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46. 隠れ鬼


「エマ、もう大丈夫だよ。早くここから逃げよう。」


ヒスイの声。

確かに、ヒスイの声だ。

…だけど、


"声に雑音が混じっている。"



あの男だ。

多分、狼の足音が聞こえないのは浮かせるか何か細工をしているのだろう。


声は先ほどから近くをぐるぐるまわっていてこの場所を離れようとしない。

このままじゃ、みつかるのも時間の問題だ。

さすがにさっきと同じ手に騙されてくれるとは思えない。


ヒスイはきっと私の魔力を感知して向こうへ駆けていった。

だったらもう一度大量に魔力を使えば気がついてこちらへ来てくれるかもしれない。

だけどそれは、助けが来るまでの間 私一人でこの男に捕まらないよう立ち回らないといけないということ。


もし、失敗すれば。


「エマー?」


(!)


木を1本隔てたところで声がした。

危うく呼吸を乱しそうになるのを堪え、かたく目を閉じた。


(気配を消すのに感情は邪魔だ。)


こんな時こそ冷静にならなければ。

恐怖に支配されちゃ、駄目だ。


頭を空っぽにする。遠くの音に耳を澄ませるように、意識を周囲に溶け込ませる。まるで自分がここにいないみたいに。

…慣れたことだった。


少しして足音が向きを変えるのを確認して、静かに思考する。


(今、私に使える魔法…)


空気を操る風魔法、液体や、魔力の流れを操る水魔法。

そして、形あるものを操作する土魔法。


今まともに使えるのはここまでだ。


この中で、なるべく一撃で敵を無力化するなら、やっぱり土魔法だろう。

根を掘って木を倒す?いや避けられたら終わりだ。

では、小石を貫通させられるほどの威力で飛ばす?

駄目だ。正確な位置を知る際にみつかる可能性がある。

例え隠れたままで攻撃しようにも、今の私では、自分の魔力を感知されずに発動できない。


だったらいっそ、自分から姿を見せて、自分を囮にしている間に攻撃を…いや、それこそリスクだ。




『絶対に出てきちゃ駄目だ。』




目を開けて、目の前の地面に意識を集中した。


湿って黒くなった土。

その土くれの隙間に微量の魔力を送る。

水を染み込ませるイメージだ。

そのまま、地中で一つの水滴が違う水滴とくっついてを繰り返し、大きくなっていくよう、ゆっくりと土中の水を一つに集めていく。


場所は、この真下。


土の中に水のかたまりが出来ていく。周りの土を少しずつ押し退けて、人一人が充分に収まるほどの大きさになったところで、そっと指を地面に沈めてみる。

指先はすぐに弾力のある水に触れた。うまくいったようだ。

ほんの数センチの柔らかい土の層の下に、水が満ちていた。


(怖くないって言ったら嘘になる。…けど、)


男の足音が止まった。

わかる。こちらを向いている。

これだけの水のかたまりだ。

土魔法に比べると、先ほどより魔力の消費は格段に少ないが、それでもそろそろ気がつく頃だろう。

男は舌打ちをした。


「なんだ、バレてんのか。」


ヒスイの声じゃない。最初に聞いた低い声だ。


(大丈夫、大丈夫。…タイミングを合わせろ。)


「もうその手には、のらねえよっ!!」


(いま!!)


こちらに向かって何か膨大な魔力が飛んで来るのに合わせて、大きく息を吸った。

同時に、塊として維持していた水の上部の張力を緩めると、体を支える地面がなくなり、私は一瞬で水中に落下した。

鼓膜を低い水音がふさぎ、視界は一瞬で真っ暗になる。

間髪入れず上部の張力を閉じた。


(出来た…!)


先ほど私と一緒に水中に入った土のせいか、目が痛くて薄くしか開けられないけれど光が入らず何も見えないということは、地上からもこちらは見えていないと考えていいだろう。

狙いどおりだ。

息がこぼれないよう口元を抑え、地上の気配を探る。


"頭上"で一瞬男の気配がしたが、地上からは先ほどと同じく、魔力を含んだ土があるだけに見えているだろう。

あるいは、先ほどの囮作戦があったからこそ、そう結論づけてくれるはずだ。

数秒もせずに、男の気配は離れて行った。


安堵も束の間、今度は自分の呼吸がすでに限界だった。


すぐさま風魔法で外の空気を管にして地上から土中、水塊へと貫通させ、口元まで運ぶ。

蒸せないよう慎重に、けれど速やかに、呼吸を整えた。


そのまま風船を膨らませるように空気を水中に送り続け、今度は空気の塊で水塊を外へ押し広げ、窮屈ながらなんとか体全体を空気の塊に納めることに成功した。


ここで一先ず空気の通り道も塞ぎ、待ちの姿勢となった。

真っ暗な土の中、分厚い水の膜で覆われた空間に膝を抱えて蹲るという奇妙な格好で、だが。


(うまくいってよかった。けど、どれくらいこうしていればいいんだろう。)


しんとした暗闇の中、覚悟していたけれど静かな恐怖に鼓動が早くなった。


(落ち着け、落ち着け。大丈夫。きっとヒスイはみつけてくれる。)


…それまでに私の魔力が切れたらどうしよう。

もう一度、雨の魔女が魔法を降らせたらどうしよう。

あの男に気づかれたらどうしよう。


不安で、今すぐにでも地上に飛び出してしまいたかった。


だけど、ここでこの追手は足止めしなくちゃいけない。


雨が止んだ以上、彼らはどこまででも追って来るだろう。

だったら、あの男に勝算があるヒスイを待つのが正解のはずだ。

今の私じゃ きっと隙を突かれてもう一度あの屋敷に連れ帰られて終わりだ。


(あそこに比べれば、こんな土の中なんて。)


こういうときは、楽しいことを考えるのが大事だ。

辛い時に、自分まで自分を追い詰めちゃ、駄目だ。




地上の気配を探りながら、気持ちを落ち着かせ、目を閉じた。






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