19
初めてのチーム連携で一階層の魔物を鮮やかに退けた信也たちは、そのまま歩みを進めていた。
「この調子なら、一階層は完全にクリアだね」
夏希が周囲を警戒しながら指示を出す。勇希の『百目』による死角のない索敵と土壁のコントロール、あるいは実花の『座敷わらし』による迅速のバフ。信也の生身のスピードは、仲間との連携によってさらにその鋭さを増していた。
薄暗い通路を曲がったその時、再び前方の闇が不気味に揺らめいた。
「信也、正面から3体! さっきより一回りデカい式神だ!」
勇希の『百目』が瞬時に敵の姿を捉え、警告を飛ばす。
「よし、今度は私から仕掛けるわ! 『水よ、奔れ――水槍』!」
夏希が鋭く木杖を突き出すと、彼女の背後に浮かぶ『雪女』の冷気と混ざり合った鋭い水の槍が形成され、先頭の式神の胸元へ目がけて一直線に放たれた。
**ドォォンッ!**
激しい水しぶきを上げ、1体目の式神の泥の身体が大きく抉られる。しかし、式神は怯むことなく、抉られた身体を強引に再生させながら突進を続けた。中級魔術を耐えきるとは、さすがに一階層の奥の魔物だ。
「再生が早い……っ!」
「慌てるな夏希、俺が止める! 『土よ、我が意に従え、土塁』!」
勇希が前線へと踏み込み、杖を地面に叩きつける。突進する2体の式神の足元から強固な土の壁がせり上がり、その進路を完全に塞いだ。ドン、と鈍い衝撃音が響き、式神たちの突進力が殺される。
「実花ちゃん、バフをお願い!」
「はい! 『光よ、その腕に力を――剛力』!」
後方から実花が祈るように手を掲げると、今度は信也の木剣に眩い光のエネルギーが宿った。
「(身体が軽い……それに、漲る力がはっきりと分かる!)」
信也の動体視力が、土壁の横から回り込もうとする最後の1体の式神の動きを完全にスローモーションで捉えた。泥の拳が振り下ろされる、そのわずかな予備動作の隙。
「おおおおおッ!」
信也は地を蹴った。実花のバフと自身のスピードが同調した信也は、もはや肉眼では追えないほどの残像を残して式神の懐へと滑り込む。
下から上へと、斬り上げるような渾身の斜め一閃。
**バキィィィンッ!!!**
強烈な衝撃音。実花の剛力のバフを乗せた信也の一撃は、式神の強固な泥の身体を防御ごと真っ二つに叩き割り、その中央にある呪符を一瞬で消滅させた。パンッ、と乾いた音を立てて光の粒子へと還る式神。
「残りの2体、土壁を壊して来るわよ!」
夏希の鋭い指示が飛ぶ。勇希の張った土壁にヒビが入り、泥の拳がそれを突き破ろうとしていた。
「勇希、壁を解いてくれ! 俺が突っ込む!」
「おう、信じているぜ相棒! ――解除!」
勇希が叫ぶと同時に土壁が崩れ落ちる。視界が開けた瞬間、そこには完全に体勢を崩した2体の式神がいた。
信也は速度を緩めることなく、その死角へと回り込む。
「これで、終わりだ!」
目にも留まらぬ速さで放たれた、電光石火の二連撃。正確無比に呪符を切り裂かれた式神たちは、反撃の機会すら大えられず、一瞬にして泥の塊へと戻り、そのまま消滅した。
「ハァ、ハァ……。すごいな、みんな」
木剣を引いた信也は、自分の両手を見つめた。
一人で潜っていた時は、あれほど泥臭く、命を削るようにして戦っていたダンジョン。それが、仲間と連携した瞬間に、これほど鮮やかに道が開ける。
「決まったな! 信也、お前の突進力、マジで心強かったぜ」
勇希がハイタッチを求めてくる。
「うん、信也のスピードがあれば、私の水魔術も百発百中だよ」
夏希も満足げに微笑み、実花は「怪我、ないですか?」と嬉しそうに駆け寄ってきた。
初めて実感する、チームという絆の力。現れる魔物を危なげなく撃破し、4人はついに一階層の最奥――二階層へと続く下り階段へと到達する。
「……ここから先が二階層か」
信也は階段の先にある、より一層濃くなった紫色の闇を見つめた。あの恐怖の象徴――ゴブリン変異種が潜む深淵だ。
「よし、今回は初運用だし、二階層の入り口の様子だけ見て引き返そう。深追いは禁物だ」
勇希の慎重な提案に、全員が深く頷く。
ゆっくりと階段を下り、二階層へと足を踏み入れる。一階層とは明らかに空気の重さが違っていた。肌を刺すような冷たい魔力。信也の身体が、記憶にある恐怖でわずかに強張る。
「グルル……」
暗闇の奥から、複数の低い唸り声が響いた。
勇希の表情が引き締まる。
「信也、夏希、実花、ストップだ。『百目』の視界に変異種は映ってねえが……通常のゴブリンが5、いや6体はいる。それに、この奥の空気、何かがおかしい」
信也も目を凝らす。ソロの時に死に物狂いで逃げ回ったあの階層。確かに、いつあの変異種が闇から飛び出してきてもおかしくない緊張感が満ちていた。
「……みんな、勇希の言う通り、今日はここまでにしておこう。今の俺たちの連携なら戦えるかもしれないけど、まだデータの無い階層だ。無理をする必要はない」
信也の言葉に、夏希も同意する。
「そうね。一階層のデータは取れたし、実花も魔力を消費してる。一度戻って体制を整えましょう」
4人は静かに後退し、二階層の魔物に気づかれる前に一階層へと引き返した。重い鉄扉を押し開け、夕暮れ時の地上の光を浴びたとき、全員が安堵の息を漏らした。確実に前へ進んでいる――その手応えを胸に、彼らは今日の捜索を終えた。
同じ放課後。信也たちが慎重に撤退を選んでいた頃、学園ダンジョンの別のエリアでは、まったく異なる光景が繰り起こされていた。
**ドガァァァンッ!!!**
凄まじい爆音と共に、一階層の岩壁が派手に崩落する。
「ハハハッ! 脆い、脆すぎるよ! こんな泥人形どもが僕の相手になると思ったのかい?」
傲慢な笑い声を響かせているのは、神藤稔だった。
彼の周囲には、原型を留めないほどに破壊された式神の残骸と、一瞬で蒸発させられたスライムの痕跡が散らばっている。
神藤の背後に浮かび上がるのは、禍々しくも美しい、氷のオーラをまとった上位の守護神。彼の『水』属性は、すでに**前日の座学**で吉田先生が語った上位属性――**『氷属性』**へと完全に進化を始めていた。
「さすが神藤くんだわ! 中級魔術の『氷結弾』一発で、一階層の魔物が全滅しちゃった!」
「俺たちの出番、まったくないっすね。格が違いすぎる!」
取り巻きの生徒たちが、揉み手をするように神藤を称賛する。彼らのチームは、神藤という圧倒的な個人の火力に完全に依存していた。前衛が壁を作る必要すらなく、神藤が放つ氷の魔術が、射線上のすべてを凍てつかせ、粉砕していく。
「当然さ。僕の魔術の位は、すでに中級の頂点に達している。松風のような、守護神も属性もない無能が泥臭く剣を振っているのとは、生きている次元が違うんだよ」
神藤は自身の掌から立ち上る冷気を見つめ、残酷な笑みを浮かべた。
「次の実戦演習が楽しみだ。あの敗走犬に、本当の『魔術の格』というものを、今度こそ骨の髄まで教えてあげるよ」
神藤の放った氷の礫が、用済みとなったダンジョンの壁を容赦なく貫き、白い冷気の中に消えていった。
(第12話へ続く)




