九話「豚」
『放課後、校門の前に来てもらえる?』
昼休憩終わりの授業後に、通知が来ていた携帯を確認すると、渡会からLINEが入っていた。
渡会とは昨日、『渡会楠見友人宣言』をした際に交換している。早速有効活用しているらしい。
渡会は後ろ斜めの席に今も座っている。こちらもLINEで返してみよう。
『直接言いに来てもいいのに』
『普段教室で喋らない私がいきなり楠見くんに話しかけたら、クラスメイトがビックリしちゃうでしょ』
『確かに』
『「え、楠見くんが話しかけられてる。珍しいね」』
『僕かよ。そっちの方はそこまで珍しくないでしょ』
『言ったわね。傷ついたわ』
『言い出しておいて被害者ヅラするな』
そんなやり取りを続けていたら、授業のチャイムが鳴って、歴史の先生がやって来る。
とりあえず、今日は漫才のレッスンはしないらしい。覚えておこう。
約束通り、放課後に校門前へ向かう。
同じ時間の下校だったはずなのに、渡会は既に門の前でスマホをいじっている。
「ラーメンを食べに行きましょう」
やってきた僕に対して、渡会は開口一番そんなことを言う。
「お、おぉ。分かった」
前々から提案されていたことではあるけど、まだ渡会とは一緒にラーメンを食べに行ったことがない。
昨日友人としてお互いを認識した訳だし、ちょうどいいのかもしれない。僕は頷いて、自転車を押して歩く渡会の隣に並ぶ。
「楠見くん」
「うん?」
「私たち、友達なのよね」
「ん……あぁ、まぁ、そうだね……?」
面と向かって言われると、断定はしづらかった。
「そう」と短く言葉を返したあと、プイと渡会は正面を向いてしまう。
どうしてそんなことをわざわざ聞いてきたのだろう。
少し考える。
「……あ」
そうか。
今話している渡会は、昨日『渡会楠見友人宣言』をした渡会じゃないのか。
昨日はA世界にいて。
朝起きて、B世界で僕と喋った渡会が残したメモを読み返した渡会なんだ。
それなら。
急な展開に、自分の気持ちがついていけていないのかもしれない。
横から渡会を窺うと、その表情は心なしか嬉しそうに見える。
杞憂だったようだ。僕は心の中で胸をなでおろす。
ラーメンが楽しみだからか。それとも、僕と一緒にラーメンに行くのが嬉しいからか。自意識過剰かもしれないけど、後者だったら結構嬉しいよなぁ、とか思う。
男女二人で並んで歩いていると、少し周りの視線が気になってくる。あまり気にしないでおこう。
黙って並んで歩いていると、流石に少し気まずくなってきた。友人とは言えど。
何か話題を提供するために、今日のことを思い出していると、ふと少し気になっていたことが思い浮かんだ。
「渡会さ」
「何かしら」
「先週……の金曜日だったと思うんだけど。お昼休憩に、メロンパンを二つ食べてなかったか?」
「そんなに変?」
「うん。変」あえてとぼけていそうな渡会にに向かって、僕は頷く。「普通、二つパンを食べるとしたら総菜パンと菓子パンの組み合わせになると思う」
「価値観の押し付けね。反吐が出るわ」
「言い過ぎかも……」
ボケだとは思うけど、強い言葉を使われると傷ついてしまう。
「分かった。まぁ、自分の価値観なことは認める。菓子パン&菓子パンでも、総菜パン&総菜パンでもいいものとする。でもさ、同じパンを二つ買って食べるのは、昼休憩なのにちょっと退屈過ぎないか? 特に二個目が。僕なら『これさっきも食ったな……』ってなって、ちょっとウンザリすると思う」
「そんなの人の勝手でしょう」
「そ、それは……そうなんだけど」
沈黙。
……。
渡会がすごく冷たい。
普通に泣きそうだ。
しくしくとべそをかいていると、渡会が口を割った。
「ごめんなさい。少し意地を張ってしまったわ。楠見くんの言う通り、メロンパンなんて2つも食べるものじゃなかった。でも、ちゃんとした理由があるの。何も制約がなければ、メロンパンを食べた次はあんパンで行きたいところよ」
「メロンパンの次にあんパンいくのか……?」
「はい? メロンパンの後はあんパンを食べるのが普通でしょ。ぶん殴るわよ」
「価値観の押し付けだ……!」
ともかく。
「それで。メロンパンを2つ食べた理由は何なんだ?」
「これよ」
言って、渡会はポケットのメモを僕に向けて開く。
そこには、箇条書きで書かれた大量のリストが、渡会の字で記されてあった。
受け取って、僕はその中身を見る。斜め読みすると、『ラーメン丸花を食べる』『火曜のラジオを聞く』など、渡会がよくしそうなことが書かれてある。
その中には、メロンパンを食べるという項目も記載されていた。
「これは……ToDoリスト?」
「そう」渡会は頷く。「ここに、私のすべきことが書いてある」
渡会は、ToDoリストを作成して、それを管理しているらしい。しごできの社会人みたいだ。知らんけど。
よく見てみると、そのリストのほとんどには、横線が引かれている。これは、そのタスクが完了したという目印だろうか。
「メロンパンを食べる」という項目も、既に横線が引かれた後だった。それも、2つ。
「このメモは、『A世界』で私たちがやった、普段しないことが書かれてあるの」
「A世界でやった、普段しないこと……?」
「この世界は『B世界』で、私はAとBを行き来していることは覚えているわよね」
「うん。寝て起きたら入れ替わってるんだよな」
渡会は2人いる。それも、A世界とB世界に一人ずつ。寝て起きたら、それぞれの渡会の意識が入れ替わってしまう。2人の渡会はほとんど変わらないけど、記憶は共有されていない。
「そう。だから、朝起きたらすぐに、このToDoリストを更新するようにしてる。Aでしたことと、Bでしたことの差異が、できるだけ小さくなるように」
「なるほど」
渡会は、A世界とB世界に違いが出ることを恐れている。理由は、彼女自身の記憶と記録の管理ができなくなってしまうから。その差異を潰していくために、渡会はToDoリストを作成するという手法を取っているようだ。
「あの時にメロンパンを2つ食べていたのは、『メロンパンを食べる』というタスクが2つ残っていたから。一度で二つのタスクを一気に減らせる。まさに一石二鳥と言う訳ね」
えへん、と胸を張る渡会。かなり自慢気だ。
「でも、A世界でメロンパンを食べたのは、それぞれ別日なんでしょ? それを同日に、それも全く異なる日にやるなんて、渡会的にはアリなのか?」
「……全然アリよ」
「すごく痛いところをつかれた顔をしている……」
と、渡会の雑なタスク処理の仕方を指摘していると。
強烈なニオイを感じる。
思わずその方向を見る。凄まじいにんにく臭を放つおじさんが、僕たちの傍を通り過ぎていく。
凄まじいにんにく臭だったね、と言おうと隣を向くと、渡会の姿がない。
立ち止まって後ろを振り向くと、渡会は足を止めていた。どうやら目的地に着いたらしい。
ニヤリと、店の看板を指して僕を見つめている。その指が指す看板を見る。
『ラーメン 豚とともに』
「二郎系だ……」
僕はその場で立ち尽くした。




