二十話「トーマと雑談」
「なぁ、タクマ」
「うん?」
「お前というやつは……。さっきの授業、寝ていただろう」
「寝てない。考え込んでいたんだ」
「現代文の授業で、一体何を考え込むことがあるんだ」
そんなに主人公の気持ちが理解できなかったのか? と呆れた声が飛んでくる。
日直の「起立!」という声に、なんとか反射的に対応できた授業終わりの10分休憩。
眠気が晴れず薄ぼんやりとしていると、後ろから声が掛けられる。
振り向くと、ちょうど綺麗な夕焼けと同じ色の、胸まで伸びた髪が目に入る。
彼女はどのようにして、校則の網目をくぐり、その色に染めたままでいられているのか、僕は知らない。
「夜更かしでもしていたのか?」
「あー……うん」僕は頷く。「渡会にオススメされたラジオを聴いていたら、辞め時が分からなくて最後まで聞いてしまったんだ」
「だから、居眠りを?」
「いいや」僕は首を横に振る。「それが、思いのほか面白くて。思い出し笑いをじっと堪えている様子を目撃して、居眠りをしていると決めつけるのはやめて欲しい」
「居眠りすることと、授業の内容そっちのけで思い出し笑いを我慢することの違いは、本質的にはほとんどないように思えるが……」
「……そ、そうかも……」
結局、授業に集中できていないものな。
「ごめん、トーマ。正直に言うと、寝てた」
「初めからそう言えばいいんだ」
彼女は、少し不機嫌そうに腕を組む。
確かにトーマの言う通り、友達なのだから正直に言っても何も損はない気がする。
でも、責められてしまうと、なんとなく後ろめたいことは隠してしまうものだ。つまり、思わず僕が嘘を吐いてしまった原因の大部分はトーマだと言える。僕は何も悪くない……としておこう。
そんな風に、頭の中で意味のない責任転嫁をしていると、一際大きな声に反応して、トーマと共に振り向く。
「盛り上がっているな」
「うん。いつもの光景だね」
輪の中心に佐藤がいる。例によって、佐々木が笑っている。
何か楽しいことがあることを期待しているのか、段々とその輪が広がっていく。
佐藤は既に何回かループを終えた後だろうか。そして、この10分休憩が終わるまで、あと何回時間を巻き戻すのだろうだろうか。
佐藤は辛くないのだろうか。いや、辛いに決まっている。でも、辛いよなと声を掛けたところで、やはり「知った口聞いてんじゃねぇ」と烈火のごとくプリプリすることは目に見えている。
でも、残念ながら僕は知った口を聞くことしかできない。何故なら、時間を巻き戻せないから。可哀想に思うことはできるが、共感することはできないから。
渡会の持つ異能に対してもおんなじだ。渡会や佐藤の気持ちを想像して推し量りたいけど、その限界は多分、かなり手前にあるのだと思う。
モヤモヤする。
「……?」
あれ?
どうして、僕はモヤモヤしているのだろう。
「なぁタクマ」
「……あ、うん?」
「思索に耽って、私を置いていかないで欲しいぞ」
「ごめんなさい……」
素直に謝る。少し落ち込むと、より一層、佐藤達による会話に注意を向けてしまう。
トーマもやはり気になるのか、何か思うような表情でそちらに視線を向けている。
「私たちも負けていられないな」
「え?」
「私たち二人で、あれぐらい会話を盛り上げてみないか?」
「なんで」
「なんだか負けた気がするだろう。自分達のグループに混ざっていないお前たちは、なんてつまらない奴なんだと罵られているようだ」
「大げさだなぁ」
「何か、あの会話の勢いを凌ぐほどの、二人だけでも盛り上がれる良質な話題はないか?」
「ふむ」
やはり気にしすぎだと思うけど、疎外感を抱く気持ちは分からなくもないので、僕なりに考えてみる。
「ゴルフをする人を、ゴルファーって言うでしょ」
「あぁ、そうだな」
「オムライスに詳しい人を、オムライサーと呼ぶとするじゃないか」
「呼ばないし、ハンバーグに詳しい人のことをハンバーガーとも呼ばない」
「……」
自分なりに捻りだしてみたのに、めちゃくちゃ厳しいんだが……。
「もうちょっと協力的になってよ」
「協力的?」
「お互い雑談に協力的じゃないと、どれほど良質な話題が俎上に乗っても、盛り上がる雑談にならないと思う」
「それは一理あるかもしれないな」
「そうだろう」僕は頷く。「トーマも何か、いい話題はない?」
「実はある」
「聞かせてくれ」
「この前、道端でセックスをしているカップルを目撃した時の話なんだが……」
「おぉい!」
どの辺がいい話題なんだ。
クラスメイトがいる教室での雑談の中で、その単語が出て良い訳がないだろ。
「そう! すごいよな。思わず私も見入ってしまったんだ。そして……」
「待て! 協力的になって一緒に盛り上がった訳じゃない! ツッコんだんだ! あと……その、人が愛し合っているところを、思わずとはいえど覗き見るなよ」
「ちょっと待ってくれ」トーマの声が数トーン落ちる。「タクマは私ではなく、あの変態カップルの肩を持つのか?」
「え、急に落ち着いて怖……何の話だよ」
「公共の場でセックスをして、他人に見られるかどうかのスリルを楽しんでいるにも関わらずにな、」
「公共の場でセックスって連呼するな」
「実際に見られるのはNGなんて、あまりにも虫が良すぎる話だと思わないか?」
あまりにも熱量を持って喋られるので、流石に引く。
引いたことで、頭が冷静になる。皮肉にも、頭が冷静になったことによって、トーマが伝えたいことが少しだけ理解できてしまう。どういう戦法だよ。
「いや、でもそれが、他人のセックスをまじまじと見ることに対する免罪符にはなってないと思う」
「う……で、でも……いや、そうだな。それはそうかもしれない。それは私の配慮不足だ」
「うん……」
「……」
盛り下がってしまった。
佐藤の手を借りて、時間を巻き戻して欲しい気分だ。
「ただの雑談なのに、ままならないものだな」
「うん」
「タクマ、放課後は一緒に帰ろう」
「あ、うん。いいよ。帰ろう」
「いい返事だ」ニコッと笑って、トーマは左手を上げる。「それじゃあな」
言って、トーマは自席に戻っていく。
それを目で追っていると、久しぶりにトーマと喋った気がしてくる。
そんなことはないはずなのに。
佐藤とは、毎日言葉を交わしているはずなのに。
そんな違和感を覚えていると、右太ももに震えを感じる。ポケットからスマホを取り出し、最新の通知リストをタップしてLINEを開く。
『今日、漫才、空き教室で。』
渡会からだった。なんだか、お洒落なバンド名みたいな文面だ。
クラスメイトだし、現に今も教室にいるから直接口頭で言いたくなったけど、なんとなく郷に従ってみる。
『ごめん、今日、行けない。』
『何その格好つけた文章。正直痛いから、やめておいた方がいいわよ』
『そっくりそのまま返していいか』
『じゃあ、ラーメンは行けるかしら』
『いや、漫才の気が乗ってない訳じゃない。今日は予定があるんだ』
『そう。つれないわね』
中々に厳しい評価だ。
そのことに触れようとして、踏みとどまる。
『渡会から誘いがあったということは、A世界の佐藤が休学している件は、解決したってことでいいのか?』
『一旦、こちらでできることはしたから。久しぶりに息抜きしたかったのよ』
なるほど、と打ってから、思わず渡会からの誘いを断ってしまったことに後ろめたさを感じる。
今、渡会は僕の我儘を聞いて、A世界の方でよろしくやってくれているのだ。そんな彼女の誘いを、先客があるからという理由で断ってしまってもいいものか。
でも、トーマの誘いを一度受け入れた後に、再び断りの連絡を入れるのはちょっと躊躇う。
誘いが被ることはこれまでなかったから、どちらを優先すべきか分からなくて、少し焦る。
「……あ、もう10分なのか」
次に送る文章を決めかねていると、10分休憩の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまう。
すぐに先生がやってきて、スマホをポケットにしまうのを余儀なくされる。
今回は断ってしまったけど、断ったことを覚えておく必要はありそうだ。
十分休憩にはまるで気配すらなかった眠気が、授業と共にやって来ていることを感じながら、そんなことを思う僕だった。
ようやく最後のヒロインが満を持して登場したので、一旦ここで止めます。
最後までは、皆が忘れた頃にひっそりと投稿させてもらおうと思います、!




