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45. 洞察



…何かが来る。



頭の中でけたたましく鳴り響くサイレンがそう告げていた。


「ヒスイ!」


伝えなくてはと声を上げた瞬間、ヒスイの手が肩に触れ、次の瞬間には目の前に金属でできた波打つ布があった。


天窓から降り注ぐ日で逆光になってはいるが、目元の隠れた女神像だった。

振り返ると、背後には長椅子が並んでいる。教会だ。

ということは、教会の裏手からその中に転移した、ということだろうか。


その時、教会の入口付近に先ほどと同じ魔法の気配を感じた。


(隠れなきゃ!)


だけど、さっきのヒスイの反応から察するに、時間はもう数秒とないかもしれない。


「!」


「こっちにもいない…」


気配がぐっと濃くなって思わず女神像の後ろに隠れたけれど、それとほぼ同時に教会の入口から妙な男の声がした。

妙、というのは、声に雑音のようなものが混じっていたためだ。


「ま、近くにいるんだろ。だよな?」


男の足音が少しずつ、真っ直ぐこちらへ向かってやってきた。

それに重なって小さな足音も聞こえてくる。

ああ、狼だ。鼻で匂いを嗅ぐ湿った音がしている。

これではまもなくみつかってしまう。


その時、


「エマ!!絶対に出てきちゃ駄目だ!!!」


少し離れたところから、壁越しにヒスイの声がした。


(ヒスイのこんな声、はじめて聞いた。)


外にも敵がいるなら、入口に逃げても駄目か。


(なら、)


早くなっていく鼓動を目を閉じて抑えつける。

心を乱さず、気配を消して。


(隠れるのは得意。いつもやっていたことじゃない。)


「必死だねえ。」


ヒスイの声を聞いた男の低い笑い声が教会の中央から聞こえてきた。


ゆっくりと、目を開ける。


像の背後の壁の両端には扉があった。

右の扉は表に錠前が下がっていて施錠されているようだ。

残るは左の扉だけれど、向かうには像の影から出なくてはならない。


(なら、外に出てもらうしかない。)


魔力には、気配がある。


風や水や土を操作するにもそれらが魔力をまとっている限り、気配がある。

そしてもちろん、その大本である魔法使いにも。

特に魔法を使っている間は、魔力の気配がずっと濃くなる。

そうした気配の読み合いも対人戦では役に立つと、ヒスイは言っていた。

だから熟練した魔法使いほど、その気配を気取らせないのだと。


あと数秒のうちに間に合うか、これは賭けだ。


そっと床に手を着く。

入り口までの距離を想像して、その入り口のすぐそばの地面に意識を持っていく。

髪の毛よりも細く伸ばした糸に急速に魔力を流し、目的の場所まで届けるイメージだ。

そうしてたまっていく魔力を外の土にまとわせ、土を自分の背丈と同じ高さまで集めて盛って、それでもさらに魔力を流し続けた。

足音が段差を踏む。

もう、男との距離は2mほどしかない。

さらに1歩、


(止まらない…)


もう1歩、


(お願い、止まって…!)


そしてもう1歩目を踏んだところで、狼の足が止まった。

「あ?どうし…」


男は勢いよく振り返った。

そして間を開けずに勢いよく外へ駆け出したところで、魔力をたっぷり纏わせた土のかたまりを教会の右手に動かし、間もなく魔法を解いた。


男が外に飛び出したのと同時に像から出て左の扉に飛びつく。


(開いた!)

扉の中に入ると四辺を囲まれた小さな部屋があり、2つの扉があった。一つは鍵がかかっていたので、もう一つの扉を開くと、塀の中に小さな中庭があった。

草も伸び、荒れ放題だったが、隠れられそうな所はない。


見回すと、塀の一角が崩れてわずかに穴が空いている。

ぬかるみに顔がつくのも構わず、なんとか這い出ると、そこは先ほどヒスイといた教会の裏手のすぐそばの雑木林の中だった。


姿勢を低く保ったまま、なるべく遠くへと移動する。


男は囮に気づいただろうか。


教会へ引き返したら、すぐにこの場所までみつかってしまうのではないだろうか。


服をどろどろにして、腕や足を擦りむきながらも、気配を消して、呼吸を整えて、進んでいく。

その時、近くで大きな魔力の気配があった。

視線を気取られないようそっとその方向へ目を向けると、無数の火の手があがって大きな球体になっていた。


その球体が少しずつ密集して小さくなっていく。


(あれが、火魔法…)


目を離せずにいると、火の玉が揺らいだその隙間に、ヒスイの姿が見えた。


(あの中にいるの!?)


何か自分にできることはないかと考えるが、先ほどのヒスイの声の意図をそこでようやく汲み取った。


(こうなった時、私が下手に動かないようにしてくれたんだ。)


ヒスイに取り乱したようすはない。

声は聞こえないけれど、向かい合ったローブの人物と何か話しているらしい。


どうしよう、火の魔法使いは魔力量が他とは比べ物にならない。

ヒスイは氷の魔法強いだ。

対して相手は火の魔法使い。


本当に、ただ見ているだけでいいの?


(私に、火魔法が使えたら…)


ぐ、と手を握ったその時、ローブの人物が突然振り返った。

戦闘中に目を離すなんて、よほどのことだ。

だけど、その背後には何もない。


かと思えば、その一瞬のうちに、先ほどまでの火は一つ残らず消えていた。目を凝らすと、薄い水の膜がいくつも浮かんで、火の玉の代わりにヒスイの周囲を囲んでいる。

ヒスイはその場で微動だにせず、それら一連のことをやってのけたのだ。

おそらく、ローブの人物を振り向かせたのも彼の何らかの魔法によるのだろう。

水の膜が消え、今度は周囲の木や泥や新たな火の玉がヒスイに向かって飛んでいく。が、それも動かないままで、ほとんど風魔法だけで軌道を変え、避け"させて"いる。


(すごい...)


格上の魔法でも、風や水の魔法で対処できるんだ…!


気づけばその戦闘に釘付けになっていた。

二人は何か話していたが、それに気を取られているのか、ローブの人物は彼女の周囲にわずかにある魔力の気配に気がついていないようだ。

かくいう自分も、集中して見ていて今ようやくその存在に気がついたのだが。

あれは、さっきヒスイが展開した水の膜の魔法だ。

消えたと思っていたけれど、膜がもっと薄くなって一つにまとまっていたらしい。

ただでさえ見えづらい薄さだったのが、もはや目では見えないほど、魔力探知でようやくその輪郭がわかるほど極限まで薄められていた。

私のさっきの魔力移動なんて比べ物にもならない。

なんて繊細な魔力操作だろう。


そして、ローブの魔法使いは気づかぬ間に捕えられ、間もなくその場に崩れ落ちた。

その後ヒスイは倒れた魔法使いに近づいて、何かを確認した後、駆け出して行った。

その方向は、先ほど私が土の魔法を解除した教会の右手だ。


合流しようにも、今ここで大きな声を出すわけにも魔法を使うわけにもいかない。

かといってこの草影から出るのも得策とは思えなかった。


ここでヒスイを待つしかないのかな…


その時、すぐ近くで転移魔法の気配がした。


がさがさと草を分け土を踏みしめ歩く足音。

(狼の足音がしない…?)


気配を殺してじっとしていると、


「エマ、いたら返事をして。」


と、ヒスイの声がした。

周囲を警戒しているような小さな声だ。


足音はなおもがさがさと響き、周囲を探している。

姿は見えない。それは向こうにとっても同じなのだろう。


心配そうなヒスイの声が何度も呼び掛けている。


(駄目だ。絶対に出ていっちゃ駄目だ。)





手出し無用、だけじゃない。


ヒスイは、これを伝えていたんだ。



今更ながら作品の感想受付にログイン制限がかかっていたことに気がつきました。(本当に今更ですね。)

これまでもあまり影響なかったかと思いますが、設定を変更いたしましたので、この場を借りてお知らせです。

いつも作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。(2026.6.11)


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