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席に着いた信也は、安堵の溜息をつくと改めて周囲の視線を感じた。
遅れて入ってきたせいで全校生徒の注目を浴びてしまったことに加え、教室に漂う冷ややかな空気。
それでも、彼は気を取り直して立ち上がり、淡々と自己紹介を始めた。
「……改めて、松風 信也です。俺には守護神はいません。魔術も使えませんが、その分、剣術にはそれなりに自信があります。今は桐島家に居候させてもらっています。……一年間、よろしくお願いします」
言葉の最後を言い終えるか終えないかのうちに、教室中からどよめきが沸き起こった。
「守護神が……いない?」
「魔術学校にきて、魔術が使えないのかよ?」
「おいおい、そんなの聞いたことないぞ……」
そんな信也の言葉を嘲笑うような声が、教室の空気を切り裂くように響いた。
「……へぇ、松風家の元長男が、まさかこんなところでのうのうと生きていたとはな」
声を上げたのは、先ほどまで自己紹介で威張り散らしていた神藤稔だった。彼はまるでこの世で一番汚いものを見るような目で、冷酷に信也を見下ろしている。
「落ちこぼれとして行方不明になったと聞いていたが、悪運だけは強いらしいな。一族の恥さらしが。おい、吉田先生。何故こんなゴミ同然の奴を学園は合格させたんだ? しかも、あろうことか僕と同じクラスとは。……父に言って、すぐにでもクラスを代えさせるからな」
稔の言葉には、松風家というかつての名門に対する、ねじ曲がった嫌悪感が滲んでいた。
周囲の女子生徒たちも「信也くん、実は落ちこぼれだったの?」とヒソヒソと囁き始め、教室の雰囲気は最悪のものへと変わっていく。
しかし、先ほどまで指導室で先生にこってり絞られていた信也は、もう我慢の限界だった。この手の嫌味は、これまでの境遇で散々聞き飽きている。
信也はふっと冷ややかな笑みを浮かべ、あえて相手が最も嫌がる口調で言い返した。
「……そんなこと言ったって、試験に合格したのは事実だろ。お前が俺と関わらなきゃいいだけの話じゃないか。そうだろ、し・ん・ど・う・さ・ま」
「なんだと……この野郎……ッ!」
信也の挑発に、稔の顔から仮面の余裕が消え去る。彼は右手をかざし、その手のひらに青白い魔術の光を収束させ始めた。
「水よ、我が意思に従い――」
「止めろ、神藤!!」
空気が張り詰めた瞬間、教壇から飛び出した吉田先生の手が、稔の肩を強引に掴んで止めた。教室内に充満しかけていた魔力が、瞬時に霧散する。
「……っ、先生! こいつが!」
「黙れ。ここは教室だぞ、神藤。校内の指定された訓練場以外で、生徒同士が魔術を行使することは厳重に禁じられている。忘れたとは言わせんぞ」
吉田は厳しい眼差しで稔を制すると、今度は信也の方へゆっくりと振り返った。
「松風、お前もだ。先に挑発した神藤が悪いのは確かだが、挑発に乗って言い返す奴も同罪だ。入学初日から喧嘩沙汰か? どちらも初犯だから今回は『厳重注意』で済ませてやるが、次は容赦しない。俺のクラスで問題を起こすなら、たとえ誰だろうと即座に退学処分だ。分かったか!」
「……はい、申し訳ありません」
「……チッ、分かりましたよ」
二人からの返事を聞くと、吉田先生は深くため息をつき、腕時計を一瞥した。
「……今日はもう終わりだ。これ以上、無駄なエネルギーを使うな。さっさと帰って頭を冷やせ。いいか、明日の朝からは本格的なカリキュラムが始まる。守護神を用いた魔術の実技説明と、広大な敷地の校内見学を行う。一分一秒の遅刻も認めんからそのつもりでいろ!」
先生がそう言い捨てて教室から出ていくと、ようやく張り詰めていた空気が緩んだ。
しかし、信也と神藤の間の視線は交差したまま、互いに火花を散らしている。
波乱だらけの魔術学校生活初日は、こうして、確かな「因縁」を残したまま幕を閉じることになった。
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