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鋼鉄の産声と硝煙の改革  作者: 弾幕主義者(装弾数正義派)
シーヴィル連合王国編
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30/35

第30話 28万の軍旗

 秋の朝、使者が皇国大使館の跡地に立った。


 シーヴィル連合王国の外務卿が、皇国への正式な書状を持ってきた。

 大使館はすでに閉鎖されていたため、書状は国境の検問所で皇国の国境警備隊長に手渡された。


 書状の内容は簡潔だった。


 『シーヴィル連合王国は、皇国の以下の行為を国際法に反する侵略と認定する。


 正教会聖都への内政干渉。

 魔族領への非合法な侵略と植民地化。

 そして、皇国教会の不当な独立による正教会への挑戦。


 よってシーヴィル連合王国は、ゲールアライヒ皇国に対し、戦争状態に入ることを宣言する。』


 書状がベルフストの参謀本部に届いたのは、宣戦布告から三時間後だった。



 賢はその書状を読み、机に置いた。


「想定通りです」


 賢は言った。


 グスタフが地図を広げた。


「連合王国軍の動向は」


「国境三か所で同時に移動を開始しています。先遣隊が国境を越えた報告が、一時間前に上がっています」


「規模は」


「先遣隊だけで4万以上。後続が続いています。全体が展開するまで、3日から5日かかると思われます」


「合計28万か」グスタフが低く言った。「我が軍の約2.5倍だ」


「数だけはそうです」


 賢は言った。


「ただし技術差は、モンデブーレ以上です。彼らは銃火器をほとんど持っていない」


「魔導兵は多い」


「そうです。人口2600万の潤沢な人的資源から徴募した魔導兵は、数だけで言えば我が軍を上回ります。問題はそこです」


「どう対処する」


「守ります」


 賢は言った。


「まず守る。攻めるのは、次の段階です」




 宣戦布告の一週間前から、皇国軍は南西部国境に沿って防衛線の構築を進めていた。


 賢が設計した防衛ラインは、第一次世界大戦の塹壕戦術を基にしていた。


 縦深3kmにわたる三層の防衛ライン。

最前線の第一線は連絡塹壕と火点からなる。

その後方2kmに第二線、さらに1km後方に第三線。

 各ラインが鉄条網と地雷原で前面を覆われ、機関銃陣地が交差射撃できる位置に配置されていた。


 砲兵は第三線の後方に展開し、前線への支援射撃を行える態勢だった。



 第一師団の陣地で、ルーカスは塹壕を掘り続けていた。


 深さ1.8m、幅1.2m。木材で補強され、銃眼が設けられていた。

 5日間で、延々と続く塹壕が姿を現した。


「これが戦場か」


 隣の兵士が言った。


「穴の中で戦うのか」


「飛び出せば魔導兵の的になる」


 ルーカスは言った。


「ここから撃つ。それが今回の戦い方だ」


「でも敵は28万だぞ」


「俺たちの機関銃一丁が、向こうの百人分の力がある」


 ルーカスは言った。


「教習所でそう習った。数は関係ない、ここまでは」


「ここまでは、というのは」


「やつらが銃を持ち始めたら、話は変わる。でも今は持ってない」



 防衛ラインの後方に、重砲陣地が整備された。


 RCH 155。

 賢がスキルで生成した自走式の155mm榴弾砲で、全自動の装填システムを持つ現代の装備だ。

 賢の特殊部隊に配備されているこの砲は、通常の皇国軍の榴弾砲より遥かに高い射撃速度と精度を持っていた。


 砲術士官のリッカルドが、特殊部隊の砲兵班と通常師団の砲兵を統括していた。


「射撃諸元の確認をします」


 リッカルドは言った。


「第一優先目標は、密集した歩兵の縦隊。第二優先は魔導兵の集結地点。第三は指揮官旗が見える場所」


「射撃距離は」


「最前線から10km後方での展開を予定しています。RCH 155の射程は40km以上ありますので、後方の集結地点まで届きます」




 宣戦布告から二日後、連合王国軍の先遣隊が本格的に動いた。


 国境を越えた先遣隊、4万2000名が三列の縦隊を作って前進してきた。

 先頭に重装甲の騎兵、その後ろに魔導兵の密集隊形、最後尾に弓兵と槍歩兵。

 昔ながらの戦術そのままの編成が、草原を埋めていた。


 皇国軍の観測員が報告を上げた。


「目視で4万以上。縦隊三列。速度は遅い。戦列を組みながら前進しています」


「射撃開始まで距離を確認」


「現在距離、8km。砲兵の射程内に入りました」


「砲撃開始」



 155mm榴弾砲と通常師団の野戦砲が、一斉に火を噴いた。


 縦隊で前進する歩兵の密集隊形に、砲弾が降り注いだ。


 密集した人馬の中で爆発が起きた。


 連合王国軍の先頭部隊が乱れた。

 密集していた騎兵の隊形に砲弾が当たり、次々と倒れた。


 しかし後続は止まらなかった。

 隊形を保ちながら、押し潰すように前進を続けた。


「数で押してくる」


 グスタフが低く言った。


「倒れても、後ろから来る」


「想定内です」


 賢は言った。


「塹壕まで引きつけます」



 連合王国軍が500mに迫った時、皇国軍の機関銃陣地が一斉に火を噴いた。


 左右に配置された機関銃(12.7×99mm)が交差射撃を行い、前進してくる縦隊に横方向からの弾幕を叩き込んだ。


 密集した縦隊に対して、機関銃(12.7×99mm)の火力は壊滅的だった。


 先頭列が崩れた。

 二列目が前の者の上に折り重なった。

 三列目が止まった。


 それでも、後ろから来る数に押されて、前の者が押し出された。


 連合王国軍は、死体の上を踏んで前進した。



 ルーカスは塹壕の銃眼から小銃(ボルトアクション)を撃ち続けた。


 見えるものを撃った。

 狙う余裕はなかった。

 ただボルトを動かして、来る方向に撃つだけだった。


 「弾薬!」


 隣の兵士が叫んだ。


 後方から弾薬箱が送られてきた。

 クリップを押し込んで装填し、撃つ。

 またボルトを動かして撃った。


 機関銃の音が途切れた。


「過熱(オーバーヒート)! 銃身交換!」


 機関銃手が叫んだ。


 予備の銃身に交換するまでの十数秒、機関銃が止まった。

 その隙に前進した魔導兵が魔法を放った。


 塹壕の一部が爆発した。

 三人が吹き飛んだ。


「魔導兵、三時方向!」


 ルーカスは銃口を向けた。

 魔導兵が術式を組み立てようとしていた。

 引き金を引いた。


 魔導兵が倒れた。


「交換完了!射撃再開!」


 再び弾幕(12.7×99mm)が走った。



 夕方、連合王国軍の第一波が退いた。


 損害の集計が上がってきた。


 連合王国軍の推定死傷者、5000名以上。皇国軍の死傷者、254名。


「数字通りだ」


 グスタフは静かに言った。


「問題は明日以降です」


 賢は言った。


「相手は28万います。今日の損害を出し続けても、まだ25万以上残る。疲弊させるには時間がかかります」


「航空支援を使うか」


「使います。ただし今日は航空部隊の位置を秘匿しました。明日、彼らが航空戦力を出してきた時に初めて動かします」



 翌朝、連合王国軍が二度目の攻勢を始めた。


 今度は航空部隊が先行した。


 連合王国軍の竜騎兵航空隊が、皇国軍の前線上空に現れた。


 300頭以上の翼竜が、密集した編隊を作って飛来した。

 騎手が魔法の爆裂符を持ち、前線の塹壕と砲兵陣地を叩こうとしていた。


 皇国側の航空隊が動いた。



 皇国軍の航空師団は、前の戦争から大幅に刷新されていた。


 生物兵器的な位置づけだった従来の竜騎兵に加え、機械化航空支援の概念が加わっていた。


 重武装竜騎兵。


 翼竜の背に、機関砲(20mmチェーンガン)を搭載した特製のフレームを取り付けた。

 騎手は翼竜を操ることに専念し、射撃は副座の砲手が担当する。

 速度は通常の竜騎兵と変わらないが、火力が根本的に異なった。


 これが、1930年代初頭の戦闘機に相当する役割を果たした。


「航空師団、出撃」



 皇国の重武装竜騎兵60頭が、迎撃のために上昇した。


 連合王国の竜騎兵300頭と、高度1000mで交戦が始まった。


 連合王国の竜騎兵は数の優位を活かして包囲しようとした。

 しかし皇国の重武装竜騎兵は、機関砲の火力で遠距離からの制圧を行った。


 連合王国の騎手が魔法の爆裂符を投げようとした瞬間、機関銃弾が騎手を貫いた。

 翼竜が制御を失い、旋回して落下した。


 数では劣るが、射程と火力で圧倒していた。


 しかし5倍の数の差は埋まらなかった。

 皇国の重武装竜騎兵が消耗し始めた。



 賢は地上から空の状況を見ていた。


「連絡を」


 賢は言った。


「特殊航空隊、出撃タイミングです」


 無線が飛んだ。


「特殊航空第一隊、F-22、6機出撃」


「特殊航空第二隊、F/A-18、8機出撃」



 F-22ラプターが高高度(15000m)から接近した。


 連合王国の竜騎兵300頭が交戦中の空域に、ステルス機が遠距離から捕捉した。

 竜騎兵には感知できなかった。


 先頭のF-22がAIM-120アムラームを発射した。


 白い煙が高高度を走った。


 翼竜が爆発した。


 竜騎兵が動揺した。

 仲間が、何も見えない方向から突然爆発した。

 何が起きているか分からなかった。


 二発目、三発目が続いた。


 翼竜が次々と空から落ちた。


「何だ! どこから来る!」


 連合王国の竜騎兵の統率が乱れた。

 隊形が崩れた。



 そこにF/A-18が現れた。


 高速で飛来するF/A-18は、竜騎兵の目には見えた。

 しかしその速度が問題だった。

 最速の翼竜でも到底追いつけない。


 F/A-18がAIM-9Cサイドワインダーを発射した。

 近距離用のS(セミ)A(アクティブ)L(レーダー)H(ホーミング)ミサイル。

 現代ではあまり使われなかったが、こちらでは適任のミサイルだった。


 ミサイルが翼竜を追った。

 翼竜は自分が追われている原理を知らなかった。

 逃げようとしても、ミサイルが追いかけてきた。


 8機のF/A-18が交互に射撃した。


 残った連合王国の竜騎兵が逃げ始めた。

 しかしF-22が高高度からさらにアムラームを発射した。


 逃げる翼竜を、追って撃った。



 30分後。


 連合王国軍の竜騎兵航空隊は壊滅していた。


 200頭以上が空から落ちた。

 生き残った竜騎兵が後方に逃げ帰った。


 皇国の重武装竜騎兵の損害は、15頭。


 F-22とF/A-18の損害は、ゼロ。



 地上から空を見上げていたグスタフが、静かに言った。


「……制空権を確立した」


「はい」


 賢は答えた。


「連合王国の航空戦力は今日で機能しなくなります。残った竜騎兵は、このF-22とF/A-18への恐怖で出てこられなくなります」


「あの機体を見た兵士たちの反応はどうだろう」


「味方の兵士も、驚いていると思います」



 ルーカスは塹壕の中で空を見上げていた。


 F/A-18が頭上を超音速で通過した瞬間、塹壕全体が衝撃波(ソニックブーム)を感じた。


「なんだ、今のは」


 隣の兵士が言った。


「特殊部隊の機械だ」


 ルーカスは言った。


「賢殿が生成できる武器の一つだ」


「あれが、人間の作ったものか」


「この世界の人間の物ではない」


 ルーカスは言った。


「別の世界の技術だ」


 空で翼竜が次々と落ちていた。

 爆発の音が遠く聞こえた。


 対面の連合王国軍の兵士たちも、空を見上げていた。


 整然と前進しようとしていた縦隊が、動揺して止まった。

 自分たちの竜騎兵が次々と落とされる光景を、地上から見ていた。


「進めない」


 連合王国軍の中から声が上がった。


「空が、やられている!」


「押し進め!」


 指揮官が叫んだ。


「地上戦に空は関係ない!」


 しかし動揺は収まらなかった。

 整然とした縦隊が崩れ始めた。



 連合王国軍の魔導兵が術式を組み立てようとした。

 しかし上空にF/A-18が見えた瞬間、集中が乱れた。


 崩れかけた魔法が誤射された。

 味方の列に当たった。


 さらに混乱が広がった。



 航空制圧が確立されたと判断した賢は、次の命令を出した。


「AH-64(アパッチ)、出撃。地上の密集部隊に対する近接航空支援を開始します」


 AH-64アパッチが12機、低高度で飛来した。


 ヘリコプターは翼竜より遥かに機動性が高く、木々の間や地形の起伏を利用した低空飛行ができた。


 動揺して密集したままになっている連合王国軍の後続部隊の上空に現れた。


 ヘルファイアミサイルが発射された。


 密集した騎兵の中で爆発が起きた。


 続けてM230チェーンガンが掃射した。


 機関砲弾(30×113mm)が地面を走った。


 連合王国軍の後続が、大きく乱れた。



 AH-64のコクピットで、パイロットが目標を確認し続けた。


「第二目標、魔導兵の集結点。ヘルファイア、発射」


 爆発。


「第三目標、指揮官旗あり。チェーンガン、射撃」


 指揮官旗が消えた。


 AH-64は低速でホバリングしながら目標を選択し、次々と射撃を行った。



 日が落ちる頃、連合王国軍が引き始めた。


 二日間の損害集計が上がってきた。


 連合王国軍の損害、推定1万2000名以上の死傷者。

 竜騎兵航空隊は壊滅。

 指揮官クラスの死傷が複数。


 皇国軍の損害、死傷者合計288名。


 グスタフが静かに数字を見た。


「……これは虐殺に近い」


 グスタフは言った。


「技術差がそうします」


 賢は答えた。


「止めることはできません」


「止める必要はない。ただ、認識しておく必要がある」


「そうですね」




 颯人が司令部に来た。


「今日の空の戦いを見た」


 颯人は言った。


「どうだった」


「言葉がない」


 颯人は静かに言った。


「あの空の機械が現れた瞬間、相手の竜騎兵が次々と落ちていった。あれは戦いじゃなかった。一方的だった」


「そうだ。一方的な戦いになった」


 賢は言った。


「向こうは、知らなかったんだ」


 颯人は続けた。


「あんな兵器があることを。知らないまま、前に出てきた」


「だろうな」


「知らせることはできなかったのか。事前に」


「知らせれば、戦争自体を回避できた可能性は、少しはあっただろう」


 賢は言った。


「だが連合王国が宣戦布告したのは、皇国の力を侮ったからでもある。完全に伝えていれば、今日の戦いは起きなかったかもしれない。しかし別の形の問題が起きたかもしれない」


「その判断は」


「俺が決めた」


 颯人は少し黙った。


「俺は戦場に出なかった」


 颯人は言った。


「今日は、お前の特殊部隊と皇国軍だけでやった」


「そうだ」


「俺がいなくても、こうなる」


 颯人は静かに言った。


「それは、良いことなのか、悪いことなのか、俺には分からない」


「どちらでもいい」


 賢は答えた。


「結果として、皇国の損害が少なかった。それが目標だった」


「お前の目標は分かった」


 颯人は言った。


「俺の目標は、別のところにある気がする」


「どこにあるんだ?」


 颯人は答えなかった。


 窓の外の夕空を見た。


 どこかでまだ、翼竜の羽ばたく音が遠くに聞こえた気がした。




 連合王国軍の野戦司令部では、総司令官のオーレン・ド・シーヴィルが部下の報告を聞いていた。


 50代の将軍で、連合王国最高の軍事指揮官と呼ばれていた人物だった。


「竜騎兵の損害は」


「生還したのは58頭です。242頭が撃墜されました」


 副官が震える声で言った。


「何が撃墜した」


「金属の翼を持つ鳥のような機械が現れました。速度が翼竜の何倍もあります。竜騎兵は追いつけず、何の攻撃もできませんでした」


 オーレンが沈黙した。


「地上の損害は」


「二日間で1万2000以上です。敵の防衛線に近づいた部隊が、見えない方向から次々と倒されています。剣と魔法では、あの防衛線を突破できません」


「正教会から来た義勇軍は」


「既に動揺しています。竜騎兵が全滅したことで、士気が大きく下がっています」


 オーレンは地図を見た。


 皇国軍の防衛ラインが、書き込まれていた。


「皇国軍の兵力は我々の半分以下だ」


 オーレンは言った。


「なぜ、この防衛線が破れない」


「技術が違います」


 副官は言った。


「剣や魔法では、あの銃を使った戦術を崩せません」


 オーレンは長い間、地図を見ていた。


「……使者を送れ」


 やがて言った。


「降伏ですか」


「違う」


 オーレンは言った。


「停戦交渉だ。しかし交渉と並行して、別の手を打つ。海からだ」




 深夜、賢は司令部で翌日の計画を立てていた。


 オットーから無線が来た。


「シーヴィルから停戦交渉の打診が来ています」


「受けます」


 賢は答えた。


「ただし条件を高く設定します。彼らが呑めない条件を提示し、時間を稼ぎます。その間に、次の段階の準備を進めます」


「海軍が必要になりますね」


「そうです。次は海からです」


 賢は言った。


「海軍に連絡を取ってください。シーヴィル連合王国の西海岸への展開準備を開始してもらいます」


「了解です」


 賢は地図を広げた。


 シーヴィル連合王国の輪郭が、赤い線で囲まれていた。


 地上では守る。

 海では攻める。

 空では制する。


 三方向からの圧力が、やがて連合王国を動かす。


 そのタイミングを、賢は計算し始めた。

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