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時を守りし守護神  作者: ぽっちゃり王子
16/24

15

あの日から、信也の放課後は狂気に染まっていた。

「自主練に行く」と夏希たちに告げては、毎日一人で地下ダンジョンの重い鉄扉をくぐる。一階層の魔物を一撃で屠るほどに研ぎ澄まされた信也の前に、あの「ゴブリン変異種」は、まるで彼の執念に呼応するように毎回その姿を現した。

一度も勝てていない。それどころか、毎日這う這うの体で逃げ出し、翌朝は激痛に顔をしかめて登校する日々。

だが、信也の瞳から光は消えていなかった。

「グルルルルッ……!」

今日のエントリーも、いつもと同じ暗がりの通路。

変異種がどす黒い魔力をまとった大鉈を構え、地を蹴る。爆発的な踏み込み。一瞬で間合いを詰めてくるその速度に、信也の動体視力は完全に追いつきつつあった。

「(左から、袈裟斬り――!)」

**ビキィィィンッ!**

信也は上体を極限まで後ろに反らし、刃の軌道を紙一重でかわす。鼻先を凶刃が通り過ぎ、強烈な風圧で前髪が数本吹き飛んだ。

だが、避けるだけで終わる日々はもう過ぎた。

「おおおあああッ!」

かわした勢いのまま、信也は地面を滑るように斜め前へと踏み込む。変異種の懐、防御が手薄になる右脇腹へ、木剣を両手で握り直して突きを放った。

ただの突きではない。毎日、肉体が悲鳴を上げるまで振り抜き、身体の軸と体重移動を完璧に同調させた、現時点での信也の「最高の一撃」。

ドガァァンッ!!

「グウッ……!?」

変異種の口から、初めて短い苦悶の声が漏れた。

鋼鉄のようだった皮膚。その一角、信也がここ数日間、文字通り毎日同じ場所を狙って叩き続けてきた右脇腹の「魔力の防壁」が、ついに微かにひび割れたのだ。木剣の先端が、変異種のどす黒い肉に数ミリだけ食い込む。

紫色の禍々しい血が、一滴、床に滴り落ちた。

「ハァ……やった、ぞ……!」

確かに手応えはあった。しかし、それは同時に「羽虫」が「脅威」へと変わった瞬間でもあった。

変異種のハイライトのない瞳が、初めて怒りの色に染まる。

「ガァァァオオオオッ!!」

狂暴な咆哮と共に、変異種の身体から紫色の魔力が爆発的に吹き荒れた。

あまりの風圧に信也の身体が硬直する。そこへ、肉眼では捉えきれない速度の連続攻撃が襲いかかった。ガガガガガガァンッ!!!

縦、横、斜め。容赦なく狂い振られる大鉈の嵐。

信也は死に物狂いで木剣を盾にし、ステップを踏んで致命傷だけを避ける。だが、完全に防ぎきることは不可能だった。

「ぐあぁッ!」

浅く鋭い一撃が信也の肩を切り裂き、続く返しの刃が太ももをかすめる。制服の生地が弾け飛び、鮮血が噴き出した。

さらに、変異種は大鉈を振るった勢いのまま、巨体を生かした体当たりを敢行する。

ドォォンッ!!

「ふ、ぐっ……!」

まともに衝撃を喰らった信也は、防戦一方のまま数十メートルも後方の通路へと吹き飛ばされた。何度も地面をバウンドし、壁に激突してようやく止まる。

「ハァ、ガハッ……、ゴホッ!」

激しく咳き込むと、口内から鉄の味が広がった。

全身が燃えるように熱い。肩、太もも、そして昨日までに負った傷が、一斉に烈しい痛みを主張し始める。指先一つ動かすのすら、脳が拒絶するほどの疲労とダメージ。

遠くで、変異種が己の右脇腹に手を当て、そこに付着した僅かな血を見つめていた。そして、信也を明確な「敵」として認識した眼差しで、再び大鉈を構え直す。

「(……クソ、ここまで、やって……まだ、かすり傷一つ、かよ……)」

足が震える。木剣を握る両手には、もう感覚がない。

ポケットに入れておいた、なけなしの回復薬の瓶は、今の衝撃ですでに粉々に砕け散り、無情にも床を濡らしていた。これ以上戦えば、間違いなく五体満足では帰れない。死が、すぐ目の前で手招きしている。

「……引き際、か」

信也は悔しさに血がにじむほど唇を噛み締めた。

毎日戦い、毎日ほんの少しずつ、奴の身体に傷を刻んではいる。確かに前へ進んでいるはずだ。だが、それでもまだ、圧倒的に勝てない。この魔物の底が、未だに見えなかった。

「……次は、もっと深く刻んでやる」

変異種が地を蹴るのと同時に、信也は残されたすべての気力を足に込め、背後の闇の通路へと身を投げ出した。ダンジョンの構造を利用し、決死の覚走で追跡を振り切る。

今日もまた、惨めな敗走だ。

だが、ダンジョンの外へと這い出した信也の胸の中で、神藤への悔しさとも違う、あの怪物への純粋な「闘争心」の炎が、より一層激しく燃え上がっていた。



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