43. 朝
夜明けを迎えたのは、1つ目の街をもうすぐ抜ける頃だった。
夜明け、と言っても雨足は弱まることなく太陽は分厚い雲に覆われたままでぼんやりとしていたが、それでも夜とは比べ物にならないほど辺りの景色がはっきりと見える。
夜中暗闇をさ迷っていたせいで、見慣れない町なのにひどく安心感を覚えた。
それからしばらく歩いて2つ目の街へ入る頃には、早いお店は既に開店の準備を終えつつあった。
ヒスイがそのうちの一箇所で雨傘を4人分調達し、そのついでに慣れた様子で近くの食堂を聞き出すと、少し早い朝ごはんにありつくことになった。
「わあ、仕方ないけどびしょびしょだね。」
持ってきていたタオルで顔の周りや髪の毛をあらかた拭き、雨よけを脱ぐと、各々鞄にしまった。見た目より随分入り、実際より確実に軽い。魔法の鞄だとヒスイは言っていた。便利だ。
「この辺りらしいんだけど…」
小物屋の主人に教えてもらった道を行くと、早い時間にもかかわらず人の話し声のする店があった。
オレンジ色の明かりに引き寄せられるように、私たちは店の中へと入った。
ようやく腰を落ち着けると、ほっとしたのか急に眠気が襲ってきた。
両頬を叩くと、3人は一瞬驚いた顔をして、その後笑ってめいめいに私の頭を撫でた。
エマ、よく頑張ったね。
疲れたでしょう。
料理が来るまでの間、寝てていいぞ。
それぞれの言葉が遠ざかって聞こえる。
溶けそうな瞼は持ち上げようにもすでに言うことをきかなくなっていた。
なんとか返事をしようと開いた口からは、あくびか寝息かわからない吐息が微かに漏れ出ただけで、私はそのまま眠りについたらしかった。
……、
…マ、
「エマ、料理がきたよ。食べられそう?」
ヒスイの声にはっとして目を覚ます。
途端に周囲の喧騒が戻ってきた。
「よく眠れましたか?」
「はい。かなり…」
肩口の暖かさの正体を辿って見上げると、キョウが微笑んでいた。
「と言っても、30分ほどなんだが。」
少し申し訳なさそうにレイが補足する。
「それでも随分ラクです。」
少なくとも、疲労より空腹を感じる程度には回復していた。
3人はその間もずっと起きていたのだろうか。
見た目には、いつもとあまり変わらないけれど。
「さ、それじゃあ食べようか。教えてくれたおじさん曰く、ここの料理は美味しいらしいから。」
目の前にはテーブルいっぱいに湯気の上がる料理が並び、本当に食べきれるか心配になるくらいだった。
声高に主張する胃袋に急かされ、すぐ目の前の料理に手を伸ばした。
鶏肉を焼いているのだろうか。
こんがりと焼き目がついたお肉は一口大に切り分けられ、同じく 焼き目のついたたっぷりの野菜と何らかのスパイスで和えてあった。
料理の名前はわからないけれど 口いっぱいに肉汁が広がって鼻を抜ける刺激的な香りが食欲をそそる。
「…おいしい。」
思わず口からこぼれると 3人は クスクスと 笑った
そういえば 外食って 初めてかもしれない。
周りからたくさんの食器が触れる音や、活気のある話し声が聞こえていて、とても居心地のいい空間だった。
お行儀が悪いのは分かっているけれど、この場の雰囲気に流されて勢いよく食べ進めていく。
「食べながらでいいので聞いてください。」
しばらくしてキョウが口を開いた。
「こんなところでいいのか。」
とレイが聞くと、「周囲に聞こえない程度には魔法をかけていますので」とキョウは答えた。
「煙の魔女の魔法だね。それこそ今使っちゃって良かったの?」
「本当に微量ですので感知することは不可能でしょう。それに、このレベルの魔法が探知できるなら、少なくともあの小屋の場所を突き止めるのにあんなに時間はかからなかったでしょうね。」
と、事も無げに言った。
実際、"雨"が降っているとは言え、それを聞いた今でも、魔法を使っていることすらわからなかった。
「これからのことですが、」 キョウは構わず話し始める。
「作戦の通り、ひとまずヒスイとエマはレイの領地へ。私はレイと共に学園へ向かうわけですが、雨が降り止むかどうかにかかわらず1週間程度を目安にたどり着ければ上々と考えています。」
雨の有無に関わらず同じ時間を想定している…ということは、きっと雨が止んで、転移魔法が使える状況でも、徒歩と同じくらい時間がかかるとキョウは考えているんだ。
つまり、雨が止んだら敵に追い付かれる可能性がそれだけ高い、ということなんだろう。
森の中に潜んでいた人影を思い出して不安が甦った。
「あの、さっき森を歩いているとき、私達以外にも人がいましたよね。」
驚いたらしく目を開いたレイに、キョウとレイは笑って言った。
「だから言ったでしょう。エマは気付くと。」
「魔力に限らず音や気配の探知はエマの得意分野だもんね。」
(そんな風に思われていたのか…)
出発前に交わされたであろう知らないやり取りで、どうやらレイは道中追手が潜伏していても私が怖がらないようにと気を遣ってくれていたようだ。
そういえば、ちょうどそのタイミングでキョウは手を貸してくれたっけ。レイから事前に口添えがあったのかもしれない。
「気にすることはありませんよ、エマ。あれは追手といってもほとんど魔力を持たない連中です。雨が降るまで、私に勘づかれないために雇っていた見張りでしょうが、予定が狂って苦し紛れに見張らせていたのでしょう。」
「予定って?」
「おおかた、何らかの向こうに都合のいいタイミングで合図させて、転移魔法で奇襲を仕掛けるつもりだったのでしょう。この数日、森に随分殺気立った干渉がありましたから。」
"殺気立った"の部分でキョウは薄く笑った。
嘲笑、いやどちらかと言えば余裕か。
さっきの発言でも感じたが、もしかしたら望遠の魔女とキョウの間には同じ魔女でも実力差のようなものがあるのかもしれない。
それが、だんだんと露呈してきているのかも。
「望遠の魔女ですか?」
「おそらくは。ですが、予定外にこの雨です。向こうに出来ることは、せいぜい既に森に潜ませていた者にこちらの同行を探らせるのが精一杯でしょう。苦肉の策ですね。今頃彼らの目には、窓から覗いたとして、家の中でぐっすり眠る私達の姿が映っていますよ。」
キョウはいたずらっぽく片目を閉じた。
あらためて、煙の魔女の魔法がいかに便利かわかる。
そしてそれをいくつも同時に展開しているキョウの頭の中っていったいどうなっているのだろう。
ともかく、だ。
「それなら、なおのこと今のうちに少しでも先へ進むべきだってことですね。」
フォークを握り直した私の肩をヒスイが嬉しそうにぽんぽんと叩いた。
「そういうこと!しっかり食べて体力つけておかなくちゃね。」
「足りなければ追加するぞ。」
「いえ、そんなに食べられません!」
レイが張り切ってメニュー表を取り出したので、慌ててストップをかけると、ヒスイが隣で笑っていた。
彼の場合冗談で言っているのか判別がつかない。
あれだけあった料理もすっかり完食し、最後に頼んだ全員分の飲み物が運ばれて来たところで、キョウがグラスを小さく掲げた。
「それでは、」
私達もそれに習い、グラスを掲げる。
「全員で無事に再会できることを願って。」
そうだ。このお店を出たらしばらくは別行動。
食事をしながら計画の調整を行った結果だ。
この先の道中、全員が無事でいられる保証はないのだ。
だからこそ、
「乾杯!」
4人の声が揃う。
どうか、また会えますように。
なんて、やり取りをしたのがほんの数時間前。
店の前でヒスイと私、キョウとレイの2手に別れた後、町の中を人に紛れて、傘をさして歩いて、歩いて、歩いて、
…それが、どうしてこんな。
「エマ!!絶対に出てきちゃ駄目だ!!!」
ヒスイの声が静まった空間を切り裂くように響く。
雨は、止んでいた。




