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第六章 ライバル? 大手ギルド系不動産の参入

 九月の澄み渡る秋空のもと、爽やかな風が「転生者専門不動産トリス」の暖簾を優しく揺らしていた。「店長ー!『旧・暗黒竜の吐息ダンジョン』のツヴァイさんたちから、採れたての地下キノコとお野菜の差し入れが届きましたよー!」「それはありがたいですね、ミア。あとで美味しくいただきましょう。入居者様との良好な関係維持こそ、長期入居と空室率低下をもたらす最良の管理ノウハウです」僕はいつものように受付カウンターで帳簿の数字を検分し、羽ペンの毛先を整えていた。事故ダンジョンのリノベーション事業が軌道に乗り、さらにはチート勇者のハルト氏を専属土木作業員として活用した開発事業も順調そのもの。我がトリス不動産の経営基盤は、かつてないほど盤石なものとなりつつあった。だが、光が強くなれば、自ずとそこに影も落ちる。ドサリ、と重々しい音を立てて店舗の重厚なドアが押し開かれた。「ふむ……ここが噂の、森の奥の小汚い掘っ立て小屋か。まるで豚小屋だな」土足のまま踏み込んできたのは、上質な絹のスーツに身を包んだ丸々と太った男だった。 手首には煌びやかな金細工のブレスレット、首からは王都の大手ギルドの紋章が刻まれたペンダントをぶら下げ、その後ろには黒スーツを着込んだいかつい護衛の男たちがふたり、威圧するように控えている。「い、いらっしゃいませー……?あ、あの、お客様……足元の泥はマットで落としていただけると……」ミアが引きつった笑顔で歩み寄ろうとしたが、男は不快そうに鼻を鳴らし、手払いでミアを遠ざけた。「失せろ、半獣の給仕風情が。私は王都最大手の不動産結社『グラン・エステートギルド』の第一営業部長、ガルド様だ。小娘に用はない」「グラン・エステート……!?王都の街並みの半分を牛耳ってるっていう、あの大手不動産ギルドですか!?」ミアが驚いて声を上げる。ガルドと名乗った男は、ニヤリと下品な笑みを浮かべると、カウンターの奥に座る僕を見下ろしてきた。「おいおい、噂には聞いていたが……本当に十二歳のガキが店長気取りで座っているとはな。世も末だ」「初めまして、ガルド様。『転生者専門不動産トリス』代表のネイルと申します。当店に何かご用でしょうか?」僕は表情ひとつ変えず、静かに羽ペンを置いた。「ハッ!単刀直入に言ってやろう、ガキ。お前のところの『転生者専門』とかいうビジネスモデル、我がグラン・エステートが買い取ってやる。いや、正確には『接収』だ」「接収、ですか?」「そうだ。最近、王都にも異世界からの『転生者』とかいうチート能力持ちの連中が増えていてな。奴らは金払いもいいし、建物を建てるのも早い。実に美味い商売だ。だが……そんな巨額の金が動くビジネスを、こんな森の奥のガキが独占しているのは見過ごせんのだよ」ガルドは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、カウンターへ乱暴に叩きつけた。「これは我がギルドによる『事業買収提案書』兼『立ち退き勧告書』だ。この店舗と管理物件の権利をすべて我々に譲渡しろ。手切れ金として百コイントくらいは恵んでやる。来週からは我がグラン・エステートの支部として、大人のプロがこのエリアを仕切る。分かったらさっさと荷物をまとめて出て行け!」「ひ、ひどい……! そんな勝手な言い分、通るわけないじゃないですかー!」ミアが毛を逆立てて怒りを露わにする。



 しかし、ガルドは嘲笑うばかりだった。「ハハハ! 法律も権利も、力の強い大手ギルドが決めるのだよ!十二歳のガキに何ができる?不動産の『ふ』の字も知らんガキがごっこ遊びをする時間は終わりだ!」ガルドの高笑いが店内に響き渡る。僕は静かに立ち上がり、叩きつけられた羊皮紙を手に取ると、一瞬だけ目を通してパタリと閉じた。そして、眼鏡の位置をゆっくりと直し、極上の笑みを浮かべた。「……なるほど。大変素晴らしいご提案、ありがとうございます」「ほう!話が早くて助かるぞ、ガキ!賢いじゃないか!」「ですが、ガルド様。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」僕はカウンターの下から、分厚い羊皮紙のファイルと算盤を取り出した。「ガルド様のおっしゃる『大人のプロ』による不動産経営とは……具体的にどのようなリスク管理と長期収支計画に基づいているのでしょうか?」「は……?リスクだと……?」ガルドが眉をひそめる。僕は静かな声で、しかし滑舌良く畳みかけ始めた。「例えば、我が社が管理するチート勇者ハルト氏の物件。彼のスキル『聖剣創造』による建物破壊リスクに対し、貴社はどのような損害賠償スキームおよび引受保険を構築されるおつもりですか? まさか『壊されたら立て直せばいい』などという、素人同然の甘い考えではありますまいね?」「う……うぐっ!それは……入居者に全額弁済させれば……」「ハルト氏の手持ち資金は入居時わずか三千コイント。全額弁済など不可能です。我が社は彼の労働力を即座に流動化し、直営の土木工事現場へ配置することで、確定債権として十六万七千コイントの修繕費を回収しております。貴社にそのような自社施工および労働力流動化のノウハウはおありですか?」「な……なに……!?」ガルドの額に、一筋の汗が伝った。僕の追撃は止まらない。算盤の玉をパチパチパチ!と激しい音を立てて弾き弾き、ロジックの刃を突き立てる。「さらに言えば、貴社が王都で展開されている賃貸手法……『修繕積立金』の不徴収による将来的な大規模修繕リスクの放置、および空室率の上昇を考慮しない一括借り上げ(サブリース)の無理な賃料保証。これらはすべて、数年以内にバブルが弾けて破綻する典型的なポンジ・スキーム的不動産経営です」「ぽ、ぽんじ……!?何を言っているんだこのガキは!?」「さらに恐ろしいのは契約法規の不備です。王都の不動産ギルド標準契約書第十二条『魔王軍侵攻時における不可抗力免責条項』の記述……あれは現代の契約法理から見れば穴だらけですよ?魔物の発生原因が『事故ダンジョン』の場合、瑕疵担保責任が貸主・借主・ギルドのどこに帰属するのか明記されていない。我がトリス不動産では、すべての事故物件において『魔力使用量モニタリング』と『環境特約条項』を締結し、法的リスクを完全ゼロに遮断しております」「う、うわああぁぁぁっ!な、なんだその畳みかけるような専門用語の嵐はーっ!?」ガルドは耳を塞ぎながら後ずさった。僕は算盤をパチン! と力強く叩き、決定的な打撃を与えた。「結論を申し上げます。貴社が我が社の事業を接収した場合、無計画な転生者受け入れによる建物全壊リスク、法的瑕疵による大規模訴訟、および空室率激増による資金ショートにより……【最短二ヶ月で貴社グラン・エステートギルド全体が倒産】します」「と、倒産だとぉぉぉーーーーっ!??王都最大手の我がギルドが!?たった二ヶ月で!?」「はい。数字とロジックは嘘をつきません。不動産とは感情や暴力で動かすものではなく、緻密な法理とリスク管理で動かすものです。……十二歳のガキとお見くびりいただいたようですが、不動産知識の深さにおいて、貴社は僕の足元にも及びませんよ」僕が完璧な営業スマイルで言い放つと、ガルドは顔を真っ青にしてガタガタと震え出した。「く、狂ってる……!なんなんだこのガキは……! 見た目は子供なのに、中身は数百年生き生きた悪徳高利貸しか法律家か何かか!?」そこへ、これまで黙って成り行きを見守っていたミアが、トコトコとガルドの足元へ歩み寄った。ミアは両手を前で組み、ニコニコと天使のような愛くるしい笑顔を向けながら、甘い声で解説を加えた。「ガルド様〜、あきらめた方がいいですよ〜?うちの店長を本気で怒らせると……相手のギルドの全所有物件に『家賃差押え命令』と『資産凍結仮処分』を速攻で出させちゃいますからね〜」「さ、差押えぇぇぇ!?」「はいっ!この前も、家賃を三ヶ月滞納して『俺はチート魔法使いだぞ!』って暴れたお客様がいたんですけど……店長、その日のうちにその人のギルド口座と冒険者ランクを凍結させて、法的に家賃を回収しちゃったんです〜!ね、店長ってすごいでしょー?」「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!な、なんて恐ろしい店なんだ……!不動産屋の皮をかぶった法的怪獣じゃないかーっ!」ガルドはもはや威厳も何もかも失い、尻餅をついて脱兎の如く後ずさった。「お、覚えてろよーっ!こんな気味の悪い店、こっちから願い下げだーっ! 引き上げるぞっ!」護衛の男たちを引き連れ、悲鳴を上げながら脱兎の勢いで逃げ出していくガルド。パタン、と店舗のドアが閉まり、再び静かな森の平穏が戻ってきた。



「ふう……騒々しいお客様でしたね」



 僕はホコリを払うように服を整え、再び羽ペンを手にとった。「店長ー!すごいです、見事に撃退しちゃいましたね!大手ギルドの営業部長さんが真っ青になって逃げていきましたよー!」「当然です。準備不足のまま他人の領域に踏み込むなど、不動産事業者として論外ですから。……さて、ミア。差し入れの野菜を調理する前に、一仕事残っています」「え? 一仕事ですか?」僕はニッコリと微笑み、新しい手紙を書き始めた。「グラン・エステートギルドのガルド氏に対し、本日の土足侵入による『店舗床面の清掃・原状回復費用』および『営業妨害に対する損害賠償請求書』を送付します。請求金額は三千コイント。期日は今週末までとしましょう」「きゃーっ!店長、やっぱり容赦なさすぎますー!」ミアの呆れ交じりの歓声が、秋の爽やかな空へどこまでも高く響き渡っていった。


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