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侯爵様の愛しい侍従   作者: ユタニ


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40話 ウィルス伯爵の後継者(1)

ターゼンから戻って数日後の朝、マルが目覚めるとクラウディオの腕の中だった。


あれ、いつの間に。

マルはそう思いながらそーっと腕をどけようとした。

「だめだよ。」

クラウディオがそう言って、ぎゅっと腕の力が強くなる。


「起きてたのね。」

「マルがもぞもぞするから起きたんだよ。」

腕をぐいぐいするが、びくともしない。

「んー、ラウ?」

「なに?」


「今日から出勤でしょう?」

「んー、そうだね。残念ながら。」


「もう起きなきゃダメだと思う。」

「そうだね。」


「ね。」

ぐいぐい。


「ね?」

ぐいぐい。


「ね!」

ぐいぐい。


「くそう。」

「マル、そんな言葉づかい良くないよ。」

「もー、起きるよ。私も今日はランドルフさんの娘さんのお店行くの。」

マルがちょっと怒りだすと、クラウディオは腕を解いた。


「おはよう、マル。」

夫のキラキラの笑顔が眩しい。

「おはよう。」


「ビット伯爵のご息女の名前は、リンカさんだったかな?」

「そう。お店もそのまま、゛リンカの店゛。開店前の朝の間に来てくれって言われてるの。」


「侍従の格好で行くの?」

クラウディオが笑ってない笑顔で聞いてくる。


マルはびくっとした。


「、、、、何で知ってるの。身軽だし、メインストリートだし、問題ないかと、、、。」

こういう時のクラウディオに誤魔化しては逆効果なのでマルは素直に認めた。


マルはクラウディオと結婚してから、自分の屋敷ではパンツスタイルで過ごしている。

ドレスを着るのは、お客様が来た時と、お茶会や夜会に参加する時だけで、普段の外出も気軽なものなら、1人で侍従の格好でさっさっと出かけてしまう事が多かった。


そして、普段の外出については、クラウディオには隠していた訳ではなかったが、明かしてもいなかった。


「前に、ヒューゴとウロウロしてるのを見たことがあるからね。」

クラウディオの笑顔が怖い。


「声をかけてくれたら良かったのに。」


「どちらとして?妻として?侍従として?」

うわあ、怒ってる。

さっきまで、大丈夫だったのに。


「ごめんなさい。でもドレスだといろいろ面倒なんです。馬車になるから不便だし、お供もいるし。1人で行くのは本当にメインストリートだけとか、誰かと一緒の時だけなの。」


マルはしゅんとしてそう言った。

クラウディオが怒ってる時は、とにかくすぐ謝って、しゅんとするのが一番良い手なのだ。


クラウディオがため息をついたのが分かる。


「マル、僕は別にドレスを着てくれって言ってる訳じゃないんだよ。1人でウロウロしないで欲しいんだ。貴族を狙った犯罪ってあるからね。」


「はい。」

「身軽で行きたいなら、馬車で行きやすい所まで馬車で行って、そこから必要最低限で行動するようにして欲しい。」


「分かった。」

「朝からごめんね。朝食にしようか。」

「うん。」

クラウディオはマルの頭をぽんぽんした。




その日の昼前に、マルはリンカの店を訪ねた。

お供こそつけなかったが、ちゃんとクラウディオの言う通り、広い道まで馬車で入って、そこからごく短時間歩いた。


カランカランッ

準備中の札のある店の扉を開けると、付けられたベルが鳴った。


「いらっしゃい、あら?」

奥から、見事な赤毛の女が出てきた。目の色はランドルフと同じ深い緑色だ。

背が高くて、堂々としている。


「初めまして、マルグリット・ターゼンです。ランドルフさんから紹介していただいて、来ました。」


「こんにちは、リンカ・ラスノーよ。父から聞いているわ、マルでよかったのかしら?」

「はい。大丈夫です。」


「男装で来るとは意外だったわ。」

「すみません、迷ったんですが、こちらの方が動きやすいので。ドレスの方が良ければ、ドレスでも参れます。」


「そうねえ、でも、そういうのもいいわね。服装についてはまた考えましょう。私の事はリンカでいいわ。さて、父からざっと聞いてるんだけど、直接話を聞きたいの。まあ、かけて。紅茶もいれましょう。」


リンカはシナモンの香りのする紅茶を入れてくれた。

「不思議な香りですね。僅かに柑橘の香りもします。」

香りをかいで、マルは言った。


「オリジナルの配合なのよ。お客様の要望を聞いて配合したりもするわ。」

「わあ、すごいですね。」


「貴方の褒め方、いいわね。心から言っているように聞こえるわ。」

「えっ、心から言ってますよ。」

「でしょうねえ。それで、どうしてうちで働いてみたいの?」


マルはランドルフにした説明をリンカにもした。貴族の間で評判が良さそうなら店を出す、のくだりまでくると、リンカが話を遮って言った。

「まどろっこしいわね。」

「え。」

「もう、商品はできてるんでしょう?」

「あ、はい。お香や香油はできてます。」


「なら、とっとと、店を出しましょう。」

「ええ?でも、ある程度の売り上げが見込める評判がたってからでないと、賃料が払えなくなります。メインストリートの賃料は高いでしょう?」


「高いわよ。」

「なら、やっぱり最初から売れないと店を構え続けるとが難しくなります。」

「この店の倉庫を格安で貸してあげるわよ。」

「ええっ。」


「すぐ隣。狭いけど、お香と香油なら場所もいらないでしょ。」


マルは一度黙って、用心深く聞いた。

「リンカさんは、それでどんな利益を得るんですか?」


リンカは、にやりと笑った。

「あら、いきなり利益の話なんて、本当に貴族っぽくないのね。隣の倉庫はあまり使ってないから、格安でも賃料が入るのは嬉しいわ。邪魔にならない程度で、そのまま置かしてもらいたい物もあるの。それと、」


「はい。」

「賃料は、ターゼンの店の売り上げに対する割合でいただけないかしら?」


「売り上げが上がれば賃料も上がるんですね。」


「そうよ。木樹香、私は当たると思うの。こういうエキゾチックなもの、貴族は大好きだもの。」


「、、、、。」

マルは考え込んだ。


売り上げの割合で欲しい、という事は、リンカは木樹香の店がある程度売り上げれるとは見込んでいるのは本当だろう。

そして、倉庫は狭いようだし、ちょうどいい借り手がないのかもしれない。

私なら、狭くてもいいし、何より借り手の身元が保証されてる。

交渉の余地はありそうだ、とマルは思った。


「お世辞には乗らないのねえ。でも、売れると思うのは本当よ。」


「賃料を売り上げに対する割合にする場合、上限を設けてください。私の案は、一般的な相場の1.5倍までです。上限を設けてくれるなら、ターゼン家に相談してからになりますが、検討します。」


マルがそう言うと、リンカは呆気に取られてから、笑いだした。

「あれ?リンカさん?」


「あははは、はあー、父から聞いてたけど、本当に変わった子ねえ。でも、ちょっと甘いわね、マル、貴方、上限は相場の2倍までなら出そうと思ってるでしょう?」


マルはびっくりした。その通りだったからだ。

「どうして、分かったんですか?」


「これはまあ勘ね。始めから1.5倍ってことは、何となく2倍までいけるかな、くらいの。商売人相手にはやり過ぎかな、くらいの強気でいった方がいいわよ。特にこっちが有利なら。」


「へえー、分かりました。気をつけます。」


「ふふふ、でもじゃあ、1.5倍でいいわ。その代わり、私も雇って。うちの店は週に3日しか開けないから暇なの。」


「えっ、それはありがたいですが、いいんですか?」

「いいわよ。1.5倍で。」


「そっちじゃないです。リンカさんがうちを手伝ってくれることです。旦那さんとランドルフさんに相談しなくていいですか?」

リンカはまた笑った。


「1.5倍もありがたがって欲しいわね。最初は格安で貸すんだし。そして相談なんかしないわよ。相談しちゃって、週3日営業になったんだもの。」


「、、、、私、怒られませんかね?」

「大丈夫よ。やっちゃえば、こっちのもんよ。」


「なるほど。」


マルの「なるほど」にリンカは再度、笑った。



「でも、現実的に店を始めるまでは2、3ヶ月はかかると思うので、それまでこちらで学ばせてはもらいたいです。」

「いいわよ。貴女はマダム達にも受けが良さそうだし。何より、私が楽しそうだわ。」

「ありがとうございます。」


リンカとの初回の面談は、予想外の申し出もあったが無事に終わった。

マルは実際にリンカの店で働く日程を決め、隣の倉庫も見せてもらった。倉庫は店にするには手を加えなくてはならない様子だったが、狭さも問題ない程度だ。

マルは、倉庫を借りる件を前向きに検討するとリンカに伝えた。




マルは、その日の夜、クラウディオにリンカとの事を話し、木樹香の店を思ったより早く出すことなるかもしれないと伝えた。


「1年はかかると思ってたんだけど。」

「良さそうな話ではあるね。でも、お店を任せる人とかはどうするの?マルが店頭に立つわけにはいかないだろう?」


「それなら大丈夫。候補の人はいて、交渉済みなの。」

「僕の知ってる人?」

「ちらっと会ってるんだけど、ターゼンの酒場に居た、リルベアを覚えてる?」

「ああ。」

クラウディオはすぐに思い当たった。

あの、妖艶なウェイトレスだ。

もちろん、マルの前でそんな事は言わない。


「リルが来てくれそうなの。長い人生、しばらく帝都に出て来てみてもいいって。」


「独特な言い回しだね。」

「リルの人生は長いのよ。」


「ところで、リルベア嬢はイアンととても仲が良さそうだったね。」

酒場でのダンスを思い出してクラウディオはそう言った。

クラウディオはイアンがマル以外の人にあんなに親しみを持ってる様子に驚いたのだった。


「うん。でも恋仲とかじゃないの。リルは私とイアンには姉のような存在だし、何よりリルはレイモンドの奥さんなの。」


「ええっ。」


「ふふふ、意外な組み合わせでしょ。2人が結婚した時は町中大騒ぎだった。」


「あー、うん、そうだね。レイモンド卿はどちらかというと素朴というか、控えめな方で、リルベア嬢はとても目立つ方だからね。」


「優しい言い方ね。皆、リルはなんであんな冴えない男にしたんだってすごい言われようだったのよ。」


「ひどい言い方だなあ。レイモンド卿は物静かそうだけど、身のこなしも洗練されていたし、そういう所に惹かれたんだと思うよ。でも、レイモンド卿はターゼン家の護衛騎士だろう、帝都にはリルベア嬢だけ来るの?」


「自警団も育ってきてるし、リルの話では一緒に来るみたいだった。レイモンドが無職では困るし、うちの屋敷に住み込みで何かしてもらったらいいかな、と。びっくりするくらい何でもできるのよ。会計もできるし、庭の手入れもできるの。紅茶も詳しいし。」


「へえ。」

クラウディオは少し目を細めた。

何でもできる、か。まあ、そうだろうな。


「僕はマルが良いならそれで良いと思うよ。」

クラウディオは、レイモンドについての予想は表に出さずにそう言った。






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