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8 世界の真実-4-

「毒見が必要か?」


 カップを前に問うレイテルに、


「いや、いい」


 アナグマは今度はためらうことなくそれを口に含んだ。


 ただの水だ。


 しかし今の彼にはひどく旨かった。


「おい……」


 その様子を見ていたダージが耳打ちする。


「こいつらを信じるのか?」


「とりあえず話を聞いてからです。水はただ喉が渇いていただけですよ」


 どのみち拘束されて何もできないのでは話を聞く以外に選択肢はない。


 聞くだけ聞いてみよう、という彼なりの開きなおりに近い覚悟の決め方だった。


「まず下の層について話そう。彼らは劣悪な環境で過酷な労働を強いられている――というのはさっきも話したな」


「いや、環境や労働の過酷さは言ってなかった」


 キンケルがすぐに訂正した。


「……そういう状況下にある。彼らはただ、マントルボールのためだけに働かされているんだ」


「このマントルボールというのはなんだ? 初めて見たが宝石……のようだがちがうな」


 キンケルの問いにレイテルは一度、深く呼吸をしてから答えた。


「――この星の命そのものだ」


「なんだって!?」


 三人はほぼ同時に声をあげた。


「これが……?」


 しばらくして、バカにしていると鼻で笑ったのはダージだ。


「命だって? そんなもの、目に見えるハズがないだろう。ましてやそれがこんな石みたいなカタチでここにあるっていうのか?」


 とても信じられない。


 それはアナグマも同じだった。


 同時に、レイテルたちがこんな荒唐無稽なウソをつくことに意味があるだろうか、とも考えなおす。


「それが当然の反応だろう。だが事実だ。この星の核にあるエネルギーを凝固させたものが――これだ」


 まさか、という声が誰からともなく漏れる。


 そんなものが目の前にある、と言われて素直にうなずくことなどできはしない。


「オレたちで喩えれば血液のようなものだ。失えば死ぬ。星も同じだ」


「星が死ぬ、の意味が分からねえ。具体的にどうなるってんだ?」


「それは分からない。例がないからな。だがオレたちも死ぬのはたしかだ」


 マントルボールの採掘が続けば星から熱が失われ、やがて地下も地上も永久に凍てつく。


 地上の空にはまだ光があるが、少なくとも地下世界で生活している自分たちには未来はない。


 それが科学者たちの見解だ、と彼は続けた。


「信じられないし、信じたワケじゃない」


 そう前置きをしてアナグマは身を乗り出した。


「仮にこれがそうだとして、なぜこんなものを掘り出すんだ? 何のために?」


 レイテルは勿体ぶるように大息した。


「地上には巨獣や怪鳥よりもはるかに大きく、恐ろしい生き物がいる」


 ああ、まただ。


 三人は思った。


 ここに来てから分からないことだらけだ。


 まだ見ぬ下層。


 なぜか目に見えて触れることもできる星の命。


「――で、今度は巨獣を超える巨獣か……?」


 アナグマはつい思っていたことを口にした。


「…………!?」


 しかし数秒遅れて思い至る。


「お前も見ただろう?」


 その反応を待っていたようにレイテルが答え合わせをしてくれた。


「あれがそうだ」


 ゴモジュ隊を捜索していたときに出くわした、あれだ。


 全容は見て取れなかったが山のように大きかったことを、アナグマはしっかりと記憶していた。


「王族はあれを巨人族や地上人と呼んでいる。オレたちもそれにならって地上人と呼ぶことにしているが――」


 呼称などどうでもいい、と言いたげに彼は息を吐いた。


「王族は地上人と密約を交わした。自分たちの地位を保障してもらう代わりに、マントルボールを地上人に提供しているんだ」


「どういうことだ?」


「大昔、オレたちの種族が地上人に滅ぼされかけたことがあるらしい。あのサイズのやつが何体もいるんだ。こっちに勝ち目はない。どうにか生き延びようとして、先祖たちはこの地下深くに身を隠すことにした。さすがの地上人もそこまでは手が出せなかった」


「戦争か?」


「いつの時代も同じだ。食糧か資源を欲しがる奴が戦争を起こす。地上人は後者だったらしい。地上ではエネルギー資源を使い尽くしたらしくてな。この星の核――つまりマントルボール……正確には凝固化する前のエネルギーに目をつけた。だが地上人では核まではたどり着けない」


「ならそこで終わる話だろう。それともその地上人って奴らがまた攻めてきたのか?」


 キンケルは小馬鹿にするように先を促した。


「もっといい方法がある。奴らは地下世界と地上とをつなぐ道をすべて塞いだんだ」


「…………?」


「言うまでもないが地下世界の資源にも限りがある。特に食糧は地下ではすべてをまかなうことができず、どうしても地上から持ち帰る必要がある」


「なるほど、つまり地上人は飢え死にさせるつもりでそんな手を……」


 アナグマはうなずいた。


「一方で地上には食糧はあるがエネルギー資源がない。つまり連中は共倒れの道を選んだということさ」


 ここまでくると三人にも先が読めてくる。


 地上人は共倒れの道など選んではいない。


 むしろ未来のために交渉の準備をしたのだと三人は理解した。


「しばらくして王族と連中のトップとの間で密約が交わされた。密約は四項。地下世界からは結晶化したマントルボールを地上に提供すること。地上人は食糧を地下世界に提供すること。相互不可侵の立場を堅持すること」


「ちょ、ちょっと待て!」


 キンケルが勢いよく立ち上がったせいで、アナグマの手がぐいっと引っ張り上げられた。


「食糧の提供だと? 俺たちは食うものを自分たちで調達してるぞ。下層じゃ農地だって整備してる」


「まさか俺たちの収獲も実は地上人が用意してたってことか? 都合よく種や果実が見つかることがあったが、まさか――」


 ダージも疑問を口にするが、レイテルはかぶりを振った。


「ちがう。それが四つ目の密約である、それぞれの人民には秘匿とすること、だ。この事実を知っているのは奴らだけ。だからこそ密約なんだ」


「地上人もほとんどは知らないってことか?」


 アナグマの問いに彼はうなずいた。


「地上から運び込まれる食糧は特別なルートで王族に届く。つまりこの地下世界で連中だけが飢えとは無縁の生活を送っているということだ」


 三人は露骨に嫌そうな顔をした。


 当然だ。


 庶民なら誰もが多かれ少なかれ王族には不満を抱いている。


 下々の困窮をよそに彼らはたらふく食い、豪勢に生き、最先端の医療も福祉も最優先でその恩恵を享受できる。


 しかしそれは国家の運営という重責の対価である、ということで庶民は渋々ながらも納得はしていた。


 これが地上人との密約で甘い汁を吸っていた、となると話は変わってくる。


「要約すると下の連中は王族の贅沢のために働かされ、それがこの星の寿命を縮めていると。で、俺たちはそんなことも知らずに毎日を生きてきたワケだな?」


 ダージが皮肉っぽく言うと、そんなところだとレイテルがうなずいた。


「…………」


 アナグマはうなった。


 すぐに信じられるような話ではない。


 すべてこのレイテルという男の作り話である可能性もあるのだ。


 が、そうなると目の前のマントルボールはいったい何なのか……という疑問が生まれてくる。


「信じろとは言わない。だが自分たちの知っていることがすべてだと思うな」


 彼はアナグマたちが疑念を抱いていることを見越してそう言った。


 高圧的な物言いではなく。


 学者を気取ったふうでもなく。


 同じこの星に生きる民として、彼はそう言った。


「星の寿命を縮めているといっても、この星の終わりがいつなのかは誰も分からないし、マントルボールに手をつけていなかったとしてもいつかは滅ぶだろう。それは覆しようがない。だが王族や地上人の都合がこの星を苦しめているのだとしたら、それを許すワケにはいかない!」


 ここでレイテルははじめて感情的になった。


 この一団をとりまとめている、それなりの地位にある者としてではなく。


 レイテルという一個人としての感情だった。


 ――アナグマは。


 まだ彼の言うことをすべて信じることはできなかったが、彼のこの怒りだけは本物だと信じた。

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