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ズガァァァンッ!!!
狂暴な咆哮と共に振り下ろされた大鉈が、ダンジョンの硬い岩盤を爆砕した。飛び散る岩片が信也の頬をかすめ、鋭い痛みが走る。
「(――見えた!)」
昨夜の信也なら、その圧倒的な質量と風圧に気圧され、まともに受けて吹き飛ばされていただろう。だが、今日の信也は違う。狂ったように繰り返した自主練、そしてスライムや式神との実戦を経て、彼の集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。
大鉈が地面に激突する直前、信也は全神経を足元に集中させ、わずか数センチの差で紙一重の横ステップを繰り出していた。
衝撃波で身体が浮きそうになるのを、強引に膝を曲げて堪える。脇腹の傷が悲鳴を上げ、目の前が一瞬白くなったが、奥歯を噛み締めて痛みをねじ伏せた。
「おおおおおッ!」
無防備に大鉈を振り下ろしたゴブリン変異種の懐へと、信也は泥臭く踏み込む。狙うは、がら空きになった胴体。魔術の強化がないのなら、全体重と踏み込みの推進力のすべてをこの一撃に乗せるしかない。
**ガツゥゥンッ!!!**
手応えはあった。信也の放った渾身の突きが、変異種の脇腹へと正確に突き刺さる。
「――なっ!?」
しかし、信也の口から漏れたのは歓喜ではなく、絶望の戦慄だった。
木剣から両腕に伝わってきたのは、生身の肉体を叩いた感触ではない。まるで、幾重にも重ねられた鋼鉄の板を殴ったかのような、硬質で冷酷な拒絶。
変異種の皮膚は、どす黒い魔力を帯びて硬質化していたのだ。信也の木剣は、その強靭な肉体に掠り傷ひとつ、血の一滴すら流させることはできなかった。
### 圧倒的な「壁」
「グルルル……」
変異種が、鬱陶しい羽虫でも見るかのような冷たい瞳で、至近距離の信也を見下ろした。その顔に焦りは微塵もない。あるのは、明確な嘲笑だ。
「(ダメだ、これじゃ……俺の攻撃じゃ、あいつの防御を貫けない……!)」
戦慄する信也の胸元へ、変異種の丸太のような豪腕が、裏拳の形で払われた。
「が、はっ……!?」
ただの、咄嗟の手払いに過ぎない。それなのに、迫り来る質量は暴走する鉄塊そのものだった。
辛うじて木剣の腹で受け止めたものの、信也の身体は無残に弾き飛ばされ、数メートル後ろの岩壁へと背中から激突した。
**ドォォンッ!**
「ゲホッ、ハァ、……っ、げほっ!」
肺の中の空気がすべて濁った血と共に吐き出される。背中の骨が軋み、視界がチカチカと暗転を繰り返す。木剣を握る右手は、あまりの衝撃に感覚を失い、指先がピクリとも動かない。
変異種はゆっくりと大鉈を地面から引き抜き、引きずりながら一歩、また一歩と近づいてくる。
地面を擦る鉄の音が、まるで信也への死へのカウントダウンのように洞窟内に響き渡った。
「ハァ……ハァ……クソ、やっぱり、勝てない、のか……」
昨夜に引き続き、再び突きつけられる絶対的な実力差。
魔術の使えない人間が、どれだけ必死に木剣を振ろうが、生まれながらに強大な魔力と肉体を持つ怪物には届かない。吉田先生の冷徹な声が、神藤の嘲笑が、頭の中でリフレインする。
『お前たち魔術を放つ際……精神と大気中の魔力を同調させる……』
『一晩中、自分の無力さに泣き暮らしてでもいたのかい?』
「うるさい……黙れよ……!」
信也は震える左手で、感覚の無い右手を強引につかみ、木剣の柄へと固定した。
まだ、指は動かなくても、心は折れていない。ここで諦めれば、本当に神藤の言う通りの「無能な敗者」として、底辺のまま死ぬことになる。それだけは、絶対に嫌だった。
「まだ……だ……!」
膝を激しく震わせながら、壁を背に、信也は再び立ち上がる。
迫り来る変異種の漆黒の刃を前に、信也は血に染まった顔で、狂気を孕んだ笑みを浮かべ、再び武器を構えた。勝てないと分かっていても、その一歩を引くことだけは、己の魂が許さなかった。




