよ。あんたのせいで朝から嫌な顔を見たじゃない。まぁ、いいわ。早く連れて言って頂戴……王城にね」
彼女はにやりと笑い、文官に連れられ消えていった。
石畳を馬が闊歩する音を聞きながら、何が起こっているのか考えようとした矢先。
「あ、いたいた。レラ」
「ハンス」
今日もひときわ背の高い、太陽のような彼が吊り目を猫のように細めてこちらに手を振ってきた。
「さっきの馬車の事を考えていたんでしょ。突然ですもんね。ミーシャ嬢がアルトリウス様の探し人かもしれない、ってここ最近は大盛り上がりですよ。そのせいで彼女、普段以上に気が大きくなっている気がします。厄介ですね」
「え?」
「アルトリウス王子は、淡い金色の髪をもつ15~18歳の女性をずっと探し求めているんです。過去にその人と何かあったらしいんですけど、そこは俺もよく知りません。ただ、その女性から貰った宝石に追跡機能がついているらしく、持ち主が近くにいると反応するらしいですよ。レラ達の世代が入学してきて以来、アルトリウス様の宝石は淡く光り続けている。だからこうして、年頃の黄色い髪を持つ女性を城に呼びつけ、文官がその女性の過去を尋ねて回ってるって訳です」
「呼びつけた女性に宝石を近付けたら、すぐに見つかりそうだね」
「それが……そうもいかないっぽいんですよ。アルトリウス様は大切な宝石を他人に預けないし、かと言って得体のしれない女性を無闇に王子に近付けることも出来ない。どこから暗殺の手が伸びてくるかも分からないですから」
ハンスはガシガシと髪を乱し、ふぅと息を吐いた。吊り目がちな茶色の目が、澄んだ青空をぼうっと見遣る。
「大変そうだね。ハンスは学生でもありながら、騎士様でもあるんだっけ。私と初めて会った時、甲冑を身に着けてたもの」
「騎士様、はやめて下さいって言いましたよね。……ま、そこそこに大変ですね。でも今日は久しぶりの休暇なんですよ。で、いつもメリッサ女史との密会はいつ終わるんです?」
「2時間程度。……って、ハンスまで知ってるんだ。私がメリッサ先生と仲良しなの」
「えぇ。結構有名ですから。あのメリッサ女史が懇意にする学生なんてそうそう現れない。羨望と嫉妬。レラは大いに注目されているんです」
「悪い意味で?」
「……いい意味でも」
ハンスは言葉を濁したことを誤魔化すようにパンと手を叩いた。
「メリッサ女史は25歳という若さで、魔法発動の原理を9割程度解明しました。残りの1割は、失われたと言われる古代魔法を解明しなければいけないらしいです。女史の一族は有名な人間を多く輩出していますよ。魔力測定器を開発したのも彼女の弟だとか」
「らしいね。若いのに凄いね」
「へぇ、知ってたんですか」
「メリッサ先生が教えてくれた。その弟さんがどこに所属しているとかは知らない。もしかして同じ学校の生徒かも?」
「それはないですね」
「どうしてよ。分からないじゃない。あ、ハンスはその人の事知ってるんだ。そうなんでしょ」
「腐れ縁って奴ですよ」
ハンスは吊り目を綻ばせて爽やかに笑い、どこかにいる友人を思い出しているように見えた。
「メリッサ女史に取り入ろうとする人物はごまんといます。彼女はそういう邪な輩を一切受け付けないことで有名だったりするんです。だから、魔力が無いレラが気に入られていることを快く思わない、プライドだけ無駄に高い奴らに気を付けて下さい」
「うん、ありがとう」
そろそろメリッサ先生の所に行こうとした時、遠くから優雅に歩いてくる紫の人影が見えた。
黒いローブをはためかせた彼女は、程よい距離で足を止める。
「あら、ハンス君じゃない」
「メリッサ女史、御無沙汰してます」
「愚弟とは仲良くしてる?って言ってもアイツは今、国外だったかしら」
「最近国に戻って来たらしいですよ。なんでもアルトリウス様が探している人物が学校内にいるって情報を耳にしたらしいです」
「ふぅん?アイツの目的である古代魔法の探求と、アルトリウス様の想い人の関係性がよく分からないけれど」
「特殊な宝石の噂じゃないですかね。持ち主が近付くと光る魔法が、古代魔法だったとか」
「あら残念。無駄足ね。何の変哲もないアルトリウス様の古い宝石に、他でもない私が探知機能をつけたのだから。その石に一番多く宿っている魔力を追うだけの機能だけれど、私が編み出した魔法なの。もちろん企業秘密よ」
「ふぅん。じゃあお手上げ。あいつの考えを当てる方が難しい」
「そうね。時間を無駄にしたわ」
「ですね」
ハンスとメリッサ先生は旧知の仲らしい。気心知れた会話を見ていたら、昔馴染みであろうことが伺える。
メリッサ先生は私とハンスを視界に収め、ふむと頷いた。
「デート、お邪魔しちゃったかしら?」
「は!?」
ハンスの大声がうるさかった。
「違います。私はメリッサ先生に会いに行くところでした」
「へぇ~。2人の反応が両極端な感じが面白いわね。ハンス、そんなに否定しなくてもいいわよ。むしろ怪しいわ」
「じょ、女史があまりにも突拍子も無い事言うからじゃないですか……」
「年頃の子らは青くていいわねぇ! 私も青い春に戻りたいものだわ」
「メリッサ先生は学生の頃、ずっと研究室に引きこもって、授業にも出席しなかったって有名ですけどね。でも魔法の成績は群を抜いていたから、教師陣は困っていたとか」
「いいえ。そのような事実は一切無いわ」
ハンスの余計な一言をひと睨みで黙らせ、メリッサ先生は私に笑顔を向けた。
「レラ。今日のお茶菓子は明日に取っておくことにするわね。せっかくの休日だもの。若い者同士で遊んできなさい」
――彼女の気の利いた一言により、私は初めて友人と街で遊ぶという経験をすることになった。
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