第9話 最速の侵攻
宣戦布告の次の日の夜明け、皇国軍はアルクハイン公国との国境を越えた。
投入された戦力は五個師団、総兵力6万2000名。
内訳は銃兵を主力とした歩兵師団が3個、近代化された重騎兵と機械化魔導兵で編成された機動師団が1個、そして竜騎航空隊と砲兵を集めた支援師団が1個だった。
これに加えて、賢が直接指揮する特殊部隊が1個小隊。12名で構成された、賢が生成した現代兵器で武装した部隊だ。
グスタフが全軍の指揮を執った。
「作戦方針を確認する」
夜明け前の司令部天幕で、グスタフは地図の上に駒を並べながら言った。
「第一、第二歩兵師団が正面から国境を突破し、公国軍主力を引きつける。
第三歩兵師団が東側から迂回し、退路を遮断する。
機動師団は突破口を利用して縦深に切り込み、首都アルクハイン城への道を開く。
砲兵と竜騎航空隊が全体を支援する」
「特殊部隊の目標は別に設定してあります」
賢が地図の上を指した。
「公国軍の補給拠点、通信拠点、そして首都制圧の前段として指揮部の機能を潰します。グスタフ将軍の主力が正面を押す前に動きます」
「タイミングは」
「夜明けの三時間前、主力が動く前に目標に到達します」
グスタフが頷いた。
「……頼んだぞ」
深夜、賢は特殊部隊を率いて国境を越えた。
全員が暗色の外套を纏い、音を立てずに草原を進んだ。
賢はフルカスタムされたM240を手に持ち、先頭を歩いた。
他の隊員も専用にカスタムされたM4A1やHK416など、この世界では見たこともない形の武器を、12名が携帯している。
最初の目標は、国境から20km内陸にある公国軍の前線補給拠点だった。
事前の偵察で、守備兵は100名程度と把握していた。
賢は特殊部隊を4つの班に分け、四方から同時に接近した。
守備兵たちは国境の正面に注意を向けており、深夜の内側からの接近を想定していなかった。
「全班、位置についたら合図を送れ。同時に動く」
「2班、配置よし。」
「3班、配置よし。」
「4班、配置よし。」
全ての班から合図が届いた。
「全班、準備しろ。」
賢の言葉に、全員が銃を構えた。
「3...2...1...Go。」
賢の合図で、四方から銃声が上がった。
守備兵たちが混乱した。
夜の闇の中から轟音と閃光の弾幕が四方から降り注ぎ、どこを向けばいいか分からない状態になった。
火薬の音を聞いたことのない兵士たちにとって、銃声そのものが恐怖だった。
10分後、補給拠点を制圧した。
守備兵の大半が処理され、残りは逃亡するか降伏した。
そして、倉庫に積み上げられた食料と矢が賢の小隊の管理下に入った。
「倉庫に火をつけるぞ」
賢は言った。
「物資は小麦粉一粒も残さない」
夜明けとともに、皇国軍主力が動いた。
国境線に展開した公国軍2万は、堅固な陣地を構えて迎え撃とうとしていた。
しかし夜明けと同時に始まった皇国砲兵の砲撃が、その計画を崩した。
新しく完成した野戦砲が、公国軍の陣地に向けて砲弾を送り込んだ。
魔法による遠距離攻撃は公国軍にもあったが、砲の射程と連射速度は魔法の比ではなかった。
陣地の前面が崩れ始めた。
次に、竜騎航空隊が上空から爆弾を投下した。
従来の竜騎兵は騎手が上空から魔法を放ち、近距離は槍で刺突する形だったが、グスタフと賢が改革した航空隊は違った。
竜の背に機関砲を据え付け、小型爆弾の搭載ラックを取り付けてあった。
機関砲の連射が上空から公国軍の密集した歩兵隊形を薙ぎ、爆弾が補給の馬車列を吹き飛ばした。
公国軍の兵士たちが空を見上げた。
竜があんなに遠くから攻撃でき、爆発するものを投下するなど、聞いたことがなかった。
砲撃と航空支援で陣地が崩れたところへ、第一師団の銃兵が前進した。
小隊単位での散開前進。
一方が撃ち、もう一方が前進する。
訓練で叩き込んだ動きが、実戦で機能した。
銃声が連続して響き、公国軍の弓兵と魔導兵が次々と倒れた。
騎兵が突撃を試みたが、散開した銃兵の一斉射撃の前に崩壊した。
公国軍の前線が、崩れ始めた。
開戦4日目、賢の小隊は二つ目の目標に向かっていた。
公国軍の東方面司令部だった。
国境から50km内陸の街道沿いにある館を接収して使っており、東側の防衛線の指揮をここから執っていた。
周囲の守備兵は300名。前回より規模が大きい。
賢は|AWM《.338ラプアマグナム狙撃銃》を生成して手に取り、特殊部隊を展開させた。
夜間、丘の上から館を観察した。
司令部の灯りが煌々とついており、将校たちが出入りしていた。
「狙撃で将校を先に潰す」
賢は静かに言った。
「指揮官を失った守備兵は統率が取れなくなる。その隙に突入する。」
賢は丘の上に伏せ、照準を定めた。
しばらくして、500m先の館の入口に、将校服を着た人物が見えた。
引き金を引いた。
大量の運動エネルギーを持った.338ラプアマグナムが、空気を切り裂いて0.5秒間飛んだ。
命中。
将校が倒れた。
館の中に混乱が広がる気配があった。
続けて二発。
命中。
近くにいた将校も倒れた。
守備兵たちが周囲を探し始めた。
しかし夜の丘の上に伏せた狙撃手を見つけることはできない。
「突入」
三方向から特殊部隊が一気に館に迫った。
混乱した守備兵が対応に追われる間に、館の正面突破が決まった。
館の中で短い交戦があった。
それでも20分で制圧が完了した。
司令部の書類と地図を確保し、賢はグスタフに通信を送った。
「東方面司令部を制圧しました。書類を確保しています。公国東部の防衛計画の全容が把握できます」
グスタフからの返答は短かった。
「よくやった。主力は明日、縦深に切り込む」
開戦から12日後、戦況は一方的だった。
公国軍は前線を突破され、東の退路を第三師団に遮断され、|補給も途絶えた状態で各地に分断《包囲殲滅》されていた。
機動師団が首都アルクハイン城に向けて進撃を続け、沿道の町が次々と降伏した。
公国の側では、ブルクハルトが徹底抗戦を主張していた。
しかしアルクハイン公自身は、12日間で自国の軍が壊滅しかけている現実を前に、動揺を隠せなかった。
その時、賢の特殊部隊が動いた。
最後の目標、首都アルクハイン城への先行制圧だった。
機動師団が到達する六時間前に、賢は特殊部隊を率いて首都に入った。
城下の混乱に紛れ、城壁の裏門から侵入した。
守備兵は城内に引き上げており、城下はほぼ無人に近かった。
城門の前に立ち、賢は拡声の魔道具を借りて城に向かって告げた。
「皇国軍の使者だ。アルクハイン公に伝えろ。降伏すれば城下の民への危害は加えない。抵抗すれば、六時間後に到着する主力部隊が城を包囲する。選択の時間は一時間だ」
城壁の上に人影が動いた。
しばらくして城門が開いた。
出てきたのは、白旗を持った使者だった。
開戦から二週間後、アルクハイン城の謁見の間で降伏文書が調印された。
アルクハイン公、エルンスト・フォン・アルクハインは、疲弊した顔で文書に署名した。
老いた公爵の手が、かすかに震えていた。
グスタフが文書を受け取り、皇国の印璽を押した。
条件は賢がオットーと事前に詰めておいたものだった。
公爵家の存続は認めるが、領地の統治権は皇国に移譲する。
軍を解体し、皇国の徴兵制を敷く。
公国の法制度を皇国に統一する。
皇国の税制度を導入し、経済圏も統合する。
ブルクハルトは拘束され、公国内の反皇国派の主要人物は粛清された。
公国は併合され、皇国の一部となった。
征服後の処理を部下に任せ、賢は城壁の上に立った。
眼下に広がるアルクハイン城下の街並みを、静かに見渡した。
グスタフが隣に来た。
「二週間で終わったな」
グスタフが静かに言った。
「想定通りです」
「損害は」
「皇国軍の戦死者は302名。負傷者が800名弱。公国軍の戦死者は6千人超、捕虜が1万名ほど。
どちらも民間人の被害はほとんどありませんでした」
賢は答えた。
「銃兵の損害が想定より少なかった。散開戦術が機能した結果です」
グスタフが城下を見渡した。
「……本当に、戦い方が変わったな」
「まだ始まりです」
賢は言った。
「これで皇国の軍が実戦を経験した。次はさらに改善できる点が見えてきます」
「次、か」
グスタフが苦笑した。
「休む間もないな」
「祝福が強化されました」
賢は右手を前に出した。
意識を集中する。
賢の近くに、M2ブローニングが現れた。続けてもう一丁。さらにもう一丁。
以前は二丁が限界だったが、今では何丁も同時に生成できた。
「少しずつですが、確実に伸びています」
賢は言った。
「戦うたびに、生成できる数が増えていく。やがて中隊分、大隊分の兵器を同時に生成できるようになる。そうなれば、戦い方がまた変わります」
グスタフは生成された銃を見て、静かに頷いた。
「……次はモンデブーレ王国か」
「その前に、公国の統治体制を整えます。占領した土地をきちんと統治できなければ、戦争の意味がない」
賢は銃を消した。
「新しい行政官の配置、鉄道の延伸、工場の建設。公国の民が皇国に編入されて良かったと思えるようにする。それが最も効率的な統治です」
「民心を掴む方が、武力で押さえるより安上がりか」
「長期的にはそうです」
グスタフはしばらく城下を見ていた。
「お前は、軍人より政治家に向いているな」
「どちらでもありません」
と賢は言った。
「ただ、効率よく進めたいだけです」
城壁の向こうに、夕暮れの空が広がっていた。
赢得た土地の地平線の先に、まだ動かすべき駒がいくつもあった。




