↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄の産声と硝煙の改革  作者: 弾幕主義者(装弾数正義派)
シーヴィル連合王国編
PR
34/34

第34話 白亜の迷宮

 アウグスティアを望む丘陵に、統合軍の野戦司令部が設営された。


 賢は望遠鏡越しに、白い石造りの都市を見た。


 大聖堂を中心に、同心円状に広がる街並み。

 石畳の路地が幾重にも入り組み、三階建て以上の建物が密集していた。


 人口、推定40万。

 この大陸最大級の宗教都市が、目の前に横たわっていた。


「フィリップ殿からの情報を整理しました」


 ハンスが報告した。


「シーヴィル連合王国軍の残存兵力、ほぼ全てがアウグスティアに集結しています。推定7万から8万。加えて」


「加えて」


「大司教庁が死守命令を出しています」


 ハンスは続けた。


「敵前逃亡、命令違反者は、聖騎士団と魔法兵によってその場で処刑される。加えて、市民の一部が民兵として緊急徴兵されています」


「民兵の規模は」


「不明です。数千から、場合によっては万単位の可能性があります」


 賢は望遠鏡を下ろした。


「市街地の構造は」


「フィリップ殿の情報では、外周区画から中央の大聖堂に向かって、防御が段階的に強化されています」


 ハンスは地図を広げた。


「一部の区画では、既に焦土戦術が行われているとの報告があります。橋を落とし、家屋を焼き、進撃路を塞ぐ」


「民間人の避難は」


「進んでいません。むしろ大司教庁は、民の存在そのものを盾として利用しているように見えます」


 グスタフが地図を睨んだ。


「40万人の街だ」


 グスタフは低く言った。


「民兵と市民の区別がつかない。これまでの戦争とは、根本的に違う」


「分かっています」


 賢は言った。


「だからこそ、慎重に進めます。民間人への被害を最小限に抑える。それを今回の作戦の第一原則とします」




 夜明けとともに、統合軍が動いた。


 皇国軍12個師団、デシャント・ロンテール・グリランジュの三国軍2万1千、そして賢の特殊部隊、1個旅団の全戦力。

 総勢15万を超える大軍が、アウグスティアの外周に向かって前進した。


 まず特殊航空隊のF-22とF/A-18が、上空の制圧を確認した。

 シーヴィル側に有効な対空戦力はなく、制空権は即座に確立された。


 続いて皇国空軍が偵察を行い、外周区画の防御陣地の位置を特定した。


 砲兵が支援射撃を開始した。


 しかし今回の砲撃は、これまでの野戦とは規模が違った。


「市街地への無差別な砲撃はしません」


 賢は砲兵指揮官に命じた。


「確認された軍事目標のみを狙います。密集した住宅地区への面制圧射撃は行わない」


「それでは、進撃速度が落ちます」


 指揮官が言った。


「それでも構いません」



 地上部隊が外周区画に突入した。


 最初の抵抗は、想定より激しかった。


 石造りの建物の窓という窓から、弓矢と魔法が飛んできた。


 狭い路地は戦車の展開を阻み、機関銃の射線も限られていた。


 これまでの野戦で圧倒的な優位を築いてきた技術差が、市街地という迷路の中では、その効力を大きく削がれていた。




 ルーカスの分隊は、外周区画の一角で立ち往生していた。


 三階建ての建物が両側に迫る狭い路地で、前方の建物から矢が飛んできていた。


「二階の窓、右から二番目!」


 仲間が叫んだ。


 ルーカスは銃口を向けた。

 しかし引き金にかけた指が、一瞬止まった。


 窓の奥に、動く影があった。

 武器を持っているのか、それとも子供を抱えた住民が逃げ惑っているのか、判別できなかった。


「撃てないのか!」


「分からない、民間人かもしれない」


 その躊躇いの間に、別の窓から矢が飛んできた。

 隣の兵士の肩を貫いた。


「くそっ!」


 分隊長が叫んだ。


「威嚇射撃! 建物内の全員に退避を呼びかけろ!」


 拡声の魔道具で警告が流された。

 しかし路地の喧騒の中、どれだけの人間に届いたか分からなかった。


 結局、建物の中から複数の弓兵が飛び出してきた。

 粗末な鎧を着た、明らかに正規兵ではない者たちだった。


「民兵だ!」


 短い銃撃戦の末、制圧した。

 しかし建物の中を確認すると、弓を構えていなかった老人と子供が、部屋の隅で震えていた。


 ルーカスはその光景を見て、しばらく動けなかった。


「……今の判断、間違ってなかったよな」


 隣の兵士が呟いた。


 ルーカスは答えられなかった。


 肩を撃たれた仲間が、担架で運ばれていった。




 シーヴィル軍の若い兵士、ロランは、16歳だった。


 徴募されて三ヶ月。

 剣も満足に振れないまま、外周区画の防衛陣地に配置されていた。


 皇国軍の砲撃が始まった時、ロランは恐怖で動けなくなった。

 仲間が次々と倒れていく中、気づけば陣地を離れて路地の奥へと走っていた。


「逃げるな!」


 背後から声がした。


 振り返ると、聖騎士の紋章をつけた男が、剣を抜いて立っていた。


「陛下の名において、死守命令が出ている」


 聖騎士は言った。


「持ち場を離れた者は、敵に通じたと見なす」


「ち、違います、私は」


 ロランは震えながら言った。


「ただ、怖くて」


「恐怖は言い訳にならない」


 聖騎士が剣を振り下ろした。


 ロランは何かを言おうとしたが、言葉にする前に血が吹き出した。


 路地に、静寂が戻った。


 聖騎士は剣を鞘に収め、他の兵士たちに向かって言った。


「持ち場に戻れ。逃げる者は、これと同じ末路を辿る」


 残された兵士たちは、震えながら頷いた。


 誰も、それ以上何も言わなかった。


 その様子を、離れた場所から皇国軍の斥候が確認していた。


 報告が、賢の元に上がった。


「自軍による処刑が、複数の場所で確認されています」


 ハンスが言った。


「敵前逃亡者、命令違反者への見せしめのようです」


 賢はその報告を聞いた。


「……向こうは、退路を自ら断っている」


 賢は静かに言った。


「投降する選択肢を、大司教庁が奪っている」


「対応は」


「投降勧告を、より積極的に行います。逃げ場を作れば、それだけ抵抗が減ります」




 特殊部隊は、市街地戦の訓練を積んでいたとはいえ、想定を超える困難に直面していた。


 ヴォルクとエルナの班は、中央区画に向かって進んでいた。


「妙な匂いがする」


 ヴォルクが立ち止まった。


「金属と、油。罠の匂いだ」


「どこに」


「あの瓦礫の下」


 班長が慎重に接近を命じた。

 爆発物処理班が確認すると、崩れた家屋の瓦礫に、魔力を仕込んだ爆裂符が隠されていた。踏めば爆発する仕掛けだった。


「解除完了」


「先に進もう。だが警戒を緩めるな」


 ヴォルクが言った。


「この街全体が、罠かもしれない」


 実際、その懸念は的中していた。


 路地の随所に、簡易な仕掛けが施されていた。

 矢を放つ機構、崩落する建物、隠れた狙撃点。

 正規軍の戦術ではなく、市民や民兵が思いつくような、ゲリラ的な抵抗だった。


 エルナが屋根の上から狙撃位置を探していた時、隣の建物の屋根から矢が飛んできた。


「エルナ!」


 ヴォルクが引き倒すように伏せさせた。

 矢が頭上を掠めた。


 撃ち返した先で倒れたのは、正規の兵士ではなく、粗末な服を着た若い男だった。


「……民間人か」


 エルナが呟いた。


「弓を持っていた」


 ヴォルクは言った。


「持てば、戦う者になる。だが」


 ヴォルクは言葉を止めた。


 どちらも、正解のない問いだった。




 午後、南区画から黒煙が上がった。


 シーヴィル軍が、自ら区画に火を放っていた。

 皇国軍の進撃を遅らせるための焦土戦術だった。


 ヴォルクは遠くからその匂いを嗅ぎ取った。


「木材と、布と……」


 ヴォルクの表情が変わった。


「人がいる」


「まだ避難していない住民が」


 班長が言った。


「急ごう」


 特殊部隊が炎の中に突入した。


 崩れかけた家屋の中から、老人と子供を救出した。

 しかし全ての建物を確認する時間はなかった。


 炎が完全に消えた後、瓦礫の中から、

 逃げ遅れた住民の遺体がいくつも見つかった。


 誰が火をつけたのか。

 シーヴィル軍だった。

 しかし、そこに火をつけさせたのは誰なのか。


 その問いに、簡単な答えはなかった。




 特殊航空隊のF/A-18とA-10が、市街地上空で近接航空支援を行っていた。


 しかし密集した都市部での運用は、野戦とは全く異なる制約を伴った。


「目標確認できず」


 パイロットが無線で報告した。


「建物内に敵兵力の可能性があるが、民間人との混在が疑われる。攻撃許可を求めます」


 地上の観測班が答えた。


「確認が取れるまで待機」


「敵の攻撃を受けています、地上部隊が」


「もう少し待て」


 その数十秒の間に、地上では兵士が二名、負傷した。


 賢はその報告を受けながら、拳を握った。


 もし躊躇なく空爆していれば、地上の犠牲は防げたかもしれない。

 しかし建物の中に民間人がいれば、別の犠牲が生まれる。


 どちらを選んでも、誰かが失われた。


 A-10のパイロットが、別の目標について報告した。


「路地に武装した集団を確認。しかし服装が民兵と住民の中間のようで、判別が困難です」


「攻撃は保留」


 観測班が答えた。


「地上部隊による確認を優先」


 地上部隊がその集団に接近した時、既に集団は民家に紛れて消えていた。




 颯人は中央区画の手前で、誠司と涼介とともに戦っていた。


 路地を進む中で、颯人は何度も、判断を迫られた。


 ある建物から、武器を持った人影が飛び出してきた瞬間、颯人は反射的に剣を構えた。

 しかしその人影は、鍋を振り上げた中年の女性だった。


 颯人は寸前で剣を止めた。


「……危なかった」


 颯人は息を吐いた。


 女性は恐怖で泣きながら、鍋を落として逃げていった。


 誠司が颯人の隣に来た。


「大丈夫か」


「大丈夫じゃない」


 颯人は正直に言った。


「今、もう少しで、丸腰の女性を斬るところだった」


「俺も同じような場面が何度もあった」


 誠司は言った。


「《魔眼》で見ても、恐怖と敵意の区別が難しい時がある」


 涼介が《鉄壁》で仲間を守りながら言った。


「これが、賢の言っていた市街地戦か」


「野戦とは違う」


 颯人は言った。


「これは、敵と味方の線引きが、最初から曖昧なんだ」


 路地の先から、また矢が飛んできた。

 涼介が前に出て受け止めた。


「今の一発、あの建物の三階からだ」


 誠司が言った。


「魔力の反応がある。正規の魔導兵かもしれない」


 颯人が突入した。


 三階の部屋には、確かに魔導兵の装束を着た男がいた。

 しかしその足元には、盾になるように、子供が立たされていた。


 颯人は動きを止めた。


 魔導兵が颯人に向かって術式を放とうとした瞬間、涼介が颯人の前に割り込み、《鉄壁》で受け止めた。


 その隙に、誠司が魔導兵の術式を《魔眼》で無効化した。


 颯人が踏み込み、魔導兵だけを正確に無力化した。

 子供は無事だった。


 しかし颯人の手は、震えていた。


「……子供を、盾にした」


 颯人は低く言った。


「あの魔導兵は、子供を盾にしたんだ」


「向こうも、追い詰められてる」


 誠司は静かに言った。


「それでも」


 颯人は言った。


「こんな戦争、俺は」


 言葉が続かなかった。



 日が落ちる頃、初日の戦況報告が賢の元に集まった。


「皇国軍の死傷者、850名」


 ハンスが読み上げた。


「三国軍の死傷者、361名。特殊部隊、負傷41名」


 賢はその数字を見た。


 これまでの野戦とは、桁が違った。

 モンデブーレとの野戦で二日間の損害が200人台だったことを思えば、市街地戦一日でその4倍以上の損害が出ていた。


「占領できた区画は」


「外周の三割程度です」


 ハンスは言った。


「進撃は、想定より大幅に遅れています」


「原因は」


「三つあります」


 ハンスは言った。


「一つ、市街地の構造そのものが防御に適しており、技術差の優位が発揮しにくい。二つ、民兵と民間人の区別がつかず、部隊が慎重にならざるを得ない。その慎重さが、判断の遅れとなって損害につながっている。三つ、シーヴィル側の死守命令と処刑による締め付けで、抵抗が想定以上に苛烈です」


 グスタフが低く言った。


「このままの速度では、占領完了まで1ヵ月以上はかかる。その間、我が方の損害は増え続ける」


 賢は地図を見た。


 外周のわずか三割。

 中央の大聖堂まで、まだ遠かった。


「民間人への被害を最小限に抑える」


 賢は静かに繰り返した。


「その原則を守りながら、この速度で進めば」


「進めば」


 オットーが無線越しに言った。


「皇国兵の犠牲が、際限なく増えます」




 その夜、賢は野戦司令部で一人、地図を見つめていた。


 初日の死傷者数を、何度も見返した。


 850名。


 これまでの戦争で、皇国側の一日の損害としては最大だった。

 そして、まだ外周区画すら制圧しきれていない。


 このままの方法を続ければ、40万人の街を落とすまでに、どれだけの皇国兵が死ぬのか。


 賢は計算した。


 答えは、これまでの想定を大きく上回っていた。


 颯人が、天幕の入り口に立っていた。

 いつから来ていたのか、賢は気づいていなかった。


「今日、何人死んだ」


 颯人が言った。


「皇国兵だけで、850名も死んだ」


 颯人は黙って、その数字を受け止めた。


「俺も今日、何度も判断を迫られた」


 颯人は言った。


「丸腰の女性を斬りそうになった。子供を盾にされた。誰が敵で、誰が違うのか、最後まで分からないまま剣を振るった」


「そうか」


「明日も、同じことが続くのか」


 賢は答えなかった。


 颯人が賢を見た。


「賢、お前は今、何を考えている」


 賢はしばらく黙っていた。


 地図の上、外周のわずかな青い部分と、まだ広く残る赤い部分を見た。


「……明日からは、違う方法を検討する」


 賢は静かに言った。


「違う方法、とは」


「まだ、決めていない」


 賢は言った。


「ただ、今日と同じやり方を続ければ、皇国兵の犠牲は止まらない。民間人への被害を最小限にする原則と、兵の命を守るという原則が、今、正面から衝突している」


 颯人の表情が、強張った。


「まさか」


「まだ、何も決めていない」


 賢は繰り返した。


「ただ、考える必要がある」


 颯人は長い間、賢を見ていた。


「……その考えの先に、俺がついていけないものがあるなら」


 颯人は静かに言った。


「先に言ってくれ。この前みたいに、後から知るのは嫌だ」


「約束する」


 颯人が天幕を出ていった。


 賢は一人、地図に向き直った。


 850人という数字が、頭から離れなかった。


 明日も、同じ速度で進めば、同じだけの犠牲が出る。


 賢は珍しく頭を抱えた。


 次は何をするべきか、まだ答えは出ていなかった。


 ただ、今日の方法では、この街を落とせないことだけは、はっきりしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。