第31話 大艦巨砲主義者
賢が大艦巨砲主義者であることを、知っている人間は少なかった。
普段は効率と結果だけで動く賢にとって、大艦巨砲主義は理論を感情が上回った、唯一のロマンであった。
グスタフは知らなかった。
オットーは薄々感じていたが確認していなかった。
颯人は全く知らなかった。
唯一、海軍大将クリストフだけがはっきりと知っていた。
三年前、賢が最初に海軍の設計方針を示した時、クリストフは驚いた。
「これは……戦艦、ですね」
「そうです」
賢は答えた。
「大きすぎる」
クリストフは図面を見ながら言った。
「全長300m以上。排水量が……これは現実的ですか」
「魔力強化型蒸気タービンを動力に使えば、可能です」
賢は言った。
「通常の蒸気タービンを大型化してエネルギー効率も高めたものです。船体の鋼鉄も、皇国の製鉄技術で作れる水準に達しています」
「主砲が51cm三連装砲。それを4基。」
クリストフは首を振った。
「これは何を想定しているのですか」
「この世界で起こりうる最大規模の海戦です」
賢は静かに言った。
「それに備えます」
「いつ必要になりますか」
「3年から4年後と見ています」
「3年で、この艦を」
「二隻、作ります」
クリストフが設計図を見た。
「……予算は」
「秘密予算から出します。他の省庁には知らせません」
「なぜ秘密に」
「知られれば、無駄だという声が上がります。陸軍に予算を回せという話になる」
賢は言った。
「しかし海が制圧できなければ、陸の勝利は半分の意味しかありません」
クリストフはしばらく図面を見た。
「……分かりました。やります」
3年かけて、2隻が完成した。
一番艦、ゲールアライヒ。
全長350m。
満載排水量、約15万t。
主砲は51cm三連装砲が4基、12門。
副砲として20cm砲を24門、対空砲として10cm砲を多数搭載。
大和の全長が263m、排水量が7万2000tだった。
それを優に超える艦が、皇国の造船所から生まれた。
二番艦、アルクハイン。
同型艦で、同等の武装を持つ。
両艦は進水の翌日から、極秘の訓練航海に出た。
乗員は全員、口外を禁じられていた。
シーヴィル連合王国の海軍は、この大陸で最大規模だった。
ガレオン船150隻。
魔力帆装を持つ大型船が主力で、最大のもので全長60mを超える。
搭載する青銅砲は一隻あたり最大40門。
大陸の海で長年覇権を握ってきた艦隊だった。
他に小型のブリッグ船とガレー船が合わせて100隻以上。
総勢250隻近い大艦隊だった。
停戦交渉が進む裏で、シーヴィルはその艦隊を動かしていた。
地上での突破が難しいと判断した総司令官オーレンの方針に従い、海軍が皇国の側面を突く計画が動いていた。
皇国の西海岸を突いて、補給線を断つ。
あるいは直接、テルノッホ港を叩く。
そちらから皇国に圧力をかける。
シーヴィル海軍提督、アンブロワーズ・ド・ラ・メールが旗艦の甲板に立ち、艦隊を見渡した。
70代の老提督だった。
50年以上海軍に仕え、数十の海戦を経験してきた。
この大陸の海を知り尽くしていた。
「これだけの艦隊が出れば、どんな敵も」
アンブロワーズは呟いた。
「皇国の海軍は三隻の装甲艦が主力と聞いています」
副官が言った。
「あの艦は厄介でしたが、この数では」
「数で押せる」
アンブロワーズは頷いた。
「包囲して、数の力で沈める」
テルノッホ港。
クリストフは艦橋に立ち、停泊した二隻の超大型戦艦を見ていた。
「出港の準備ができています」
副官が言った。
「賢殿からの最終確認は」
「先ほど入りました。行けとのことです」
クリストフは少し笑った。
「三年待った。やっと使える」
艦隊の全容を確認した。
超大型戦艦、戦艦ゲールアライヒと戦艦アルクハイン。
先の戦争から更新された装甲戦艦3隻。
巡洋艦相当の中型艦が6隻。
駆逐艦相当の小型艦が18隻。
潜水艦が4隻。
規模はシーヴィル艦隊の半分以下だった。
「出港します」
クリストフは言った。
「全艦、港外に展開」
シーヴィル艦隊が皇国西海岸に向かっていた時、偵察機が報告を上げた。
「南方から皇国艦隊が接近しています。先頭に……見たことがない形の大型艦が二隻。後続に中型、小型が続いています」
アンブロワーズが双眼鏡を向けた。
水平線に、何かが見えた。
最初は黒い点だった。それが徐々に大きくなり、輪郭を持ち始めた。
大きかった。
アンブロワーズが五十年の経験で見てきた全ての艦より、遥かに大きかった。
「……なんだ、あれは」
副官が双眼鏡を向けた。
「全長が……350mもあります。何度測っても、それだけの値になります」
「そんなことが……ありえん……」
アンブロワーズは呟いた。
「主砲の砲塔が4基見えます。一基あたり三門。口径は」
副官が止まった。
「…………約50cmはあります」
アンブロワーズが双眼鏡を下ろした。
「あんなものが、皇国にあったのか」
報告が艦隊全体に広がった。
ガレオン船の甲板に立つ将校たちが、双眼鏡で水平線を見た。
皇国の超大型戦艦が、まっすぐに向かってくる姿が見えた。
黒い巨体が、海を割るように進んでいた。
煙突から黒煙を上げ、帆もなく、風向きとは無関係に一定の速度で近づいてくる。
見た者の多くが、声を失った。
両艦隊の距離が30kmになった頃、クリストフは命令を出した。
「主砲、第一射撃準備」
戦艦ゲールアライヒの12門の主砲が、砲塔を旋回させた。
「目標、敵先頭艦隊。距離2万8000。弾種、榴弾。全門斉射」
砲術長が確認した。
「距離、修正完了。照準固定」
「全門、撃て」
12門の51cm砲が、一斉に火を噴いた。
轟音が海を揺るがした。
砲煙が艦橋を白く包んだ。
51cm榴弾、重量2tにも迫る砲弾が12発、弧を描いて飛んだ。
射程40kmはある主砲が、28km先の目標を狙っていた。
シーヴィルのガレオン船は、その距離で砲撃を受けることを想定していなかった。
最大射程の青銅砲でも、5km限界だった。
20秒後。
シーヴィル艦隊の先頭集団に、水柱が立ち上がった。
散布界の中に、三発が直撃した。
ガレオン船が爆発した。
木造の船体に、2tの榴弾が直撃した瞬間、船は原形を留めなかった。中央部が砕け、帆柱が空に吹き飛び、船体がバラバラになって海に沈んでいった。
アンブロワーズは双眼鏡でその光景を見ていた。
仲間の艦が、一撃で沈んだ。
「距離は」
アンブロワーズは絞り出した。
「2万5000以上です」
副官が震える声で言った。
「2万5000で、あんな砲弾が」
アンブロワーズは言った。
50年の経験が、今日初めて役に立たなかった。
「前進しろ」
アンブロワーズは決意した。
「近づかなければ、こちらの砲が届かない。速力最大で突撃する」
「しかし近づく間に、何発食らいますか」
「それでも、前に出るしかない」
シーヴィル艦隊が速力を上げた。
250隻の艦が、皇国艦隊に向かって突撃を始めた。
魔力帆装が最大限に展開され、速力が上がった。
しかし、28kmから2kmまで近づくには、時間がかかった。
その間、皇国戦艦の主砲は止まらなかった。
砲術長のピエールは、射撃計算を繰り返した。
51cm砲の装填時間、約30秒。1分間に二斉射できる計算だ。12門が二斉射で、1分間に24発。
「第二斉射、準備」
「照準修正完了」
「撃て」
また轟音。
また水柱。
今度は四発が直撃した。
ガレオン船二隻が砕け散り、一隻が真っ二つになって沈んだ。
「第三斉射」
副砲の20cm砲が、より近い距離に向けて射撃を開始した。
距離1万5000。20cm砲の射程内に入った先行するガレオン船に、副砲が火を向けた。
20cm砲は装填が速かった。連続した砲声が響いた。
中型のガレオン船が副砲の弾幕を受けた。
木造の船体が砲弾に耐えられるはずがなかった。
一発、二発、三発。
船体に穴が開き、浸水が始まり、傾いていった。
戦艦アルクハインも主砲を撃ち続けた。
二隻の超大型戦艦が交互に斉射することで、射撃の間隔を詰めた。
シーヴィル艦隊の先頭集団が、次々と沈んでいった。
アンブロワーズの旗艦は距離5000まで近づいていた。
周囲の艦が、次々と沈んでいた。
しかし老提督は旗を降ろさなかった。
「魔導砲手、準備!」
アンブロワーズは叫んだ。
「魔力を砲弾に込めろ! この距離なら届く!」
シーヴィル艦の魔導砲手たちが魔力を青銅砲の砲弾に込めた。
魔力を込めた砲弾は通常より射程が伸び、威力が増した。
一斉射撃。
魔力の光を帯びた砲弾が、戦艦ゲールアライヒに向かった。
当たった。
しかし。
クリストフは衝撃を感じた。
「損害報告」
「第二砲塔付近に着弾。装甲板の損傷はありません。乗員の軽傷者3名」
「装甲は」
「問題ありません。続けてください」
戦艦ゲールアライヒの装甲板は、46cm砲弾の直射にも耐える設計だった。
5kmから放たれた青銅砲弾と魔力の組み合わせでは、貫通できなかった。
アンブロワーズは双眼鏡で、着弾した場所を見た。
皇国の超大型戦艦が、無傷で砲を向けていた。
「効いていない」
副官が呻いた。
「副砲がこちらに…」
アンブロワーズは言いかけた。
その瞬間、皇国戦艦の副砲が近距離射撃を行った。
20cm砲弾が、5kmから旗艦に飛んだ。
船体中央部に直撃した。
木造の船体が砕けた。
爆発が起き、甲板に火が走った。
アンブロワーズは吹き飛ばされ、甲板に倒れた。
起き上がろうとした。
腕が動かなかった。
空を見上げた。
青い空に、煙が立ち上っていた。
「……下がれ」
アンブロワーズは呻いた。
「全艦、退け」
「提督!」
副官が駆け寄った。
「退けと言っている」
アンブロワーズは繰り返した。
「これ以上、人を死なせるな」
海戦が始まってから三時間後、逃げ始めたシーヴィル艦隊を潜水艦が追った。
皇国の潜水艦4隻が、シーヴィル艦隊の退路に回り込んでいた。
水中から酸素魚雷を発射した。
魚雷は、水面下を走り、ガレオン船の喫水線下に当たった。
爆発が起き、船底から浸水した。
木造船は、喫水線下への攻撃に対して無防備だった。
「目標、大型ガレオン。魚雷一番、発射」
轟音。
水柱。
大型ガレオンが急速に傾いた。
「目標変更。次の艦、魚雷二番、発射」
海戦は五時間で終わった。
クリストフが結果を集計させた。
「シーヴィル艦隊の損害」
副官が読み上げた。
「撃沈、108隻。撃破、46隻。逃走に成功したのは102隻。ただし逃走艦の多くが損傷しています。アンブロワーズ提督は重傷で、既に艦から退避しています」
「皇国側は」
「戦艦ゲールアライヒに副砲弾の着弾あり、軽傷者三名。戦艦ベルフストは無傷。他の艦は軽微な損傷のみ。戦死者は、駆逐艦一隻が魔法攻撃を受けて乗員8名が戦死しています」
クリストフは数字を聞いた。
「8名か」
静かに言った。
「はい」
「向こうは何人沈めた」
「溺死者を含めると、推定1万5000以上です」
副官が言った。
クリストフは海を見た。
煙が漂い、木材と帆の残骸が浮かんでいた。
「救助隊を出せ」
クリストフは言った。
「生存者を全員救助する。敵味方の区別はない」
海戦終了の報告が、賢の元に届いた。
地上では、停戦交渉の場がようやく設けられていた。
賢はその報告書を読みながら、交渉の席に着いていた。
「海戦の結果が出ました」
副官がメモを渡した。
賢は内容を確認し、交渉相手のシーヴィル外務官に渡した。
外務官が読んだ。
顔色が変わった。
「……艦隊が」
「108隻が撃沈、46隻が撃破されました」
賢は静かに言った。
「生存者は全員救助しています。アンブロワーズ提督も救助されました。重傷ですが、命に別条はありません」
外務官が押し黙った。
「交渉を続けますか」
賢は聞いた。
「それとも、また別の手を試みますか」
外務官は何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
後日、外務官は皇国に亡命した。




