十五話「他人」
「クレープが巻かれてない……だと……」
店員さんが運んできた注文の品を見て、愕然とする僕。
「メニューにもそう撮られてあっただろ」
「そうだけど」
「巻かれてないクレープもあんだよ。ほら、回らない寿司もあるだろ」
「そ、そうか」
その例えが本当に的を得ているかどうか検討の余地がある気はしたが、一旦頷いておく。
放課後、佐藤に連れられて、僕たちは県で一番大きい駅近くのクレープ屋に足を運んでいた。
もちろん、渡会には口頭で断りを入れてある。一度、空き教室に行かないことをLINEで伝えたら、あからさまに文面で拗ねられたんだよな……。
店内は広々としていて解放感がある。店内に入った時に一応確認したけど、多分知り合いはいなかったはずだ。
僕は無難にチョコバナナのクレープ、佐藤は「4種のフルーツとラムレーズンアイス」という、一気に食べたら味覚がバグりそうなクレープを注文していた。
「あのさ」
「どうしたの?」
「メニューって、見るだけで楽しいよな」
「そうだね」
煌びやかに盛り付けられたクレープ達。その写真の下に記されてある食材を見ながら、各クレープの味に対して想像を膨らませることは少し楽しい。
今手元にはいない。注文したと同時に、店員さんから取り上げられてしまっている。
「あれ、注文した後もそのまま置いておいて欲しいよな」
「注文したのに?」
「あほか。次行った時は何頼もうかなとか、考えんだよ」
「なるほど」
「こういう店が多すぎるんだよな。こういうスイーツ系とか、」
「うん」
「びっくりドンキーとかよぉ」
「びっくりドンキーのメニューを放置されるのはちょっと嫌だな……」
でかすぎて気まずくなるだろう。
あのでかさ、どういうコンセプトなんだろうな。かなり作るのが手間だろうから、あのメニューを作る専門の工場なんかもあるのかもしれない。
ともあれ。
確かに、メニューを持っていかれてしまった時、玩具を取り上げられた子供のような顔になっていた……それくらい、佐藤は長い間メニュー表と睨めっこしていたいらしい。
「どうしてここに?」
まさか、ただ僕とデートしに来た訳じゃないだろう。
そう、デート……デート!?
……そうか、僕、佐藤とデートしているのか……。
よくよく考えてみたらかなり衝撃的な事実に、感動すら覚える。
クラスの一番とお喋りするどころか、デートに誘われてしまうなんて。
前世の僕は、相当な徳を積んだようだ。
「顔、キモいぞ」
「……う、あ、ごめん」
手で顔を覆いながら、姿勢を正す。
無言で佐藤の目を見て、僕の質問への返答を促す。
すると、佐藤の表情は重々しいそれへと変わっていく。
佐藤のクレープの上に乗っかってあるアイスがめちゃくちゃ溶けているけど口をつけなくていいのかな、と考えてしまうくらいの間を空けた後、佐藤は口を開いた。
「あたしさ」
「うん」
「モテるんだ」
「う、うん」
「めちゃくちゃモテてるんだ」
「存じてます」
これにツッコむとと話が進まない気がしたので、一応頷いておく。
当の佐藤は、やれやれといった雰囲気を醸し出してはいる。
が、口角が少し上がっていた。まんざらでもないらしい。
「……」
例えば、男子高校生の恋を玉砕している場面を見た記憶がある。どんなやり取りをしたのかは、距離があって聞くことはできていない。ただ、佐藤との会話を終えた後のその男子高校生の背がすごく小さく見えたことは印象に残っている。
例えば、友人たちとの恋バナ的な会話では必ずといっていいほど、正統派を信じて疑わない佐藤派閥が現れる。
佐藤は、自身が主張しているように、めちゃくちゃモテている。
「告白を断るときはいつも、『内緒にしてるんだけど、別の学校に彼氏がいて』つって断ってる」
「なるほど」
そりゃ、その告白した男子は引かざるを得ないだろう。
でも。
「……本当はいないのか?」
「いねぇ」
「欲しくないのか?」
「くねぇ」実に端的に、佐藤は言う。「より面倒になるだろ」
なるほど。
仮にできたとしても、その彼に自身を打ち明けるつもりはないらしい。
「そう断り続けてたらな、あたしが他校の男子を付き合ってる噂が広まったんだ」
「ふむ」僕は頷く。「いいじゃないか。広まったら、告白される回数が少なくて済む」
「そうだな。でもよ、佐々木達から聞かれる機会が多くなって、正直面倒なんだ」
「何を?」
「彼氏の顔見せて? 二人で撮ってる写真あるの? つってな」
「なるほど」
なんとなく、話の方向が見えてくる。
「だから、あたしと付き合って、匂わせ写真を撮って欲しい」
昼休憩の終わり際にお願いされた一件の話題に、ようやく戻ってきたようだ。
匂わせ写真。
それは、恋人の存在をそれとなくアピールするような写真のことだ。
「あたしの秘密を唯一知ってる、楠見にしかできないことだろ?」
「……そうだね」
「じゃあ早速、フォークを持って、クレープに近づける」
「わ、わかった」
言われた通り、今にもクレープに切り込みを入れそうなところで、フォークを止める。
佐藤は真顔のまま、スマホの画面を覗いている。カメラアプリを起動しているらしい。
「もうちょい左」
「こっち?」
「逆」
「あ、はい」
パシャパシャと、極めて作業的に写真が撮られていく。
ちょっとつまらないので、少しだけちょけてみよう。
「言われてねぇのに、フォーク持ってねぇ方でピースすんな」
「すみません」
即行でダメ出しされてしまった。
「あたしの彼氏はそんなことはしないだろ?」
「いや、知らんけど……」
結構キャラを作りこむタイプらしかった。
僕の右手が解放されたのは、クレープと一緒に頼んだコーヒーを持つ手を撮られた後だった。
しばらくスマホと睨めっこした後、佐藤はスマホを鞄にしまう。
「まぁ、こんなもんか」
「よかった?」
「あぁ、ありがとう」スマホと睨めっこをしながら、佐藤は言う。「他校の彼氏って設定だから、お前の手しか映せないんだ」
「なるほど」
僕は今、しっかりと学校指定のブレザーに袖を通している。
「これだけだと違和感あるな……。おい、今週の土日は空いてるか?」
「空いてるよ」
「私服で来い。親が買ってきたダサい服で来るなよな」
グサリと刺さる言葉が飛んできて、心がぐらつく僕。
親にじゃなくて、自分の意思で買った服もありますし……。
佐藤に傷つけられた自尊心をよしよししている中で、少しの違和を覚える。
なんとなく、僕と佐藤の距離感にズレがある……気がする。佐藤の方が、少し近い。
その理由は、すぐに気づくことができた。
「あのさ」
「なんだ」
「佐藤は、僕とはクラスメイトで、数回喋った程度の仲かもしれないけど」
「そうだな」
「僕は、初対面なんだ」
まだ、教室で見てきた佐藤と、今対面している佐藤を同一視することができていない。
なんなら、同一視すべきではないとも思える。演じているキャラと、その演者自身を同一視しているようなものなのだ。
そういう意味では、やはり僕にとっては佐藤とは初対面であると言えるだろう。
僕はほぼ他人として接していて、佐藤はクラスメイトとして接している。
そのズレが、今の会話でちょっとした居心地の悪さを感じた理由なんじゃないか……と思う。
「……そうか。そう、だよな。悪かった」
思ったより、シュンとしてしまう佐藤。
ひどく傷ついているような、そんな印象を受ける。
それが何故かがすぐに分かるほど……やはり、僕は佐藤のことを知らない。
でも、このまま雰囲気が暗くなってしまうのは忍びない。
「だから……えっと、そういう意味でも、僕は佐藤のことを知っていきたいんだけど……」
「……」
「どうして、佐藤は演技をしているんだ?」
佐藤の表情は変らない。
ただ、スマホから視線を外して、ボーっと遠くを見ているようだった。何かを思い出しているのかもしれない。
おもむろに、佐藤は口を開く。
「別に、なりゆきだ」
「なりゆき?」
「中学の頃に、唯一と言っていいくらいの友達がいたんだ」
「うん」
「ソイツに、唆された。廻なら高校デビューに絶対成功するって。勝手に予約された美容室に連れてかれたりもしたんだ」
「おぉ……結構、強引な友達なんだね」
「そうだな」言って、佐藤は薄く笑う。「それから、眼鏡を辞めてコンタクトを入れるようになったのも、休日の私服に気を遣うようになったのも全部。なりゆきでここまで来たんだった」
『クラスカーストでトップになって、こうしたい! こうありたい!』みたいな、強烈な目的はないようだった。
なりゆき。なんとなく。
ほんの少しだけ、肩透かしを食らった気分になる。
「そんなもんだろ。皆、学校に来てるのも、テスト勉強してるのも、部活に入っているのも、なんとなくで、降りる勇気がないだけだ。あたしにとってはそれが、これだったんだ」
軽い気持ちだった。
でもいつしか、引くに引けなくなってしまっていた。
だから佐藤は、毎日何回、何十回、何百回も時間を巻き戻している。
「そっちこそ、どうなんだ?」
「え?」
「どうしてお前は、こんなお前にとってはしょうもねぇ慈善活動に勤しんでいるんだ」
「あぁ」
そして僕は、渡会に伝えたことを佐藤にも説明した。
小さい頃、トラックに轢かれそうになったこと。
当時の幼馴染が、僕の身代わりになって死んでしまったこと。
返せなくなってしまった幼馴染に受けた恩を、何かで返す気になりたいこと。
「……」
説明を終えても、佐藤は黙ったままだった。
少し伝えるのが早すぎたのかもしれない。
ただ、絶句しているというより、言葉を選んでいるような。そんな印象を受ける。
「……時間を巻き戻したいって、思ったことはあるか?」
それが、佐藤が選びに選んだ言葉らしい。
僕は頷く。
「もちろん、何回もあるよ。あの事故が起こってしまったのは、今でも僕は悪くなかった……と思ってる。思いたくないだけなのかもしれないけど……でも、今の僕が客観的に考える限りは、そうなんだ。それに、僕の幼馴染も、あの場面に100回遭遇したら100回身代わりになるような、そんな変な奴だったから。あれは運命だった。仕方ない。だからこそ……だからこそ、そう思ったことは、あるさ」
「そうか」佐藤は言う。「変なことを聞いて、悪かった」
「ううん」僕は言う。「せっかくクレープが来たんだし、食べよう」
「そうだな」
言って、佐藤はフォークを手に取る。
お互いの気分は沈んだままだけど。声は低いままだけど。急激に佐藤との距離が近くなった。なんとなく、そう感じる。
アイスはほとんど溶けてしまっているが、そのアイスの成れの果てと色とりどりの果物が絡み合って、これはこれで美味しそうに思える。
佐藤はやや乱暴にクレープに切り込みを入れて、ぶとうや梨などと一緒にクレープを口に運ぶ。
すると、みるみる佐藤の表情が明るくなっていったので、少し安心する。この店を知っていることから察するに、スイーツ好きなのかなと、そんなことを思う。
自分もクレープを口に運ぶ。薄い生地が意外としっかりモチモチしていて、結構美味しい。
佐藤の調子が戻ったところで、話を戻そう。
「匂わせ写真の件なら分かった。できる限り、付き合うよ」
「あぁ、助かる」
「『私ヲ見ツケテ』欲しかったのも、なんとなく見えてきた。自分の背景を明かさずに、この写真撮影に協力してもらうのは難しいだろうから。そんな時に僕がのこのこと近づいてきたのは、佐藤にとっては渡りに船だったんじゃないかな」
「……」
佐藤はクレープを頬張りながら、黙って僕の話に耳を傾けているようだった。
「でも……自分の異能まで打ち明ける必要はなかったんじゃないか? この撮影に協力してもらうだけなら、素の自分はこんな感じなんだって見せるだけで十分な気がする、と思うんだけど」
「……」
佐藤の手が、ピタリと止まった。
「え」
思わず。声が漏れる。
なんで、そんな図星を突かれたような、痛々しい表情をしているんだ……?
佐藤は、重々しく呟いた。
「……巻き戻すか」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って……!」
結局、「知っておいた方が何かと融通が効くから」と必死に説得して、なんとか佐藤には納得してもらえた。




