十四話「時間遡行」
「時間を戻せる?」
「あぁ」
「時間を戻せるのか」
「そうだ」
時間を戻せるって、アレだよな。時間を戻せるってことだよな。
「……」
あまりにもネタバレが突飛すぎて、トートロジー的な言い回ししか思いつかない。
何か質問を投げかけてみようか。そう思案していると、佐藤が喋り出す。
「だから、あたしは "佐藤" を演じられるんだ。この能力に気づいたのはな、あたしが、」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「なんだよ」佐藤が不満げに鼻を鳴らす。「人の話の腰を折るなよな」
「流石に折らせて欲しい」僕は言う。「まだ、ちょっと混乱してるんだ。あの佐藤が演技をしていた。これだけでも一日に摂取できる情報量の許容をオーバーしてる。そこから更に、あたしは時間を戻す異能を持っているんだと言われても、上手く吞み込めないよ。まるで、カツカレーみたいなものだよ」
「カツカレー?」いまいちピンと来なかったようで、佐藤は首を傾げている。「カツカレー?」
「ええと。『佐藤が演技をしていた』をカレーとするでしょ。それで、なんというか、『時間を巻き戻せる』をトンカツとするじゃないか。そしたら、ええと、今の状況って……カツカレー? みたいなものじゃないか?」
「カツカレーを上手く飲み込めない、という話をしたいのか?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
この状況を譬えることに失敗して、より場の混乱を強めてしまった……。
性懲りもなく、何か別の譬えをして挽回しようと意地になっていると、
「ちょっと来い」
「え、何……ちょ、ちょっと」
脈絡もなく、いきなりまた腕を掴まれる。彼女の肩の方が高い位置にあるから、斜め上方向の引っ張りを強く感じる。50cmサイズの熊のぬいぐるみが、その持ち主である少女に手を持たれてプラプラ揺れている姿が思い浮かぶ。
佐藤に促され、屋上への出入り口の建屋に掛けられた梯子を上る。その教室棟の屋上に突き出たコンクリートの箱に這い上がると、自然と横並びになって扉を見下ろす姿勢になった。膝と肘をついて、2人して四つん這いの格好になる。埃まみれの床は明らかに不潔だったけど、佐藤の迷いのない行動に従うしかない。
「……え?」
ほんの数秒の間に、階段を上る足音が近づいてくる。
規則正しい足音の響きからすると、一人のようだけど……。
「屋上って結構皆カジュアルに来たりしているのか?」
「しずかにしろ」
「はい……」
ギギ、と扉が開く音と、数歩前に出た足音が聞こえてくる。
顔が地面についてしまうくらいの低姿勢になっているから、誰が入ってきたのかまでは分からない。
気になるが、佐藤の手に押されられて、誰かを知ることまでは叶わない。
佐藤は言葉を発さない。二人でいることを知られたくないようだ。
「おかしいわね。屋上だと思ったのだけど……」
「……!」
渡会じゃないか、と反射的に言ってしまう前に、佐藤に口元を抑えられる。
とんでもない反応速度だった。
「あら? ……今、気が弱くて器の小さそうなツッコミ担当の声が聞こえてきた気がしたのだけど」
言いたい放題だったが、佐藤の手に邪魔されて反駁することができない。
「まあいいわ。どうして上の階のトイレを使いたかったのかは、また問い詰めましょう」
渡会の中では、僕が3階のトイレに行ったことになっているらしい。後ろから追いかけていたのか。
そして、渡会は屋上の雰囲気を味わうことなく、すぐに扉を開けて元の教室に戻っていったようだった。
「行ったな」
そんな佐藤の言葉と同時に、僕の口は佐藤の手から解放される。
なんとなくその手を目で追うと、自身のスカートをタオル代わりにゴシゴシしている。目を疑う動作だったが、それを一々追求している暇はない。
「佐藤。どうして渡会が来るって分かったんだ?」
「そりゃ、来たからさ」
「来た?」
「あぁ」佐藤は頷く。「来た。告白だと勘違いして、空気を読んで立ち去って欲しかったんだけどな。渡会から思ったよりグイグイ追求が来てややこしくなった。ダルかったから時間を戻して、1人で梯子を登った」
「……一人で?」
「一人で登ったら、お前があっさりあたしがいることを渡会にバラしやがった。だから今度は2人で梯子を登った。そしたら、渡会が喋った瞬間に『渡会じゃないか』とか言うもんだから、また時間を戻してお前の口元を抑えたんだ」
「……」
「ちょっとは、信じる気になったか?」
目を緩く細めながら佐藤は笑う。いつもの朗らかな笑みとは異なる、知らない笑い方だった。
でも、こちらが素の感情表現なのかもしれないと、そんなことを思う。
「……ちょっと反芻させてくれ」
「お前、胃が4つあんのか」
「知らない雑学を披露しないで」
牛の胃の数に関する驚愕の事実は一旦置いておくとして、少し考えよう。
本来、僕たちと渡会は鉢合わせる運命だった。でも、3回時間を巻き戻して運命を捻じ曲げた、と佐藤は主張している。
あの短期間の間に、3回だ。たった一つの事象をなかったことにするのに、3回。
仮に、佐藤の言っていることが本当なのだとしたら。
僕は戦慄しながらも、恐る恐る聞いてみる。
「佐藤は、今日何回やり直しているんだ?」
「分からん。まだ百回はいってないんじゃねぇか」
「ひゃ……」
「最近はもう、本っ当にサイアクだった。お前があたしを追いかけまわすから、何回もやり直しさせられたんだ」
「……!」
佐藤が僕と会う度に時間を戻していたから、会えなかったのか。
ツイてないな、と思っていたんだけど。
あれは、佐藤が運命を捻じ曲げていたんだ。
でも、佐藤は今こうして、自分から全てを明かそうとしている。
「まぁ、言ったら根負けだな。あたしはお前に根負けしたんだ」
「そんなに執拗だったのか」
「あぁ」
「……僕が佐藤の紙を拾った三週間前に戻る、というのは?」
「アホか。三週間も戻したくねぇよ。また数が嵩むだろ」
本当に、そんなトライアンドエラーの果てしない作業をしてきたのだろうか。
佐々木達と喋っている時も。僕と初めて、ラノベ談義をした時も。
何故そのようなことをして、皆が思う佐藤のイメージを保っているのだろう。
分からない。でも、一つだけ分かることがある。
「大変だったんじゃないか」
「うるせぇよ」急に、佐藤の言葉の温度が冷える。「本当にうるせぇ」
「ご、ごめん」
完全な地雷だった。何も知らない奴に上から憐れまれた――佐藤はそう感じたのだろう。
けれど、事情を知らないのは紛れもない事実だ。佐藤の人となりも、何もかも。
重苦しい沈黙が流れる。
ここは一旦、本来の目的に立ち返るべきかもしれない。
「それで……さ」僕は言う。「チート級の異能を持ってる訳だけど……そんな佐藤が、僕に手伝ってほしいことって、何なんだ?」
時間を巻き戻す能力なら、できないことはほとんどないはずだ。
好きな相手との距離を縮めることも、死の運命から誰かを救い出すことだってできる。
佐藤と同じ能力を持った主人公が、物語をよしなに転がしているライトノベルを僕はいくつか知っている。
だからこそ不思議だった。何故佐藤は、僕の手を必要としているのだろう。
慎重に隠していたという素の自分と、自身の能力を打ち明けてまで、僕に手伝ってほしいことって一体何なのだろう。
そして佐藤は口を開いた。
「あたしと、匂わせ写真を撮って欲しい」
「……」
頭上からプスプスと煙が上がっているのを感じる。
持ってくれよ、僕の頭。と自分に言い聞かせる僕だった。




