十八話「顛末」
「一度、話を整理してもいいかしら」
眉間に皺をこさえながら、渡会は言う。
野球部部員の元気な掛け声が近づいて、離れていく。暫定的に漫才研究サークルの稽古場所としている空き教室の近くが、野球部の走り込みのルートになっているらしく、時折こうして注目を奪っていく。
僕は頷いて、渡会に続きを促す。
「『私ヲ見ツケテ』の紙を置いたのは、実は佐藤さんで」
「うん」
「その佐藤さんは、本性を偽って優等生を演じていて」
「うん」
「だからこそ、本当の自分を認めてくれるクラスメイトが欲しくて」
「うん」
「その相手が、楠見くんになって」
「うん」
「A世界では、その認めてくれる相手がいないから心を病んで休学している」
「すごい」僕は素直に感心する。「大体、そんな感じだ」
僕の説明を自分なりに嚙み砕いたらしい渡会は、僕の相槌で確認を取りながら、これまでの経緯を要約してみせる。
なんとなく感じていたことでもあったけど、渡会って結構地頭いいよな。思い返すと、自身の異能について説明された時に僕がすんなり理解できたのも、彼女の説明がシンプルで理路整然としていたからだろう。
「そう。一度、A世界で佐藤さんを休学から復帰させられるか頑張ってみるわ」
「ありがとう。僕に、何か手伝えることはない?」
冷めた目で僕を見てくる渡会。
「B世界の貴方に何ができるの?」
「う……そ、そうだよな」
「お茶汲みしかできないくせに」
「窓際社員ではないんだが……」
「……ごめんなさい。意地悪な言い方をしたわ。行き詰ったら、また相談させて」
「わかった」
言って、A世界での打開策を考え始めたのか、渡会はじっと目を閉じる。
喋りかけることが憚られて、LINEを見ながら待とうか。
昨日。
コメダ珈琲で佐藤と匂わせ写真を撮っていると、渡会がやって来た日。
僕は、B世界の佐藤も休学させたいと望んでいる渡会に対して、説得したのだ。
『……それが、渡会がここに来た理由?』
『そうよ。私が頼れるのは、貴方しかいないから』
『……』
『何でも叶えてくれるんでしょう? 都市伝説さん』
『僕は……やっぱり佐藤を助けたいよ』
『……そう。なら――』
『でも、もちろん渡会と友達でありたい。渡会みたいに愉快なヤツに嫌われてしまうのは、すごく悲しいことだ』
『……』
『僕が、B世界の佐藤が休学しそうになっている原因を突き止めるよ。そして、その原因を絶って、今までどおり変わらずサイコーな高校生活を送らせる』
『……なら、交渉は決裂ね』
『違うよ』僕は首を振る。『その体験をベースとして、渡会もA世界の佐藤を復学させて欲しい。できるだけ、僕も手助けする。別の世界で起きていることだから、できることはあんまりないかもしれないけど……そんな方法で、許してくれないか?』
渡会は僕を見つめたままだった。
少し睨みつけるような眼を僕の眼に合わせたまま、じっとしていた。僕も負けじと目を逸らさないよう努めだった。
そんな状況の停滞の長さは、集中が切れて思わず『ここでいきなり佐藤が戻ってきたらめちゃくちゃ誤解されるよな……』と僕に思わせるほどだった。
そうして、渡会はおおきなため息をついた。それと共に、ズズズと頭が落ち込んでいった。
『……わかったわよ……。今回だけだからね? 次は、私の言うことを聞きなさいよ』
頭を下げたまま、不愉快そうな声色でそう言った渡会。
『わかった。僕にできることならなんでもする』
『言ったわね。二郎系ラーメンで全マシマシの刑よ』
『思ってたのと違う……』
なんとなく、手を差し出してみる。すぐに意図を察したらしい渡会は、今日一番の険しさで僕を睨みつけながら、それでも握り返してくれる。
『……楠見くんの相手が全然帰ってこないことに関してはあまり触れない方がいいのかしら』
『う……まぁ、触れないでおいてもらえると助かる』
『そう』案外そっけなく、渡会は頷いた。『私なら、そんなことしないけど』
「……」
最後に放った佐藤の言葉は、どういう意味合いを僕に伝えたかったのだろう。
黙々と考えていると、回想と同じ大きなため息が聞こえてきて、顔を上げる。渡会の目は、既に開かれていた。
「まぁ、なんとかやってみる」
「うん」
「数日掛かると思うから、しばらくは芸能活動休止ね」
「そこまで大袈裟なものじゃないと思うけど……分かった」
「因みになのだけど」
「うん?」
「私に伝えることは、佐藤さんには言ってあるのよね」
「これから言うよ」
「まだ言っていないの……!? 結構、まずいんじゃない? 貴方以外には伝えていないことなのでしょう?」
「それは大丈夫。必ず説得するから」
「そこまで言うなら、何も言わないけど……」
自信満々なことに気圧されたのか、追及してこない佐藤。
説得に失敗したら、この話がなかったことになるまで佐藤に時間を戻されてしまうだろうから。
なんて、そんな複雑な説明をする訳にはいかないから、誤魔化す手間が省けたのでよかった。
「その時に、渡会の能力について伝えてもいいか?」
「えぇ、いいわよ」
「や、まぁそう言われるよな……え、いいのか!?」
「どうして申し入れる側が驚いているのよ……」ジト目で僕を見る渡会。「その説明がないと、佐藤さんにとっては意味が分からない暴露だもの」
仮に伝えたとしても、より険しい顔をされるでしょうけれど、と言葉を添える佐藤。
揉めるだろうなと思っていたので、意外だった。
「色んな人に、自身の能力が伝わることは、渡会の信条的には好ましくないのかなって」
A世界とB世界との差異を極力無くす。
そんな絶対的なルールの下で日々を暮らしている。だから、A世界で佐藤を復学させるクエストが発生している。依頼者は僕。
その差異は、何をして何をしていないかとか、誰がいて誰がいないか以外にも、何を知っていて何を知らないかといった、それぞれが知っていることも考慮する必要があるのではないか。
佐藤がラーメンによく行くのは、ラーメンが美味しいことを知っているからなのだ。
「それについては大丈夫よ。私、B世界の佐藤さんと関わる気はないから。関わることがない人のパーソナルな情報なんて、知っていようがいまいが些末なことよ」
「そっか」
「私の妹が中学生の頃まで、グングニルのことを『東北の方言で沢山煮ること』だと信じていたことなんて、知っていても無駄でしょう?」
「その唐突な暴露も、相当無駄なことだと思うけど……」
そのデマを誰が流布したのかは、火を見るよりも明らかだった。
「……」
でも、そうか。
佐藤と渡会は、この世界では関わることはないらしい。
「どうしてちょっと寂しそうなのよ」
「いや、知り合いと知り合いは仲良くして欲しいよなぁと思って」
「何を思い上がっているのよ」
「思い上がる?」
「貴方、佐藤さんとは "ビジネス"の関係なのでしょう」
「う……そ、そうだけど」
「LINEで連絡する時はお互い、"お世話になっております"から入るのでしょう」
「そこまで慇懃じゃない」
「A世界の佐藤さんと関わるのだから、尚更関わりたくないわね。何をどっちに話したのか、把握できなくなってしまうから」
厳しい指摘が入って怯みつつも、僕は納得する。
そういえばそうだった。僕と渡会が喋れているのは、僕がA世界にいないからだった。
「最後に」
「うん?」
「参考までに聞かせて欲しいのだけど」
「うん」
「佐藤さんの素は、どんな感じなの? 素の佐藤さんと喋る時に、ある程度気持ちの準備をしていたいから」
「なるほど」
確かに、佐藤に初めて喋られた時には、僕も面食らったものだ。
素の佐藤と喋った時のことを思い出しながら、僕は言う。
「性格は冷静沈着で、他人に流されない。少し神経質な面もあるが、」
「下剋上が好きそうな人ね……」
変なボケを拾わせないでちょうだい、と肩を落とす佐藤。
「結構口調が乱暴だから、最初はビックリしちゃうかもしれない。でも、喋った感じは、いいヤツ……だと、思う」
「ふうん。後は?」
「ちょっと、天然の疑いがある」
「そう」渡会は言う。「分かったわ」
言って、無言でじっと見つめてくる渡会。
何かボケたそうな雰囲気を察知して、無言で見返す僕。
「実は、めちゃくちゃドスケベって一面はなかった?」
「ないよ。あったとしても、僕にその一面を晒す訳がないだろ」
「どうかしら」渡会は言う。「誰にも見せない素を見せているのだから、楠見くんには心を許しているのだと思うけど」
そうかなぁ。
結局、渡会の言う通り、僕たちはあくまでビジネス的な関係なんじゃないか。
「結果的にそうなったというだけで、そういう関係を結ぶ前に、佐藤さんは貴方に素を見せていたのでしょう」
「それは……」
それは、もし失敗してしまったら時間を戻す打算があったから……だろう。
佐藤には言えないけど。流石に、佐藤の異能について伝える必要性も義理もないだろう。それこそ、非常にパーソナルな情報なのだ。
匂わせ写真を撮るための協力者として僕を選んだことは、たまたまその時、僕が佐藤に話しかけるために付きまとっていたからで。
能動的な選択ではなかった……のだと思う。
「それは……佐藤もその気持ちが分かるのか?」
でも、渡会がそんな感想を持つのは。
曲りなりにも、僕に依頼をするという、佐藤と同じことをやった渡会がそんなことを言うのは。
何か、思うところがあるのかもしれない。
「……教えない。貴方が気持ちよくなってしまうから」
「な、なんだよ。教えてくれよ」
「積極的に気持ちよくなろうとするなんて、楠見くんがドスケベだったのね」
「ドスケベちゃうわ」
いつもの調子になったことに満足したのか、「明日からの作戦を立てたいから」という理由で、渡会は先に教室を出てしまった。
どうしようかと思案しながらスマホを開くと、ちょうど佐藤からLINEが入っている。
僕も遅れて席を立って、空き教室を後にした。




