四話「相互理解」
「確かに、何も知らないわね。まずは、お互いのことを理解する必要があるかもしれない」
僕の提案に、一定の理解を示す渡会。
渡会の性格については、昨日今日の会話を経てかなり分かってきた気がする。喋り方や佇まいは穏やかだけど、ちょっと自己主張が強くて、ボケたがりで、少し強引なところがあって、愉快なヤツ。大体そんなところだろう。
一方で、好きな食べ物はどうとか、中学校はどこだとか、そういう察しようがない情報はほとんど知らない。
大体は逆なんだけどな。個人情報が先、性格や人となりは後。
そんな訳で、理由はかなりヘンテコだけど、一旦お互いの自己開示をする流れになった。
お互いのこと、か。まぁ、無難なところから攻めてみようか。
「趣味は?」
「漫才よ」
即答する渡会。
そりゃそうだ。
「テレビで観たりしているのか?」
「そうね。和歌山には劇場はないから」
「なるほど」
僕は頷く。
大阪や東京の方には、漫才ばかりを披露しているヘンテコな舞台があると聞く。
「でも、四六時中漫才の番組が流れている訳じゃないよね。そういう時はどうしてるの?」
「芸人さんのラジオとか聞いていることが多いかしら」
「ラジオ? ラジオやってるんだ、お笑い芸人って」
僕の認識だと、ラジオってそれ専門の陽気なお兄さんお姉さんが、一人で曲をかけたりリスナーのお手紙を読んだりしているイメージしかない。
……のだけど、芸人さんもラジオすることがあるらしい。
言われてみれば確かに、お喋りが上手な職業だもんな。ちょっと納得する。
「あら、そうよ。オールナイトニッポンとか、知らない?」
「まぁ、名前は聞いたことはあるかもだけど……」
夜の日を跨いだ頃にやっているラジオだっけ。
ミュージシャンのような有名人がパーソナリティを務めていた気がする。
そのパーソナリティを、お笑い芸人も務めることがあるのだと渡会は言う。
「そう。………ふ、く。お、面白いわよ」
昨日のそのラジオの面白いくだりを思い出したのか、渡会は鼻をヒクヒクさせながら笑いをこらえている。そんなに面白いんだ……。
それ以上、渡会からの応答はなかった。別の話題を投げかけてみよう。
「……兄妹とかいる?」
「妹が一人いるわ」
妹か。
伸び伸びと育っていそうだから、なんとなく一人っ子だと思っていたけど。
「へぇー。じゃあ、お姉ちゃんなんだ」
「そうね」
「中学生?」
「そうよ」
「……何か、習い事とかしてるの?」
「和歌山駅近くの塾に通っているわ。私はどこにも通っていないけど」
「……な、なるほど」
一つ前の話題とは打って変わって、反応があまりにも淡泊すぎる。
妹に触れて欲しくないオーラを、渡会からヒシヒシと感じる。
「何か、他にないの? まだ5分も経っていないわ」
妹に関する話題が気に障ったのか、不機嫌そうに目を細める会。
あんまり会話が弾まないのは、渡会が話題のオウム返しをしてこなかったり、こちらに新しい話題を寄こしてこなかったりが主な原因だと思うんだけど。
ただ、渡会はあまり雑談慣れしていないだろうから、そういう意味ではあまり彼女を責めらない気はする。
何せ、クラスメイトからの雑談に全く応じない彼女なのだ。
彼女と満足に駄弁るためには、僕がリードしてあげようくらいの気概で臨む必要があるかもしれない。
「そりゃ、ごめん」一応謝る僕。「じゃあ、渡会からも何かない?それこそ、僕の趣味が気になるならそれを聞いてくれてもいいし」
「そうね」
少し考える素振りを見せた後、渡会は口を開いた。
「どうして楠見くんは、願い事の紙を拾って叶えているの?」
「……」
おい。
いきなり剛速球すぎるだろ。
軽くキャッチボールをしようとボールを渡したつもりが、渡会からのボールを受けたグローブから煙が上がっている。プスプス言っている。
さて、どこから話したものか。
渡会に、思いつきでもいいから伝えてみよう。
「きっかけは、たまたまだったんだけど……」
放課後、移動教室に忘れ物をしたことに気づいて、別館三階まで取りに行っていたら。
向こうからやってきた女子生徒が、すれ違いざまに紙のようなものを落としたことに気づいた。
声を掛けたんだけど、慌てていたのかその人の足が止まることはなく、紙切れと僕だけが踊り場に残された。
その紙を手に取ると、その紙に書かれた名前が見えてしまう。包装の仕方から考えても、僕が手に取ったものは手紙で、そこに書かれていた名前は、手紙の宛先のようだった。
そして、その手紙がハートのシールで閉じられていることから、その内容も察しがつく。
「ラブレターの文化ってまだあるんだ、いいなぁ……」と、僕は驚いたものである。
少し悩んでから、僕は本館の出入り口まで足を運んで、そのラブレターを宛名の人の靴箱に置いた。リア充爆発しろ、と小さく呟きながら。
数日後、宛名と差出人が、昼休みの食堂で仲睦まじく喋っている様子を見て、彼女のラブレターを通した告白が実ったことを知る。
そのまた更に数日後、別館三階にラブレターを落としたら、その恋が実るという噂が広がることになる。
その噂が広がるにつれて少しずつ形を替え、現在は、別館三階が踊り場という特定の場所に、ラブレターが「願いと名前を記した紙」というより一般的なものに置き換わっている。
事の顛末は、大体こんな感じだ。
「質問の答えになっていないわね」
それなりに詳細に伝えた僕の説明を、渡会はそのように一蹴する。
「あなたはどうして、あの踊り場までわざわざ行って、そんな趣味の悪いことをしているの」
「趣味の悪いって、渡会、」
「でも、本当でしょう。人の願い……のような、パーソナルな情報をわざわざ見に行ってそれを叶えてやるなんて、あなた、神にでもなったつもりなの?」
「渡会、お前本当に僕と仲良くなるつもりなのか……?」
お互いの理解という目的から始まったんじゃないのか、この雑談は。
なんなら、最速で縁を切ろうとしている気さえしてくる。
「そんな揚げ足を取るような言葉は要らない」
僕のツッコミにも、渡会は応じるつもりがないらしい。
「貴方は、そんな気持ち悪いことをして、気持ちよくなっちゃうような人間なの?」
留まることを知らない渡会。
ずけずけと人を煽るような渡会の口調は、意図的か無意識かは分からないけど。
ちゃんと僕が少し感情的になっているのは、本当だった。
だから。
僕は少し、渡会を気まずい気持ちにさせてみたくなってしまったのだろう。
「僕は、小さい頃にトラックに轢かれそうになったことがある」
「なによ、いきなり……」
「でも、僕は助かった」渡会に構わず、僕は続ける。「僕を突き飛ばしてくれた人がいたんだ。でも、その人は代わりにトラックに轢かれて死んでしまった。つまり、僕はその人に一生恩を返せなくなってしまった。だから僕は、返す相手がいなくなってしまった恩を、何かで返した気になろうとしているのかもしれない」
少し感情的になって伝えた言葉だったから、全てが稚拙だった。
恩を返さないといけない相手がいる。
でも、その相手はいない。
だから。
……。
渡会に「つまらない冗談ね」と、「それが言い訳になると思っているの?」と一蹴されてしまってもおかしくない、そんな言葉だ。
でも。
「……その、ごめんなさい」
何故か渡会は、深刻な表情をしていた。
まさか、こんな取ってつけたような話を、渡会が信じる訳がないだろう……そういう読みもあっての発言だったのだけど。
しまったと思った時には、渡会は席から立ち上がろうとしていた。
「今日は帰るわ。明日もまた、ここに来なさい」
教室の扉に向かって歩き出してしまう渡会。
僕も慌てて席を立って、彼女に声を掛けようとする。
「渡会。今のは冗談だよ」
「……分かってる」渡会は歩みを止めない。「分かってるわよ」
扉が、静かに締められてしまった。




