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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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30/30

王のいない塔編-4 解析結果の奥から現れたヒント

 翌朝になっても、王のいない塔は何も示さなかった。


 白い広間。

 継ぎ目のない壁。

 見えているのに届かない天井。

 どこにもない階段。


 《帰路の灯》とキングリバースは、前日に得た記録を見直しながら、さらにいくつかの方法を試していた。


 ガルドが広間の中央へ王都で借りた椅子を置く。


「これを王座と仮定する」


「ずいぶん質素な王座ね」


 リゼが椅子を眺めた。


「食堂の予備椅子ですから」


 ミナが言う。


「王が座れば王座になる」


 ガルドは真面目だった。


「それはそうかもしれないけど、今のところ座る王がいないのよ」


【王座仮設試験、開始】


 キングリバースの王冠から逆文字が流れ、椅子の周囲を調べる。


【塔側反応、なし】

【統治権限発生、なし】

【階段出現、なし】


「食堂の椅子のままね」


「そうですね」


 次に、リゼが小さな炎で王冠の形を作った。


 赤い輪の上に、三つの尖り。

 熱は低く抑えてあり、広間を傷つけるほどではない。


「王冠なら、これでどう?」


【王冠形状を認識】

【塔側反応、なし】


「形だけじゃ駄目」


「そもそも形で済むなら、キングリバースが二週間前に終わらせてます」


【肯定】


 キングリバースは、自分の頭上にある王冠型演算器をわずかに傾けた。


【王冠、王位、統治、戴冠、空位、継承に関する試験は実施済み】


「改めて聞くと、だいたい全部やってるわね」


【それでも解答未取得】


 短い言葉が、白い広間へ重く落ちた。


 リゼは炎の王冠を消した。


 ガルドは椅子を壁際へ戻す。


 ミナは白い杖を両手で持ち、広間を静かに見回していた。


 前日から変わらない。


 苦しんでいる生命はいない。

 呪いもない。

 傷もない。

 助けを求める声もない。


 それなのに、お告げ鳥は世界的に重要な依頼として、この塔の秘密をあばくよう告げた。


「一度、最初に戻りませんか」


 ミナが言った。


 リオルたちが彼女を見る。


「最初に?」


「はい。私たちはずっと、“王がいない理由”を探していました」


「依頼がそういう名前だからね」


 リゼが答える。


「でも、王がいないことを、最初から異常だと決めていた気がします」


 ミナはゆっくりと言葉を選んだ。


「治癒をする時、痛い場所を探し続けても、傷が見つからないことがあります。そういう時は、隠れた傷を疑うだけでなく、そもそも傷ではない可能性も考えます」


 リオルは依頼書へ目を落とした。


【王のいない塔の秘密あばけ】


 王がいない。


 それは、失われたという意味なのか。

 追放されたという意味なのか。

 隠れているという意味なのか。


 それとも。


「最初から、王が必要ない?」


 リオルが呟いた。


 ミナは頷いた。


「はい。王がいないのではなく、王がいるはずだという考えの方が違うのかもしれません」


 ガルドが白い広間を見渡す。


「空位ではない。王座そのものが不要」


「なるほどね」


 リゼは腕を組んだ。


「私たち、いない人を探してたんじゃなくて、いなくて普通の場所に向かって、どこへ隠したって聞き続けてたのかも」


【新規仮説を受理】


 キングリバースの逆文字が速く流れた。


【王の不在を異常とする前提を解除】

【既存記録を再評価】


 しばらくして、文字の流れが止まる。


【解答未取得】


 リゼの肩が落ちた。


「いいところまで行った感じはしたのに」


「仮説が間違っているとは限りません」


 リオルは言った。


「ただ、まだ答えへつなげる情報が足りないのかもしれません」


 そこで、ふと引っかかった。


 情報が足りない。


 本当にそうだろうか。


 床も、壁も、外周も、空間も、魔力も調べた。

 キングリバースは、二週間近く解析を続けている。


 伝説級の摂理解読存在が、これほど長く調べている。


 答えがどこにもないのではなく。


 すでに見つけた情報の中にありながら、答えとして認識されていないだけなのではないか。


「キングリバース」


【応答】


「この二週間の解析結果を、一つの結論として出してもらえますか」


【質問意図を確認】


「床や壁ごとの記録ではなく、すべてを調べた結果として、今あなたが導いている結論です」


 キングリバースの王冠が淡く光る。


 何百もの逆文字が広間の上空へ浮かび、互いに重なった。


 床の解析。

 壁の解析。

 天井。

 外周。

 名称。

 空間境界。

 王位。

 生命反応。

 光と音。


 二週間分の記録が、黒い文字の渦になる。


 それらは少しずつ圧縮され、最後に一行だけが残った。


【いまだ答えに至らず】


 静かな結論だった。


 リゼが浮かぶ文字を見上げる。


「それ、結果っていうより、結果が出なかった報告じゃない?」


【否定】

【解答へ至らなかった事実も解析結果に含まれる】


「そこは几帳面なのね」


 リオルは、その一行を見つめた。


 いまだ答えに至らず。


 答えではない。

 しかし、二週間分の正しい解析を通過して生まれた結論だ。


「この文字は、キングリバース自身ですか」


【否定】

【当機の演算核から外部へ出力された情報表示】

【表示へ変化が生じても、当機本体への直接損傷なし】


「付与対象として認識しても問題はありませんか」


 キングリバースの王冠の目が、リオルへ向いた。


【付与の内容を提示せよ】


「答えを作る付与ではありません」


 リオルはすぐに言った。


「この結論へ至るまでに、答えではないとして通り過ぎた情報があるなら、それをもう一度見直しやすくします。キングリバースの判断を書き換えるつもりはありません」


【危険度、低】

【外部出力への試行を承認】


「本当にやるの?」


 リゼが聞いた。


「塔そのものではありません。人でもありません。キングリバースが出した解析結果です」


「解析結果に付与する人、たぶん世界で初めてよ」


「確認できる記録はありません」


【当機の記録にも存在しない】


「伝説級の存在からも初めて判定をもらったわね」


 リオルは小さく息を吸った。


 付与対象を広げすぎれば、何が起きるか分からない。


 狙うのは一行。


 二週間分の解析そのものではない。

 キングリバースの演算核でもない。


 すべてを調べた末に、外へ出力された結論。


 答えへ至らなかったという、最後の結果だけ。


「極所付与」


 淡い光が、黒い逆文字の一行を包んだ。


「対象、キングリバースが二週間の解析から出力した“いまだ答えに至らず”という結論」


 白い広間の空気が、かすかに震える。


「性質指定――答えではないとして通り過ぎた情報の中に手がかりがあるなら、その引っかかりだけを、もう一度読み返しやすくする余白。二十四時間、増大」


 光が文字へ染み込んだ。


 一秒。


 二秒。


 何も起きない。


「……失敗?」


 リゼが小声で言った瞬間。


【いまだ答えに至らず】


 最後の一文字が、逆向きにほどけた。


 ずるり、と。


 文字の奥から、別の黒い線が引き出される。


 一本。

 二本。

 十本。

 百本。


 結論へ圧縮されていた二週間分の解析経路が、一斉に逆流を始めた。


【異常】


 キングリバースの王冠が大きく開く。


【外部出力から演算過程への逆参照が発生】

【当機の通常機能に存在しない経路】


「解除しますか」


 リオルがすぐに手を上げる。


【待機】

【損傷なし】

【解析情報の再構成を確認】


 広間の上空が、黒い逆文字で埋め尽くされた。


 床。

 壁。

 音。

 光。

 生命反応なし。

 王位なし。

 統治権限なし。

 階段なし。

 頂上認識不能。


 一度は答えにつながらないと処理された情報が、結論の奥から次々に引き戻されていく。


 だが、それだけではなかった。


 キングリバースのリバース解析は、本来、起きた結果から原因を逆算する力だ。


 そこへリオルが、結果の中に残った引っかかりを読み返しやすくする付与を重ねた。


 解答へ至らなかったという結果が、解答へ至れなかった原因を逆算し始める。


 原因を逆算した情報が、さらに付与によって見落とされにくくなる。


 見落とされにくくなった情報を、キングリバースがもう一度逆算する。


 解析と付与。


 二つの力が互いを押し戻し、通常なら一度で終わるはずの演算が、何十回、何百回と重なっていく。


【演算増幅】

【再解析率、測定上限超過】

【既存解答なし】

【代替出力を生成】


「代替出力?」


 ミナが見上げた。


 黒い文字の渦が、突然すべて止まった。


 中央へ、三つの新しい文章が浮かぶ。


【ヒント】


【王がいない塔は、そもそも王が必要ない】


【この世界の理において、王を必要としないのは】


【すべてにおいて平等なのは、生命】


 誰も、すぐには言葉を発しなかった。


 答えではない。


 解析を越えて、その先へ進むためのヒントが出てきた。


 キングリバースの王冠の周囲を、かつてない速度で逆文字が走り始める。


【ヒント出力機能、当機に未実装】

【付与との相乗により、未解答領域から方向情報が生成されたと推定】


「僕は、ヒントを出す付与をしたつもりはありません」


【理解】

【しかし現象は成立】


 リゼが三つの文章とリオルを交互に見た。


「答えを出す伝説に付与したら、答えの代わりにヒントが出た」


「結果としては、そうなります」


「付与術の担当範囲、もう少し守ってくれない?」


「僕に言われても困ります」


 ガルドはヒントを読み上げた。


「王を必要としない。すべてにおいて平等なのは生命」


 ミナの目が、ゆっくりと白い床へ向いた。


「生命……」


 彼女はしゃがみ込み、床へ手を触れた。


 前日も同じように調べた。


 呪いはない。

 傷はない。

 内部に生命反応もない。


 だが、その調べ方には一つだけ前提があった。


 これは塔であり、生命がいるとすれば、その中にいる。


「私たちは、塔の中に生命がいないかを探しました」


 ミナが静かに言う。


「でも、塔そのものが生命だとは考えていません」


 リオルの胸が大きく鳴った。


 継ぎ目がない壁。

 経年変化がない表面。

 傷つけても因果へつながらない構造。

 見えているのに届かない上部。


 王を必要としない。

 すべての生命を平等に扱う。


 そして、生命の源。


「世界樹」


 ミナの声が、反響しない広間の中ではっきりと届いた。


 キングリバースの演算が、さらに加速した。


【候補:世界樹】

【既存解析記録を再定義】

【白色壁面――鉱物ではなく、生命組織の外形固定層】

【経年変化なし――常時更新】

【音響反射なし――内部吸収】

【頂上認識不能――樹冠座標が単一空間に属さない】

【内部生命反応なし――対象そのものを生命として検索していなかったため】


 逆文字が広間を走る。


【王位なし】

【統治権限なし】

【臣下なし】


【正常】


 その一語が現れた瞬間、リオルは息を呑んだ。


 王がいないことは、異常ではなかった。


 世界樹は生命の源であり、生命を支えるものだ。

 生命の上に座って命令する王ではない。


 根から葉まで、どこか一つだけが偉いわけではない。

 小さな芽も、古い大樹も、獣も、人も、魔物でさえも。


 生まれるという一点では、等しく生命だった。


【最終照合】

【塔形状は、観測者が世界樹の幹を理解可能な形へ置換したもの】

【“王のいない塔”は固有建築物名ではない】

【世界樹を塔として観測した際の状態記述】


 王冠の目が大きく開く。


【解答到達】


【王がいないのは当然である】

【本塔の正体は世界樹】

【世界樹は生命の源であり、王ではない】


 その瞬間。


 どくん。


 白い広間全体が、大きく脈打った。


 床が沈んだのではない。

 壁が揺れたのでもない。


 巨大な何かの鼓動が、足元から身体の奥へ届いた。


 ミナが床へ置いた手を離さない。


「今、感じました」


 白い床の下に、淡い緑の線が一本走った。


 続いて二本。

 三本。


 無数の光が枝分かれし、壁と天井を覆っていく。


 白い石に見えていた表面が透け、その奥から木の年輪にも血管にも似た巨大な生命の流れが現れた。


 天井が消える。


 いや、最初から天井ではなかった。


 見上げた先に、どこまでも続く幹の内側があった。

 遠い上方では、星のような葉の光が揺れている。


「塔じゃない」


 リゼが小さく言った。


「私たち、ずっと世界樹の中にいたのね」


 ガルドが大盾を構え直す。


「そして、これは正常な鼓動ではない」


 どくん。


 二度目の脈動は、先ほどより弱かった。


 緑の光が上へ流れようとする。


 だが、広間の奥――昨日まで何もなかった白い壁の一部で、流れが止まっている。


 そこだけが黒い。


 光は何度も進もうとし、そのたびに押し戻される。


 ミナの表情が変わった。


「苦しんでいます」


 今まで感じなかったものが、世界樹だと認識した瞬間にはっきり伝わってきた。


 傷ではない。

 呪いとも違う。


 世界中へ生命を送り出すはずの流れが、どこかで詰まり、巨大な身体全体へ負荷をかけている。


 キングリバースが黒い部分へ向き直った。


【世界樹生命循環を解析】

【根系から樹冠への主要流路、複数停止】

【停止原因、現地点から取得不能】

【異常領域、世界樹深部へ連続】

【進行中】


「世界レベルの依頼だった理由は、これですね」


 リオルが言う。


 世界樹が生命の源であるなら、その循環停止は一つの国や一つの森だけでは終わらない。


 今すぐ地上のすべてが枯れるわけではないかもしれない。


 それでも、放置してよいはずがない。


 リゼが依頼書を取り出した。


「ねえ。文字が増えてる」


 紙の上で、最初の依頼文が淡く光っていた。


【秘密開示条件、達成】


【王のいない塔の正体:世界樹】


【真の依頼を開示】


【世界樹の生命循環を妨げる原因を突き止め、救援せよ】


【重要度:世界規模・緊急】


【報酬:天コイン】


【依頼元:非公開】


【補足:真の依頼も受託済み依頼の一部であるため、報酬内容に変更なし】


 リゼは最後の一行を見た。


「そこだけ妙に事務的ね」


「最初から一つの依頼だったということです」


「秘密をあばいたら終わりじゃなかったのね」


 リゼはそう言いながらも、黒く止まった生命の流れから目をそらさなかった。


「まあ、これを見て帰る選択はないけど」


「はい」


 ミナも立ち上がる。


「依頼を出したのは、世界樹自身なのでしょうか」


【不明】


 キングリバースが答える。


【世界樹から、お告げ鳥へ直接依頼する意思伝達経路は未確認】

【内部生命、精霊、守護機構、または世界樹に接続する別存在の可能性】


「何かが、世界樹が困っていることに気づいた」


 ガルドが言った。


「だが、正体をそのまま伝えられなかった」


「だから、まず秘密をあばかせた」


 リオルは依頼書を見つめる。


 世界樹だと知らなければ、生命の痛みを認識できない。

 塔だと思ったままでは、壁の異常としてしか見えない。


 真の依頼へ進むためには、最初に正体へ辿り着く必要があったのだ。


 お告げ鳥へ依頼したものが何者なのかは、まだ分からない。


 ただ、その何かは助けを求めている。


 世界樹の代わりに。

 あるいは、世界樹の中から。


 どくん。


 三度目の鼓動。


 黒い壁の前に、細い亀裂のような光が生まれた。


 光は縦に伸び、ゆっくりと左右へ開く。


 その向こうには、下へも上へも続いているように見える巨大な根の回廊があった。


 緑の光が流れる道。


 だが、遠くには黒い筋が絡みつき、生命の流れをせき止めている。


【真の依頼への経路を確認】


 キングリバースが告げる。


【当機の摂理解読目的と一致】

【共同調査の継続を希望】


 リオルはキングリバースを見た。


「もちろんです。一緒に行きましょう」


【受理】


 ガルドが先頭へ立つ。


「俺が道を支える」


 リゼはスティックの先へ、小さな炎を灯した。


「暗いところなら照らす。何か出たら、今度こそ撃つ」


「爆発音九倍は、先に知らせてください」


 ミナがすぐに言う。


「分かってるわよ。たぶん」


「必ずです」


「はい」


 いつものやり取りに、ほんの少しだけ空気が戻る。


 ミナは白い杖を握り直した。


「世界樹ほど大きな生命を、私一人で治すことはできません」


 リオルが頷く。


「でも、どこで困っているかを見つけることはできます」


「はい」


 リオルは、自分の手を見る。


 塔へ強引に付与しなくてよかった。


 何なのかも知らず、秘密を見せる力を増やしていたら、世界樹そのものへ無理な負荷をかけていたかもしれない。


 今回、付与したのは一行の解析結果だけだった。


 それでも、伝説級の解読と極所付与が重なったことで、答えのない場所からヒントが生まれた。


 付与とは、相手を強くするだけの力ではない。


 見落としていたものへ、もう一度届くための余白を作ることもできる。


 ただし。


「リオル」


 リゼが横から顔を覗き込んだ。


「今、ちょっと満足そうな顔してない?」


「していません」


「伝説級の解析結果に付与して、未実装のヒント機能を生やしたのよ」


「生やしたわけではありません」


「場所が世界樹だけに?」


「そういう意味でもありません」


 ガルドが根の回廊を見たまま言う。


「話は歩きながらにしろ」


「ガルドが一番まともなこと言った」


「いつも言っている」


 ミナが小さく笑った。


 白い広間だった場所の奥で、世界樹の生命の光が弱く明滅している。


 王はいない。


 いなくなったのではない。

 奪われたのでもない。


 最初から、必要なかった。


 ここは誰かが生命を支配する塔ではない。

 すべての生命へつながる、世界樹そのものだった。


 秘密には辿り着いた。


 だが、それは依頼の終わりではなく、ようやく本当の入口が開いたということだった。


 《帰路の灯》はキングリバースと共に、巨大な根の回廊へ足を踏み入れる。


 世界樹を苦しめるものは何なのか。

 誰が、お告げ鳥を通じて助けを求めたのか。

 そして、この先に原初の書庫へ続く道があるのか。


 答えはまだ、根の奥にある。


 けれど今度は、何を探すべきかを知っている。


 王のいない塔の秘密を越え、世界樹規模の緊急クエストが始まった。


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