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鋼鉄の産声と硝煙の改革  作者: 弾幕主義者(装弾数正義派)
シーヴィル連合王国編
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33/35

第33話 聖域の亀裂

 処刑から一ヶ月が経った。


 シーヴィル連合王国内の空気は、目に見えて変わっていた。


 海戦での1万5千人以上の喪失。

 陸上での度重なる敗退。

 そして停戦を訴えた外務卿の処刑。


 積み重なった犠牲と恐怖政治が、静かに、しかし確実に人々の心を蝕んでいた。


 表向きは、誰もが大司教庁の方針に従っていた。

 しかし水面下では、いくつもの流れが渦を巻き始めていた。


 講和派。

 戦争そのものの継続に反対する者たち。

 ジャン=バティストの処刑を見て沈黙したが、消えたわけではなかった。


 科学工業派。

 皇国の繁栄を伝聞で知り、正教会が長年抑えつけてきた技術発展への不満を募らせていた商人と学者たち。


 反宗教派。

 処刑と粛清を目の当たりにし、大司教庁の権威そのものに疑問を持ち始めた者たち。


 三つの流れは、連合王国を構成する国々の中で、それぞれ異なる強さで渦巻いていた。




 デシャント王国の首都、ソレイユ。


 王城の一室に、7名の人物が集まっていた。


 王国随一の学者、アンリ・ド・フォンテーヌが、机の上に一枚の書類を広げていた。


「もう限界です」


 アンリは言った。


「戦争のために、研究予算は全て凍結されました。工房は軍需に転用され、まともな製品を作れない。その一方で、皇国の技術者たちは、日々新しいものを生み出している」


「大司教庁に楯突けば、処刑される」


 商人組合の代表が言った。


「ジャン=バティスト卿を忘れたか」


「忘れていない」


 アンリは静かに言った。


「だからこそ、今動く必要がある。海戦の敗北で、大司教庁の軍事的な威信は地に落ちた。今しかない」


 デシャント国王、ベリ12世は、70を超える老王だった。

 長年、教会との協調路線を歩んできた人物だ。


「王よ」


 アンリは国王に向き直った。


「このまま大司教庁に従い続ければ、我が国は皇国に蹂躙されて終わります。しかし、今この瞬間に方針を変えれば、道が残っています」


 ベリ12世は長い沈黙の後、口を開いた。


「……皇国と、手を組むということか」


「はい」


「敵に寝返るということだ」


「敵、という認識が、もう古いのかもしれません」


 アンリは言った。


「陛下、皇国が滅ぼした国々の記録をご覧になりましたか。アルクハインもモンデブーレも、征服された後、以前より豊かになっています。病気で死ぬ子供が減り、飢える農民が減った」


 国王は目を閉じた。


「大司教庁は」


「今の連合王国を、聖戦の名のもとに死地へ引きずり込んでいます」


 アンリは言った。


「陛下、私たちが選ぶべきは、忠義か、それとも民の命か」


 長い沈黙があった。


 やがて、老王が目を開いた。


「……蜂起する」



 デシャント王国の蜂起は、翌週の夜に決行された。


 王国軍の一部と、科学工業派の商人たちが組織した民兵が、大司教庁から派遣されていた監視官と駐留部隊を制圧した。

 血は流れたが、大規模な戦闘には至らなかった。


 ベリ12世が声明を出した。


「デシャント王国は、正教会本部の指導から離脱する。我々は、自国の民の未来のために、新たな道を選ぶ」




 ロンテール公国の状況は、また違っていた。


 公国軍を率いる将軍、フィリップ・ド・ロンテールは、軍人だった。


 海戦での惨敗の報告を、フィリップは誰よりも詳しく分析していた。


 皇国の超大型戦艦の存在。

 竜騎兵航空隊の壊滅。

 地上での電撃戦の速度。


「勝てない」


 フィリップは幕僚たちに言った。


「これは、戦争ではない。一方的な処理だ」


「しかし大司教庁は、徹底抗戦を」


「大司教庁は、戦場に立っていない」


 フィリップは静かに、しかし明確に言った。


「立っているのは我々だ。死ぬのも我々だ」


 フィリップは公爵に直談判した。


「閣下、このまま戦い続ければ、公国軍は消滅します。兵士が死に、国土が荒れ、それでも大司教庁は何も失わない。今、皇国との交渉に動くべきです」


 ロンテール公は、フィリップの言葉を長く考えた。


「……処刑されるかもしれん」


「私が矢面に立ちます」


 フィリップは言った。


「軍を握っているのは私です。閣下は、私が独断で動いたことにしてください」


 公爵は驚いた顔をした。


「お前一人に、全てを背負わせるのか」


「兵士たちの命の方が、私一人の命より重い」


 フィリップは言った。



 ロンテール公国軍は、フィリップの指揮のもとで動いた。


 大司教庁からの駐留部隊と監視官を、公国軍が包囲し、投降を求めた。

 抵抗する者もいたが、大勢は決していた。


 フィリップが独断で行動したという体裁を取りながら、ロンテール公は静かにそれを黙認した。




 グリランジュ大公国の動きは、これまでとは違う形で始まった。


 最初に動いたのは、貴族でも軍人でもなく、市井の人々だった。


 大公国の首都、ヴェルモンの広場に、ある夜、群衆が集まった。


 きっかけは、一人の若い牧師の説教だった。


「我々は、何のために死ぬのか」


 若い牧師は広場で叫んだ。


「大司教は、聖戦と言う。しかし聖戦とは、罪なき者を処刑し、罪なき者を戦場に送ることなのか」


 群衆がざわめいた。


「隣国のデシャントとロンテールが、離反したと聞いた」


 牧師は続けた。


「彼らは臆病者ではない。勇気ある選択をしたのだ」


 衛兵が牧師を拘束しようとした。

 しかし群衆が、それを阻んだ。


 数が、力になった。


 その夜のうちに、群衆は大公城へと向かった。



 大公ヴィクトール・ド・グリランジュは、城の窓から広場を埋める松明の群れを見ていた。


「……これは、革命か」


 大公は呟いた。


 側近が震える声で言った。


「鎮圧しますか」


「できるか、この数を」


 大公はしばらく沈黙した。


 それから、静かに言った。


「窓を開けろ」


 大公は自ら、群衆の前に姿を現した。


「聞け」


 大公は叫んだ。


「私は、大司教庁からの離脱を宣言する。これ以上、諸君を無意味な戦争で失うことは望まない」


 広場が、歓声に包まれた。




 同じ流れは、ピエル公国、ゼールル公国、コントゥーア王国でも生まれかけていた。


 しかし、そこでは違う結末が待っていた。


 ピエル公国は、アウグスティアに最も近い位置にあった。

 大司教庁の直接的な監視が最も厳しく、教会に忠実な聖職者たちが政治の中枢に深く食い込んでいた。


 ピエル公自身が、大司教ゴットフリートの遠縁だった。


 若い将校の一団が離反を計画していたが、決行の前日に発覚した。


 首謀者たちは、広場で処刑された。

 今度は3名ではなかった。

 23名だった。



 ゼールル公国では、公爵自身が正教会の高位聖職者を兼任していた。


 離反を求める声が民衆の間にあったが、公爵がその声を封じ込めた。

 教会の権威と世俗の権力が、一人の人間の中で結びついていた。


 誰も、公爵に逆らえなかった。



 コントゥーア王国では、王家が代々、大司教庁との婚姻関係を結んできた歴史があった。


 王妃が、現在の大司教ゴットフリートの姪だった。


 国王は動かなかった。

 動く理由がなかった。


 三つの国では、離反の芽が、開く前に摘まれた。




 デシャント、ロンテール、グリランジュの三国が離反を宣言してから三日後、ベルフストに密使が到着した。


 三国の代表を名乗る一団だった。

 護衛もなく、身分を隠して国境を越えてきていた。


 賢は彼らと会った。


 代表として来たのは、アンリ・ド・フォンテーヌだった。


「福神賢殿」


 アンリは深く頭を下げた。


「我々三国は、正教会本部からの離脱を宣言しました。今、大司教庁からの報復を恐れています」


「知っています」


 賢は言った。


「報告は届いていました」


「率直に申し上げます」


 アンリは言った。


「我々には、皇国と渡り合う力がありません。しかし、大司教庁の支配に戻ることも望んでいません。皇さて国の庇護を、お願いしたい」


 賢はしばらくアンリを見た。


「なぜ我々が、あなた方を守る必要があると思いますか」


 アンリは一瞬、言葉に詰まった。

 しかしすぐに続けた。


「我々には、大司教庁の内部情報があります。アウグスティアの防衛体制、聖職者の腐敗の証拠、義勇軍として派遣されている国々の内部事情。これらを提供できます」


「それだけですか」


「それと」


 アンリは言った。


「我々は、皇国の科学と工業を受け入れる用意があります。植民地としてではなく、対等な発展のパートナーとして」


 賢はしばらく黙っていた。


「対等、という言葉は使えません」


 賢は静かに言った。


「保護国という形になれば、皇国の影響下に置かれます。それは事実です」


「……分かっています」


 アンリは言った。


「それでも、大司教庁の支配下にいるよりは、良い未来があると信じています」




 オットーが加わり、正式な交渉が始まった。


「条件を提示します」


 賢は言った。


「一つ、三国は皇国の保護国となり、外交と防衛の権限を皇国に委譲します。

二つ、内政の自治は維持されます。ただし、経済政策については皇国との協調が必要です。

三つ、皇国は三国の工業化と医療制度の整備を支援します。

四つ、大司教庁からの報復に対して、皇国軍が防衛の責任を負います」


「見返りは」


 オットーが言った。


「何を求めますか」


「アウグスティア攻略への協力です」


 賢は言った。


「三国の軍を、皇国軍の指揮下で使わせてもらいます。加えて、内部情報の全面的な提供」


 アンリが頷いた。


「同意します」


「一つ、確認させてください」


 賢は言った。


「三国の民は、これを受け入れますか。保護国化は、独立の一部を失うことです」


「独立は、既に大司教庁に奪われていました」


 アンリは静かに言った。


「皇国の保護下の方が、まだ選択の余地があります」


 賢はしばらくアンリを見た。


「デシャントの国王は、70を超えていると聞いています」


「はい」


「彼が、蜂起を決断した理由は」


 アンリは少し考えた。


「陛下は仰いました。忠義か、民の命か、と」


 アンリは言った。


「陛下は、民を選びました」


 賢は少し間を置いた。


「……分かりました。条件を書面にします」




 三国の軍が、皇国軍の指揮下に組み込まれた。


 デシャント軍8千、ロンテール軍6千、グリランジュ軍7千。合わせて2万1千。

 装備は旧来のままだったが、地理と情報において、彼らは重要な役割を果たすことができた。


 フィリップ・ド・ロンテールが、統合軍の連絡将校として派遣されてきた。


 グスタフと初めて会った時、フィリップは深く頭を下げた。


「連合王国軍の一員として、多くの皇国兵を殺してきました」


 フィリップは言った。


「今更、共に戦えと言われても」


「戦場に立った者同士、それは分かる」


 グスタフは静かに言った。


「しかし今、あなたが必要なのは、アウグスティアの防衛体制についての知識だ。過去は過去として、今できることをしてほしい」


 フィリップは頷いた。


「アウグスティアの防衛は、大司教庁直属の聖騎士団と、義勇軍の残存部隊で構成されています」


 フィリップは地図を広げた。


「市街地は迷路のように入り組んでおり、大聖堂を中心に同心円状の防衛線が敷かれています」


「市街地戦になるか」


「なると思います」


 フィリップは言った。


「大司教庁は、聖都を最後まで守り抜くつもりです」



 賢はその報告を聞きながら、地図の上のアウグスティアを見た。


 大陸最大級の宗教都市。

 人口、推定40万。

 密集した石造りの街並み。

 狭い路地。大聖堂を中心とした複雑な防御構造。


 これまでの野戦とは、全く違う戦いになる。


「市街地戦の準備を始めます」


 賢はハンスに言った。


「特殊部隊の全戦力を投入します。同時に、通常師団にも市街地戦の訓練を急がせてください」


「民間人への対応は」


 ハンスが聞いた。


「40万人が、まだそこで生活しています」


 賢は言った。


「最大限、被害を抑える方法を考えます」




 その夜、颯人が賢の元に来た。


「三国が離反した話、聞いた」


 颯人は言った。


「聞いたか」


「良いことだと思う」


 颯人は率直に言った。


「力で潰すんじゃなくて、向こうから選んでくれた。それは、今までとは違う」


「そうだな」


「デシャントの王様が、忠義より民の命を選んだって聞いた」


 颯人は言った。


「それは、勇気のいる決断だったと思う」


「ああ」


 颯人はしばらく黙っていた。


「賢」


 颯人は言った。


「次はアウグスティアなんだろ」


「そうだ」


「市街地戦になる」


「ああ。市街地戦は避けられない」


「40万人が住んでる街だ」


 颯人は言った。


「化学兵器みたいなものは」


「使わない」


 賢は即座に答えた。


「市街地での化学兵器の使用は、民間人への被害が制御できない。今回は、精密な作戦で対応する」


「本当だな」


「本当だ」


 颯人は少し安堵したような顔をした。


「なら、今回も参加する」


 颯人は言った。


「聖都の中に、あの大司教がいるんだろ。停戦派の外務卿を処刑した男が」


「いるぞ」


「あいつを止める戦いなら、俺は行く」


 颯人は言った。


「分かった」


 颯人が立ち上がった。

 ドアに向かいながら言った。


「三国が離反したことで、少し希望が見えた気がする」


 颯人は言った。


「全部を力で押し潰すんじゃない道が、まだあるんだって」


「そうかもしれないな」


 賢は答えた。


 颯人が出ていった。


 賢は地図を見た。


 デシャント、ロンテール、グリランジュの領域が、新しく青く塗られていた。

 ピエル、ゼールル、コントゥーアは、まだ赤いままだった。

 そして地図の中心に、アウグスティアがあった。




 三日後、統合軍が南進を開始した。


 皇国軍12師団、特殊部隊全戦力、そしてデシャント、ロンテール、グリランジュの三国軍2万1千。


 総勢、15万を超える大軍が、アウグスティアを目指して進んだ。


 ルーカスは、機械化歩兵として進軍する中、隣を歩くデシャント兵と少しずつ言葉を交わすようになっていた。


「アウグスティアは、どんな街だ」


 ルーカスが聞いた。


「美しい街だ」


 デシャント兵は答えた。


「大聖堂の白い石壁は、どの角度から見ても神々しい。……だが、今はその美しさの裏に、何が隠れているか分かってしまった」


「腐敗のことか」


「そうだ」


 デシャント兵は静かに言った。


「俺たちは、その美しさに騙されていた」


 ヴォルクは、統合軍の中で、三国の兵士たちの匂いの違いを興味深く観察していた。


「人間は、国によって匂いが違うのか」


 エルナが聞いた。


「多少はな」


 ヴォルクは言った。


「でも、恐怖の匂いは、どこの国の人間も同じだ」


 賢は進軍する車列の中で、次の作戦を練り続けていた。


 アウグスティアの防衛体制、市街地の構造、民間人の分布。

 フィリップたちがもたらした情報を、全て地図に落とし込んでいった。


 颯人が、隣の車両から無線を入れてきた。


「進捗はどうだ」


「アウグスティアまで、あと5日だ」


 賢は答えた。


「5日か」


 颯人は言った。


「あの街で、何人が死ぬんだろうな」


「最小限に抑える」


 賢は言った。


「約束する」


「その言葉、信じる」


 颯人は言った。


 無線が切れた。


 賢は地図に視線を戻した。


 大陸最大の宗教都市、アウグスティア。


 そこに、大司教ゴットフリートがいる。

 正教会本部がある。

 処刑された停戦派の墓標がある。

 そして、40万人の民の日常がある。


 史上最大の市街地戦が、そこで始まろうとしていた。

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