三話「解散」
「と言う訳で楠見くん。私と漫才をしましょう」
と、言う訳で。
うっかり渡会の手を取ってしまった僕は、早速翌日の放課後に呼び出しを食らった。
僕たちは今、別館一階の、食堂からもっとも離れてた教室に忍びこんでいる。
少し埃っぽい気はするけど、そこまで気にならない。
ただ、長い間使われていなかったらしく、しばらく閉め切ったままだった部屋特有の、淀んだ空気がちょっと不快だったので、渡会に断りを入れてから一つ窓を開ける。
温い風が僕の肌を撫でる。でも、先週頃と比べると、そこまで不快に感じない。
「よく、この空き教室を見つけたな」
「私たちの代から受け入れ生徒数が減って、従って、必要な教室の数も減ったから。一つくらい持て余している教室はあるものよ」
「なるほど」
懐かしい。確かに、僕らの代で急に定員が減って、受験勉強中にちょっと焦ったよなぁと思い返す。
あの時は苦労したものだけど、廻り廻って、恩恵を受ける人もいるらしかった。
変な縁を感じながら、僕は本題に戻す。
「ここで漫才をするのか?」
「そうよ。でも、厳密に言うと、ここで漫才をすることは目的じゃないわ。私たちは、文化祭のステージで漫才をして、体育館を爆笑の渦に巻き込むの」
「爆笑の渦」
渡会の言葉に熱がこもる。
「私たちの後に披露するコピーバンドのボーカルが、思い出し笑いで演奏どころじゃなくなったら、なおよしね」
「全然よくないよ。演奏終わりすごく気まずいよ」
「そうね。むしろそこを目標にしましょう。そのバンドと気まずくなったら、私たちの勝ちよ」
「目標にするな」
人生の良い思い出として残りそうな青春が、そんな気まずいトラブルに塗り替えられてしまうのはいたたまれない。
でも、そうか。文化祭か。
文化祭のステージだと、バンドやダンスが披露されているイメージはあるけど。
漫才をするというのも、そこまで違和感はない気がする。
ともあれ。
渡会は、文化祭で漫才を披露したいようだ。
そのために、別館三階の踊り場で怪しいことに勤しんでいる人をスカウトするなんて、渡会もなかなかどうして突飛なことをする。
もっとスマートな方法があったんじゃないか? 例えば……。
「そもそも、漫才をやるんだったら、渡会も何かそういった同好会に入ればよかったんじゃないか?」
「……なかったのよ、そういう同好会は」
「じゃあ、思い切って作るとか」
「そんな面倒はことはしたくない」
「そんな面倒なことはしたくなくてやったのが、僕のスカウトなのか?」
ああいえばこういう渡会の顔つきが、どんどん曇っていく。
一応その案も考えたということらしいが、渡会的にはナシだったらしい。
「ああいえばこういうわね」
「おおい。それはこっちの台詞だ」
と言ったものの、確かに、渡会もその台詞を言う権利はギリある気がする。
機先を制されたような感じで、ちょっと癪だ。
まぁ、気を取り直して本題に入ろう。
「じゃあ、照準は『文化祭で漫才を披露すること』に向けるとして。披露するためには、練習が必要だよな。それこそ、コピーバンドのように、好きな漫才をコピーして、漫才を演じてみるのはどう?」
「いい案ね。楽しそうじゃない。乗り気で嬉しいわ」
うんうんと渡会は頷く。
「でも、そうね。せっかくなら、文化祭でオリジナルの漫才をやりたいわ」
「オリジナルか」
「そう。そこで、オリジナル漫才を作る際に、一つ私たちが考えないといけないことがある」
「何?」
「少しくらい自分で考えなさい」
「おい、急に厳しいな。考えないといけないことって……まぁ、色々あると思うけど……」
「楠見くん。『ツカミ』よ」
頭の中で、それなり頑張って考えていたのに、あっさり答えを出されてしまう。
もうちょっと考えさせろよ。
ネタの中身だとか、コント系にするかどうだとか、色々考えていたのに。
「ツカミ?」
あまり聞きなれない言葉だったので、渡会に聞き返す。
「そう。漫才の始まりって、登場してから簡単にコンビ名と自己紹介をして、ネタを始めるコンビもあるけど、必ずしもそうじゃないでしょう? 自己紹介の前に、ちょっと変なことをしたり、変なことを言い合ったりするコンビはいなかった?」
変なこと、か。
結構定義が曖昧だけど、言われてみれば、そういったコンビはちらほらいたような気がする。
自分の芸名とは違う名前を自己紹介の時に叫んだり。小走りで中央のマイクの前までやってきたり。
あれを『ツカミ』というのだろうか。
「確かにあるかも。でも、ツカミってそんなに大事なのか? やっていないコンビもいるんでしょ?」
「そうね、やっていないコンビもある」一つ頷いて、渡会は続ける。「でも、私たちには必要だと思ってる」
僕は無言で、その言葉の続きを促す。
「ツカミって、二つの役割を担っていると思うの。一つ目は、自分たちが何者かを、観客に理解してもらう役割。いわゆる、アイスブレイク、というやつね」
「アイスブレイク」
「アイスブレイクって、アイスコーヒー片手にまったりするイメージを長らく持っていたのだけど、違うのね」
まぁ、そうだな。
場の緊張を解くことと、氷を砕く、すなわちアイスをブレイクするイメージがなんとなく似ているから、そう言われているらしい。知らんけど。
「と、まぁ、そういう訳で、ちょっと変なことを言って、観客の緊張を解す。そういう効果があるのだと思う」
「なるほど」
「二つ目は、自分たちがそれぞれどっちの立ち位置なのかを、すぐにわかってもらうようにするためね。どっちがボケで、どっちがツッコミか。どっちがどっちの役割か最初に分かってもらえたら、観客もすんなり漫才に集中できるようになると思うの」
「なるほど」
確かに、ツカミは必要かもしれない。
僕たちはまだ一年生で、それに加えて友人も多いとは言えない。渡会に至っては恐らくゼロだろう。だから、「はいどーもー」と元気に舞台に入ってきたところで、まだ何もボケていないのに、「誰やねんお前」と観客からツッコまれてしまいそうだ。
同様に、僕たちはお笑い芸人ではないから、どっちがボケで、どっちがツッコミかも、最初は分かってもらえないだろう。
だから、渡会はツカミを考えたいと言っているのだ。
「だから、楠見くんはまず軽くボケなさい。それに対して私はツッコむから」
「おい」
だからなんで、渡会がツッコミ役を志願しているんだよ。
薄々、というか隠していないからガッツリ気づいてるけど、渡会。君、ボケたがりでしょ。
「冗談よ」
澄ました顔でそう言う渡会に、何故か少しだけイラっとしてしまうのは、僕の心が狭いからだとは思いたくない。
「まぁ、一旦ツカミは渡会にボケてもらうとして。ただボケるだけじゃなくて、自分たちがどういう人間かわかってもらう必要もあるってことだよな」
「優秀ね、楠見くん。その通り、ツカミでは、できるだけ、私たちらしいボケと、私たちらしいツッコミをした方がいいと私は思う」
「なるほどな」
私たちらしい、か。自分たちの性格がよく表れた台詞の方がいいってことだよな。
「でも、僕たち、お互いのこと何にも知らないよな」
「そうね」
言って、渡会は数秒ほど考えた後、
「解散しましょう」
「おい」
即断即決すぎるだろ。




