十九話「ありきたりな伏線」
「するってぇと、あれか」
「江戸っ子だ」
不満げに舌打ちを漏らしながら、佐藤は言う。
起伏に富んだ序盤の帰り道を、佐藤と肩を並べて歩く。登校時は引き返すか本気で悩むでお馴染みの登り坂を、スタスタと軽快に下っていく。
僕は適当に言葉を返して、佐藤に続きを促す。
「渡会は……えー、平行世界を行き来してて?」
「うん」
「寝ている間は……向こうの世界に行ってるのか? 夢の世界的な、さ」
「ううん。寝て起きたら、平行世界にいる自分と入れ替わってるんだ」
「はぁ? さっきと言ってることが違うじゃねぇか」
全然違わないつもりなのだけど、佐藤に上手く渡会の異能を説明することができない。
一旦、話を進めることを最優先にしよう。
「まぁ、最悪その解釈でもいいよ」
「ふぅん……で、そっちの世界のあたしが休学しちまってるから、渡会はそれを助けたいんだな」
「うん」
「だから、あたしの事情を全部晒したのか」
「うん。佐藤の時間を巻き戻す能力については触れてないけど。でも、大体そういう感じだ」
「はぁ」
「いい?」
「ダメに決まってんだろ」
そう吐き捨てて、点滅している信号の管理下に置かれている横断歩道を、佐藤は早足で渡っていく。
離れた隙に時間を巻き戻されてしまったら大変困るので、少し勇気を出して後を追う。僕が渡り切ってすぐに、信号が赤に変わる。
隣に並んで、少し首を上げる。
「何勝手にバラしてんだよ。あたしが一つ折れたからって、調子に乗るなよな」
「僕の友達が困ってるんだ。頼むよ。渡会にはバラさないよう約束させるからさ」
「当たり前だ。……お前の友達が困っていようがいまいが、あたしには関係ないだろ」
「いや、ある」
「ねぇよ」
「ううん、ある」僕は首を振る。「渡会も困ってるけど、問題は平行世界にいる佐藤が休学していることなんだ。休学から適切な方法で復帰させることができたら、向こうの佐藤が救われる」
「平行世界つったって、いきなりそんなこと言われてもよ……直ぐに納得できねぇよ」
言って、佐藤は黙ってしまう。
僕は静かに、佐藤の横を歩く。歩けている。だらっとした時間が続いていく。
なんとか、検討する段階には進められたらしい。
「お前は……信じてるのか?」
「うん?」
「その……渡会が、平行世界に行けるどうたらの話を、よ」
「うん、信じてる」僕は頷く。「もちろん、佐藤が時間を巻き戻せるのも」
「どうして……いや、なんでもねぇ」
また数秒ほど間を空けた後、佐藤は大きくため息を吐き出した。
相手にため息をつかれて嬉しくなることってあるんだ、と僕は不思議な気持ちになる。
「あたしが演技してるって噂を耳にしたら、お前と渡会共々、教室の居心地をサイアクにさせてやるからな」
「いいのか?」
「よくねぇよ」渡会は言う。「でも、仕方ない。コメダでお前の提案を受け入れて、今のお前のお願いを断ったら、筋が通らない」
その言葉の真意までは分からなかったけれど、佐藤は要求を呑んでくれたようだった。
ありがとう、と僕は首を下げると、ふん、と佐藤は鼻を鳴らす。
今度はちゃんと信号を守って、立ち止まる。
僕と佐藤は、帰り道がかなり近いらしい。しばらくはまだ時間に余裕がありそうだ。
目的は達成された訳だけど、これ以上は望まないのももったいない。
「放課後に、二人で何回か喋ってた時も、時間を戻していたんだよね」
「なんだよ、いきなり」
「コメダ珈琲の時、結局あまり雑談できなかったから」
「……」
「どうだった?」
「……まぁ、そうだよ。悪いか?」
言いながらも、悪戯がバレた子供のような表情をしてみせる佐藤。
なるほど。
それなら、いくらかの出来事に納得がいく。
あの時の佐藤の立ち回りが異様に上手かったのも。『なるかみ』に関するネタバレを、テクニカルな方法でされた事も。
そう言えば、僕に『めぐる』呼びを提案してきて、ドギマギさせされたこともあったな。
そのことを、今この場でイジってみてもいいものか。
「……」
「……」
横目でムスっと口元を結んだ佐藤を見る。見ながら、話題を出した後のことを想像する。
頭の中で、何回も時間を巻き戻してシミュレーションしても、二人で楽しく喋っている未来が想像できない。
やめておこう。でも、ある程度仲良くなった時の一つの『手札』として、残しておくのはよさそうだ。
代わりに、別の話題を思いついたので、振ってみようか。
「クラスカーストのトップに居て、なお且つアニメ好きの佐藤さんにお伺いしたいんだけど」
「……」
「男女二人が中心の、付き合うまでは中々いかないんだけど、付かず離れずの甘酸っぱいラブコメ的な展開がゆったり続いていくアニメって、佐藤は観たことある?」
「あぁ」
「好み?」
「まぁな」
少し、佐藤の表情が緩くなる。
本当に、いいと思っているらしい。初めて佐藤と心が通じ合えた気がして、ちょっと嬉しい。
「あの手のアニメの一つの展開としてさ、『苗字呼びだったけど名前で呼んでみて、お互いに相手を余計に意識してしまう』みたいなのって、あるじゃないか」
「定番だな」
「だよね」僕は頷く。「恐らく僕も、誰かと付き合うことになったら、『いつ名前呼びしたらいいんだろう……』って、結構悩むと思うんだ」
「赤裸々だな」
「でもさ」一つ間を空けて、僕は言う。「佐藤とか、佐々木とか、クラスの雰囲気を作ってるクラスメイト達って、基本名前呼びだし、名前を少しひねったニックネームで呼んでることが多いよね?」
「あー……。まぁ、そうだな」
「この文化の違いって、何だと思う?」
このギャップは、教室にいる時に、そこそこの頻度で感じることだ。
とてもじゃないけど、僕はクラスメイトの女子に名前呼びすることなんてできない。正直、カジュアルに呼べる意味が分からない。
でも、クラスで幅を利かせている男子は、あり得ないほど自然に、佐藤や佐々木のことを名前呼びしたり、ニックネームで呼び合っている。
まるで異文化に触れているようだと、僕はたまにその様子を観察していて思うのだ。
「いきなり文化とか聞かれても、分かんねぇよ」
佐藤は、難しい顔をしている。
そりゃそうだ。少し質問を変えよう。
「じゃあさ。"あの"佐藤も、よく喋る男子には名前で呼んでると思うんだけど、どういう経緯でそうなるんだ?」
「別に、普通にだろ」
「どう、普通にだよ」
「まぁー……。例えば、男子が固まって喋ってるときは、お互い名前呼びしてることが多いだろ」
「まぁ、うん」
「その輪に入ったときに、釣られて……っていうのが多いな。逆も然りだ」
「なるほど」とりあえず、僕は頷く。「でも、いきなり男子から名前呼びされたら、ビックリしないか?」
「別に、しねぇよ」
「しねぇのか」
「……嘘だ。最初は正直、ビビった」
「だよな」
「多分、名前呼びも、仲良くなるためのただのツールなんだ。アニメに比べたら何倍も、名前呼びを簡単に使ってる。アニメだと、セックスするかしないかくらい、重いのにな」
「セ……」
セックスて。
まぁ、そうなのかもしれんけど。
知らないよ、君たちのエッチに対して感じている重さ(あるいは軽さ)を。
「誕生日にプレゼントを贈りあうとか。誰かの家に遊びに行くとか。アニメだと一話くらい余裕で潰せるイベントが、あいつらにとってはAパートとBパートの間に消費してたりするんだ」
「……なるほど」
「なんだよ。そんな辛い顔して」
「……いや。別になんでもない」
そんな指摘をされて、眉間に皺を寄せていることに気づく。
「自分にとっては重いものが、あいつらに軽く扱われて、ちょっと傷ついたりしてんのか」
「う……いや、別にそんなことは、ない……と思う、けど」
言葉が浮ついてしまう。きっと、目も泳いでいる。
いきなりそんな図星を突かれたら、誰だってふわふわするだろうと、心の中で自分を慰める。
「そりゃあもう、価値観の違いってやつだ。諦めろ」
「う、うん」
佐藤に背中を叩かれる。僕は少し肩をすぼめて、前を向く。
前を向いたものの、佐藤からの視線を感じる。睨みつけるような恰好だけど、何故かその視線は弱々しい。
「どうしたの?」
「……お前にとってはさ」
「うん?」
「放課後に、男女二人で帰るのことも、一大イベントなのか?」
「そりゃ、もちろん」僕は素直に頷く。「結構、それなりに緊張してる」
「今の、あたしでもか」
「もちろん」
「……そうか」
言って、佐藤は前を向いた。厳しい表情のまま歩いている……分かりやすく、口元を手で抑えながら。
……こっちが恥ずかしくなってきた。気を紛らわせるように、こちらも気持ち早足で歩く。
ややあって、突き当りに突き当たる。正面のカーブミラーが、夕焼けとまではいかないくすんだ空の色を映している。
「ここ、右だけど」
「あたしは左だ」
「そっか、じゃあ……」
「誰かに見られてる気がする」
「え?」
サヨナラのために挙げかけた手を止めて、佐藤を見る。
「って、よくアニメで観るけどよ」
「……あ、あぁ」
「あの信憑性、えげつないよな」
「まぁ、そうだな」
『なんでもない、忘れて』の忘れたらダメさも外せない。
「今回は、どうだと思う?」
「え?」
じゃあな、と言って佐藤は行ってしまった。
一応、来た道に目を向けてみるものの、誰もいない。




