第5話 鉄と硝煙の時代
産業革命の煙が城下に立ち始めた頃、賢は次の手を打った。
ゴドフリーを旧倉庫に呼び、新しい図面を広げた。
「次に作るものです」
ゴドフリーが図面を覗き込み、眉をひそめた。
「……筒、か?」
「銃です。私の祝福で生成できる武器を、この世界の技術で量産する。そのための設計図です」
ゴドフリーがしばらく図面を見つめた。
「魔道具ではないのか」
「魔道具ではありません。火薬の力で金属の弾を飛ばす武器です」
「火薬……」
ゴドフリーが顎を撫でた。
「魔術の爆裂符に使う素材か。あれを武器に転用するということか」
「原理は同じです」
賢が最初に目指したのは、19世紀中期に相当する水準の銃火器だった。
賢の祝福で生成できる現代兵器をそのまま量産しようとしても、この世界の工業水準では精度が追いつかない。
段階を踏む必要があった。まず基礎から作る。
最初の課題は火薬だった。
この世界にも爆発を起こす素材は存在していた。
魔術の爆裂符に使われる魔力結晶の粉末がそれで、衝撃を与えると爆発的に魔力を放出する性質を持っていた。
しかし魔力結晶は希少で高価だった。大量生産には向かない。
「別の方法が必要です」
賢は城内の図書室に籠もり、この世界の鉱物と化学物質の資料を片端から調べた。丸一日かけて必要な素材が揃うことを確認し、鍛冶師と魔道具師を集めた。
「硝石、硫黄、炭を特定の比率で混合したものです。魔力は使いません」
実験は中庭の隅で行った。
混合した粉末を小さな石板の上に置き、火花を散らす。
乾いた破裂音とともに、白い煙が上がった。
ゴドフリーが驚いた顔で煙を見た。
「……魔力なしで、これほどの爆発が」
「これが黒色火薬です。精製と配合の比率が重要で、安定した品質で大量生産できるようになれば、次の段階に進めます」
火薬の精製には更に三日を要した。
魔力機関炉で動く精製機を使い、均一な品質の黒色火薬を安定して作れるようになったのは、試行錯誤を重ねた末のことだった。
火薬が揃うと、賢は銃本体の設計に移った。
最初に設計したのは単発の元込め式小銃だった。
19世紀中期水準の、最も単純な構造の銃だ。
複雑な機構を省き、この世界の鍛冶技術で作れる精度に設計を落とし込んだ。
鍛冶師の棟梁、エーリヒという大柄な男が図面を見て唸った。
「筒の内側に螺旋状の溝を切るだと? こんな精密な加工、今の工具でできるか怪しいな」
「ライフリングです。弾に回転を与えて精度を上げます。最初は滑腔銃身でも構いません。まず動く銃を作ることが優先です」
「滑腔なら何とかなる」
エーリヒは腕を組んだ。
「だが銃身の素材はどうする。爆発の圧力に耐えられる鉄を用意しないと、暴発する」
「新しい鉄の精製方法を使います。石炭を蒸し焼きにしたコークスを使って鉄鉱石を精錬します。」
「コークス...石炭を使うのか。」
「それでできた純度の高い鉄に炭を混ぜ込み、鋼鉄を作ります。」
「純度の高い鋼鉄か...それなら強度も増すだろう。」
エーリヒと賢は素材の選定から始め、鋼鉄の精錬方法を試行錯誤した。
魔力機関炉を熱源として使うことで、この世界の通常の炉より遥かに高い温度での精錬が可能だった。
不純物が少なく、均一な強度を持つ鋼鉄が生まれた。
「……こんな鉄は見たことがない」
エーリヒが精錬された鋼鉄を手に取り、目を細めた。
「硬いのに粘りがある。折れにくそうだ」
「その鋼鉄で銃身を作ってください」
組み立ては工場の作業台で行った。
銃身、機関部、木製の銃床。
賢が図面を引き、エーリヒの弟子たちが部品を削り出し、ゴドフリーの助手が最終確認をする。
工程を細かく分割した生産ラインが、ここでも機能した。
最初の試作銃が完成したのは、謁見から二週間が経った頃だった。
最初の試射は城外の草原で行った。
将軍のグスタフ・ハイデンが、腕を組んで立っていた。
宰相も来た。
何人かの騎士団長も呼ばれていた。
皆が半信半疑の顔をしていた。
賢は試作銃を手に取り、薬室に弾薬を込めた。
100m先に木製の的が置かれている。
引き金を引いた。
乾いた銃声が草原に響いた。
的の中心近くに穴が開いた。
沈黙。
「……もう一発」
とグスタフが言った。
賢は再装填し、引き金を引いた。
的の、ほぼ同じ場所に穴が開いた。
グスタフが的まで歩いて行き、穴を指で確かめた。
戻ってきた時、その顔に最初の侮りは消えていた。
「弓矢と何が違う。魔法で強化すれば距離は弓の方が出る場合もあろう」
「精度と威力、そして量です」
賢は答えた。
「この弾は100m先でも騎士の鎧を貫通します。弓では矢の勢いが落ちて板金鎧は抜けない。」
賢は傍らに置いておいた鉄板を拾い上げた。厚さ5mmほどの鉄板だ。
10m先に立て、試作銃で撃った。
鉄板に穴が開いた。
グスタフの顔色が変わった。
「……騎士の胸甲を、貫くか」
「貫きます」
騎士団長の一人が
「魔力を込めた矢なら鎧も抜けるぞ」
と言った。
「魔力を込めない兵士でも扱えます」
賢は答えた。
「これは魔力を使わない武器です。魔力のない一般徴兵の兵士が、熟練の魔導兵と同等の遠距離攻撃力を持てる。それがこの武器の最大の意味です。」
グスタフが黙った。
その意味するところを、歴戦の将軍はすぐに理解したようだった。
魔導兵は育てるのに時間がかかる。魔力のある人材《才能》は限られる。
しかしこの武器があれば、徴兵した一般兵を短期間で戦力化できる。
「量産できるのか」
「工場が動いています。月に100丁から始めて、一ヶ月後には月300丁を目標にしています。並行してライフリング加工の技術も整え、次の世代の銃を設計します」
グスタフはしばらく草原の的を見ていた。
「……分かった」
と将軍は静かに言った。
「続けろ」
銃の量産が軌道に乗り始めた頃、賢は将軍を再び呼んだ。
今度は地図を広げた。
作戦室に向かい合って座り、賢は質問をした。
「現在の皇国軍の戦術はどのようなものですか」
グスタフは淀みなく答えた。
「騎兵の突撃で敵陣を崩し、魔導兵が近接支援し、弓兵が後方から矢を射る。竜騎兵が上空から航空支援を行う。長年この大陸で培われてきた、標準的な戦術だ。」
「問題があります」
賢は言った。
「何だ」
「騎兵の突撃は、銃に弱い。馬の突進速度より弾の方が速い。散開した歩兵が銃を持って待ち構えれば、騎兵は突撃の途中で壊滅します」
グスタフの顔が厳しくなった。
「……敵が銃を持つようになった場合、ということか」
「今は皇国だけが銃を持っています。しかし、遅かれ早かれ技術は必ず広まります。敵が銃を持った時に、今の戦術では対応できない」
「では、どうする」
賢は地図の上に駒を並べ始めた。
「銃を持った歩兵を戦術の中心《基本》に置きます。歩兵が散開して前進し、互いに援護し合いながら敵に近づく。一方が撃って敵を抑え、もう一方が前進する。これを交互に繰り返す。
火力と機動を組み合わせた戦術です」
「散開するのか」
グスタフが眉をひそめた。
「常識では密集隊形で士気を保つのが基本だ。散開すれば統制が取れなくなる」
「密集隊形は銃の的になります」
賢は言った。
「銃を持った敵と戦うなら、散開して互いの間隔を取る方が生存率が上がる。統制は隊長の号令ではなく、小隊単位での連携で取る」
グスタフが腕を組んだ。
「小隊単位か……現在では大隊単位で動くことが多いが。」
「小隊を基本単位にします。30人程の小隊が自律的に判断して動き、それが集まって中隊、大隊となる。上からの命令を待たなくても、小隊長が状況判断して動ける部隊を作る」
「それには小隊長の質が問題になる」
「だから教育します」
賢は言った。
「下士官学校を作り、小隊長となる下士官を大量に育成する。読み書きと地図の読み方、基本的な戦術判断。これを徹底して叩き込む」
グスタフは地図を見つめたまま、長い間黙っていた。
やがて口を開いた。
「騎兵は?」
「斥候と側面攻撃に使います。銃の時代に正面突撃の騎兵は死にますが、機動力を活かした迂回と側面への奇襲は有効です。銃火器を持たせれば更なる火力強化も望めるでしょう。」
「弓兵は?遠距離からの支援も必要だろう」
「既存の大砲の爆発魔法を火薬に置き換えた砲を作ります。
銃の次の設計に入っています。そしてその大砲を扱う砲兵を新設します。
歩兵が前進する前に、砲撃で敵の陣地を崩す。
砲撃→歩兵前進→側面に騎兵。これが新しい基本の流れです」
グスタフがゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。
訓練場で騎士たちが剣を振るっていた。
長年、この国の戦力の中核を担ってきた者たちだ。
「……古い将校の中には、反発する者も出るだろう」
とグスタフは静かに言った。
「出るでしょう」
と賢は答えた。
「だから実戦で証明します。新しい戦術と旧来の戦術で演習をすれば、結果が出ます」
グスタフが振り返った。その目に、決意の色があった。
「……演習をしよう。私が直接見る」
演習は二週間後、城外の広大な草原で行われた。
新戦術を採用した部隊は、賢が一から選んだ100名の兵士だった。
身分や経歴を問わず、命令を理解する頭と体力のある者を選んだ。
全員に試作銃を持たせ、一週間の集中訓練を施した。
射撃、装填、小隊単位での連携。
繰り返し、繰り返し叩き込んだ。
旧来の戦術を採用した部隊は、精鋭の騎士団と魔導兵で構成された200名だ。数で勝り、個々の技量でも上回っていた。
旗を使った模擬戦が始まった。
騎士団が密集隊形で前進してきた。
馬蹄の音が草原に響き、魔導兵が後方で魔力を練り始めた。
賢の部隊は草むらと窪地に散開し、身を低くして待った。
「目標、前方の騎兵隊。各々、直線上の騎兵を狙え。」
「構え!」
100mに迫った時点で、賢は号令をかけた。
「撃てーっ!」
一斉射撃。
乾いた銃声が連続して響き、模擬弾を受けた騎士が次々と旗を落とした。
密集した馬上の騎士は、散開した歩兵の一斉射撃に対してほぼ無防備だった。
「後退、左翼前進」
後退する者と前進する者が入れ替わり、交互に射撃を続けながら前進した。
魔導兵が術式を放とうとした時には、既に射程に入った小隊が目標を変えて射撃を集中させた。
演習終了の合図が鳴った時、旧来の部隊の損害は全体の八割を超えていた。
賢の部隊の損害は一割だった。
グスタフが馬上から草原を見渡していた。
長い沈黙の後、馬を降りて賢の前に立った。
「……参った」
と将軍は言った。
「完敗だ」
周囲の騎士団長たちは複雑な顔をしていたが、結果は数字が示していた。
「反発は覚悟の上で進めます」
と賢は言った。
「ただし既存の騎士団を否定するつもりはありません。彼らには新しい役割がある。強い個人の技量は、特殊任務に活かせます」
グスタフが頷いた。
「……新しい訓練体制の整備、私が主導する。下士官学校の設立も進めよう。お前は設計を続けろ」
「砲の設計に入ります」
「大砲か」
「野戦砲と、携行できる軽迫撃砲を先に作ります。砲兵がいれば、戦術の幅が一気に広がります」
グスタフが空を見上げた。
遠くで竜騎兵の訓練をしている竜の影が見えた。
「竜騎兵の連中が、自分たちの出番が減ると文句を言うだろうな」
「偵察と通信、近接航空支援に使えます。現状、戦場の空を支配できる竜騎兵は、代替がありません」
「……なるほど」
グスタフが僅かに笑った。
「うまく使い道を残してやるわけか」
「無駄な対立は避けたい。全員に役割を与えれば、抵抗は減ります」
グスタフはしばらく賢を見た。
「お前は戦術家か、政治家か」
「どちらでもありません」
と賢は言った。
「ただ結果を出したいだけです」
その夜、賢は砲の設計図に向かった。
ろうそくの明かりの下、紙に線を引きながら、頭の中で次の手を考えていた。
銃の量産が月300丁に達すれば、一個大隊分の銃兵が揃う。
砲が完成すれば砲兵が作れる。
戦術の教育が浸透すれば、新しい軍が形になる。
やることは尽きない。
しかし順番は見えている。
賢はペンを走らせ続けた。




