八話「友達」
「やっぱり丸花、美味しいわね……。豚骨醤油ラーメンと銘打ってあるから、最初見かけた時は和歌山ラーメンのお店かしらと思ったものだわ」
「……ん?」
「ほら、楠見くん、早くスープでも麺でも何でも啜りなさい。このラーメンを前にして、よく仏頂面でいられるわね」
「おい、渡会」
「ラーメンは逃げないよとでも言いたげな目をしているけど、ラーメンが一番美味しいと感じられるゴールデンタイムリミットは、みるみる近づいているのよ。ああほらもう、さっさと――」
「読み飛ばしたかと思っちゃうだろ!」
渾身のツッコミを渡会に披露する。
少し前を置いてから、渡会は口を開いた。
「いいわね」
僕のツッコミが、渡会のお眼鏡に叶ったらしい。
ご満悦そうにうんうんと頷いている渡会に、ちょっとイラっとする。
ここは変らず放課後の空き教室。渡会から衝撃の事実を告げられてから数秒後。
「全然よくない」僕はため息をつく。「渡会。何も言わずにコントインしないでくれ」
真面目モードじゃなかったのか?
すっかりいつもの渡会が顔を出している。
「そろそろ、楠見くんが飽きてくるんじゃないかと思って」
渡会はそんな、身も蓋もないことを言う。
言う通り、渡会の口から放たれた情報量の多さに、やや圧倒されてはいた。
「今日はここまでにしましょうか。一緒にラーメンでも食べて、そのまま帰りましょう」
席を立って教室から出ていこうとする渡会を手で制す。
「いや、それはやめてくれ。もやもやしたまま帰りたくない」
「……。わかったわ」
じゃあ、一緒に頑張るわよ。と渡会は言う。
言って、渡会は鼻から大きく息を出す。
いきなり常識外の説明を受けている僕も疲れているけど。
僕の質問に対して、渡会らしからぬ丁寧さで言葉を返している渡会も同じくらい、疲れているらしかった。
渡会がラベルのないペットボトルのお茶をあおる。僕もなんとなく合わせてのどを潤す。
「最後に、私が楠見くんを見つけた経緯を喋ってもいいかしら」
「……う、うん。いいよ」
平行世界で僕が死んでいる事実が気になって、宙吊りにされている気分だけど、一旦ここは素直に頷いておこうか。
「私、ふと思ったの。『B世界のクラスメイト、何か多くない?』って」
「ふむ」
「ちゃんと確認してみたら、A世界のクラスメイトの人数が38人で、B世界のクラスメイトの人数が39人だったの」
「本当に多かったんだ」僕は頷く。「だとしたら、すぐに気づきそうなものだけど」
「今まで、片方の世界でしか会えない人がいなくて」
「僕以外は基本的に全員、どちらの平行世界にもいるんだな」
「そうよ。楠見くんも、一年生の始めにクラスメイトが一人二人減ったところで、気づかなさそうなものじゃない?」
「うーん」
気づかなさそうな気もする。
何せ、この時期になっても、男はともかく、女性陣の名前があやふやだったりするのだ。
「と言う訳で、B世界の方が一人クラスメイトが多かったの。道理で、B世界では中々『二人組になるイベント』が発生しないと思ったわ」
「奇数だからか」
「体育の先生、私に気を遣ってくれていたのね……」
「まぁ、渡会が一番溢れそうだもんな」
「二人組を作らなきゃだと、受動的でも人と接さなくちゃいけなかったから、正直ありがたかったわ」
「結構前向きに捉えてはいるんだな」
「気づいてから数日かけて、ようやくB世界に1人混じっている人を突き止めたの。それが楠見くん」
不意に涼しい風が窓から入ってきて、渡会の髪を静かに揺らす。
「A世界で、楠見君の名前で検索を掛けてみた。そしたら10年前に、その名前の少年がトラックに轢かれて亡くなっていた。B世界で同様に調べても、もちろんそんな検索結果は出ない。何故なら楠見君は目の前にいるから。代わりに同じ日、当時の楠見くんと同じ年の子が……トラックに轢かれて亡くなっていた」
「なるほど」僕は頷いた。「つまり、渡会。僕は墓穴を掘ったのか」
『僕を突き飛ばしてくれた人がいたんだ。でも、その人は代わりにトラックに轢かれて死んでしまった。』
渡会に煽られた僕は、気まずい思いをさせるために本当のことを話した。
「冗談だろう」と言われるつもりが、渡会の中では、辻褄が合っていたと言うのだ。
A世界には僕がいなくて。B世界には僕がいる理由を。
A世界では僕がトラックに轢かれていて、B世界では僕じゃない誰かが轢かれている理由を。
ひいては、僕が放課後でコソコソ変なことをしている動機を。
僕の冗談で、渡会は知ってしまった。
渡会はある意味、僕の冗談を真に受けていたのだ。
「ごめんなさい」
渡会は、何故か頭を下げていた。
謝られる覚えがなさすぎて、僕は渡会の言葉を待つしかない。
「私……。楠見くんの、触れて欲しくない過去にずけずけと踏み込んでしまった。傷つけて、ごめんなさい」
言って、渡会は僕に向き直る。
真剣な目をしている。
そういう。
彼女に憎めない一面があることは、この数日で知ったことだ。
「いいよ、大丈夫。渡会も、悪意があって調べた訳じゃないだろうし」
「……ありがとう」
渡会の言葉を待つ。
「伝えたいことは、全部伝えたつもりよ。それらを全部、たちの悪い冗談と受け取ってもらっても構わない。……と言ってみたものの、それはちょっと格好つけすぎよね。流石にこれくらい言葉を尽くしたのだから、少しでもいいから、何かそれなりの報酬があってもいいはずよね」
最初に格好いい台詞を言ってみたものの、未練たらたららしい渡会。
「まぁ……最悪、信じてもらえなくたって構わない」
「……」
「ギリ」
「ギリか」
「ただ、この関係は続けたい。楠見くんと漫才のコンビを組んで、文化祭で披露したい。でも、どっちにせよ、私が忘れっぽいのは変えられないわ。それは、今後も迷惑を掛けることになるでしょう。でも私、頑張るから。楠見くんと話したこと、出来るだけメモするから。だから、私を見放さないで。貴方のボケ担当としていさせて。私、忘れっぽいけど、こう見えてボケるのは結構得意よ。でも、「変な人だ」と楠見くんに腐されてしまうと、私、結構結構、傷つくわよ。それでもいいの? あなたの行動で、クラスメイトが深く傷ついてもいいの?」
韜晦か、告白か、脅迫か、一体なんなのか分からない言葉を続ける渡会。
飾らない、文脈も何もない、渡会らしい言葉。だからこそ、本心なのだろうと感じる。
ただ。
「一つだけ、聞かせて欲しい」
渡会は、まっすぐ僕を見つめている。
「友達を作らないのは、自分の異能があるからなのか?」
「そうよ」渡会は首肯する。「別に、作れないから作っていない訳じゃない。……本当よ? もし私がこの能力を持っていなかったら、沢山友人を作れていた自負があるわ。それこそ、佐藤さんくらいね。カーストオブトップよ。トップオブカーストよ。カーストオブトップオブカーストよ」
「わかったわかった」
「どっちの人と喋ったか、覚えられないから」
「そう」僕は頷いた。「そっか」
だから、B世界にだけいた僕とは喋られるのだと、暗に渡会が伝えているようだ。
でも。
それが、僕に話せる理由にはなったとしても。
動機にはならないはずだ。
放課後にコソコソ変なことをしている僕に、わざわざ近づく動機にはならない。
その動機を問えば、渡会はまた漫才をしたかったらなどと言い出すだろう。
それは恐らく本心なのだろうけど。
でも、なんとなく、違う気がする。
本当の本心を、別の本心で隠している気がする。
「……」
僕は、観察する。
渡会の人となりを思い返す。
渡会とのドッキリめいた初対面から、今までの会話を思い返す。
そして、一つの仮説に思い至った。
「渡会」
「……」
「お互いの秘密の共有をしてしまったからには」
「友人になるしかないな」
「……」
あっけにとられる渡会。
ややあって、
「なにそれ」
それは、渡会が僕に対して初めて向けた拙いツッコミと。
素直な笑顔だった。
「はぁ。もう。笑ってしまったから、真面目モード終了よ。真面目モードの私はたった今、ここで死んだわ。これから私、もうずっとボケ続けるんだから」
「たまには真面目になってほしいな……」
「何通りかを求める問題で、「たくさん」とか書いちゃう」
「しょ、しょうもない」
「昨日の私、何食べたっけ……」
「そっちのベクトルでボケだした!」
声を荒げるが、意外と渡会は、納得のいっていなさそうな表情を浮かべている。
何か、別の言葉を期待していたようだ。
僕は考える。
……なるほど。
「でも、それは、ボケじゃないんだろ?」
「……信じてくれるの?」
「信じるよ」
なんとなく、僕は手を出してみる。その手を、渡会は両手で包む。
その日、僕と渡会は友達になった。




