41話ウィルス伯爵の後継者(2)
週に2日、マルはリンカの店で、紅茶を学ぶと称して働くようになった。
リンカの要望で、マルは異国風のパンツスタイルに身を包んでいる。
丈の長い上衣に、幅の広いパンツの組み合わせで、涼しく過ごしやすいので、リンカの嫁ぎ先のラスノー家での取り扱いを考えているらしく、その宣伝も兼ねてのことだった。
お客のマダムや高位の侍女達に、マルは受けた。
田舎から結婚で出てきた紅茶の勉強をする小柄な美少女、というだけで受けは良かったし、リンカが耳打ちする、客達の褒めるべきポイントをマルは上手く話題にすることもできた。
マルとしては、商品の販売はもちろんとても参考になったが、在庫の管理や仕入れや流通の手配の仕事が出来るのが、何よりの収穫だった。
***
マルがリンカの店に通いだして1ヶ月ほど経った頃、ソアラとレイピアのウィルス伯爵家で、事件は起こった。
「マル、ウィルス伯爵が亡くなったらしいんだ。」
クラウディオは帰宅するなり、マルの部屋を訪れて硬い口調でそう告げた。
「えっ、ソアラのお父上ですか?」
「そうだよ。領地での落盤の事故らしい。」
事故ということは急な死なのだ、とマルは思った。
「何か力になれることは、あるでしょうか?」
「今は、急なことでウィルス邸はバタバタしているからそっとしておくのがいいと思う。遺体が届けば葬儀をするだろうから、まずはそこに行ってあげよう。」
「はい。」
ウィルス伯爵の葬儀はその一週間後に執り行われた。
ウィルス邸は哀しみに沈んでいるというよりは、騒然としていて、ソアラの姿もなかったし、レイピアはとても忙しそうだった。
何だろう、雰囲気が良くないな。
とマルは思った。
当主の急な死ではあるし、いろいろな手続きがあるのだろうが、それ以上に屋敷は騒がしい。
喪服を来ているが、明らかに弔問の客ではない雰囲気の者もちらほらいる。
「ラウ、変な感じがする。ソアラもいないし。」
マルは小声でクラウディオに聞いた。
「後継者のことで、問題があるらしいね。」
「後継者?レイピア卿では?」
「その筈なんだけどね。」
ウィルス家の事情が分かったのは、その日の夜だった。
夕食時に、マル達の屋敷にケイトが訪れた。
「何の報せもなしで済まない。」
応接室でケイトは喪服姿のまま、マルとクラウディオにそう言った。
「構わないよ。急ぎなんだろう。」
クラウディオが言う。
「ああ、ウィルス家のことで、相談というか、お願いがあってね。」
「後継者でもめてるのか?」
「うん。ウィルス家はレイピアの上に兄が居て、ただこいつは9年前に家を出てるんだ。継承権を放棄してね。でも、伯爵はその手続きをしてなかったようだ。だから、後継者はレイピアではなくて、その兄のままだ。ウィルス家では、9年前から一切兄とは連絡を取ってないから、行方が分からない。」
「行方不明なら、手続きすれば後継者をレイピア卿にできますよね?」
マルが聞くと、ケイトは首を振った。
「レイピアが男性ならね。女性に継承権を移動させるには、現当主の承認が必要だ。まあ、時間をかければ出来ないことはないだろうけど、、、。ウィルス家は、数年前の領内の飢饉で借金があるんだが、後継者に問題が起こりそうだから、債権者達が返済の繰り上げを言ってきてて、屋敷はずっと騒然としている。急いだ方がいいと思ってここへ来た。」
「?なぜ、こちらですか?」
マルはきょとんとした。
相続に関して力になれるとは思えないし、借金を肩代わりするような財力もない。
「、、、、、その兄って、レイモンド卿?」
クラウディオがケイトに聞いた。
「えっ?」
マルはびっくりした。
「そうだ。何だ、知ってたのか。ターゼン侯爵しか知らないと思ってたんだが。」
ケイトも驚いた様子でクラウディオを見ながら言った。
「いや、知らなかったよ。でも、僕はウィルス家のレイモンド卿と昔会った事があったからね。ターゼンで会った時にあれ?って思ってたんだ。」
そう言えば、クラウディオはそんな事を言っていたな、とマルは思い出した。
それに、ソアラがターゼン邸に来てからは、レイモンドは屋敷に顔を出していなかった事にも気が付いた。
飼ってる牛の出産が近いからしばらく顔を出せない、と言っていたが、きっと嘘だ。ソアラと顔を合わす訳にはいかなかったんだ。
レイモンド、伯爵家の跡取りだったんだ。
ソアラとレイピア卿のお兄さん。
そういえば、目の色が同じだ。
「マル?ごめんね、いろいろ急で、びっくりさせてしまったね。」
ケイトがそっとマルの肩に手をかけてくれる。
「いえ、大丈夫です。びっくりはしていますが。それで、とにかくレイモンド卿を引っ張ってくるんですね?」
「うん、今から私が行って、何が何でも連れて帰って来ようと思っている。レイピアにもそう約束したし。それで、ターゼン侯とは前に一度お会いしただけだから、こちらから一筆、事情を書いた手紙を預かれるとありがたいんだ。」
「すぐに用意します。」
「僕も一緒にターゼンまで行こうか?」
マルはすぐに手紙を書き始めて、クラウディオはケイトに聞いた。
「いや、君にはどちらかというと、うちの近衛騎士団をお願いしたいな。馬で跳ばしても往復だと5日はかかるだろうから。」
「なるほど、、、。僕、第一団の騎士達ちょっと苦手なんだけどな。」
「あはは、知ってる。あいつらからしたら君にマルを取られたからね。」
「未だに、視線が痛いんだよ。」
「何なら、私も第一団に行きましょうか?」
「それはダメ。」
マルはいちおう冗談で提案したのだが、クラウディオにすぐにそう返された。




