第3話 謁見
謁見の間は、朝の光の中でも威圧感を失わなかった。
高い天井から差し込む採光窓の光が、磨き上げられた石床に長い影を落としている。
左右に並ぶ柱の間には近衛兵が等間隔に立ち、正面の高座には皇帝アルベルト・フォン・ゲールアライヒが座っていた。
七十を超えているだろう老人だが、背筋は真っ直ぐで、目に鋭い光がある。
その両脇には宰相と思しき老人、軍服を纏った将軍、それから正教会の司祭が並んでいた。
謁見の間に通されたのは、クラスメイト37人全員だった。
昨夜の戦いで僅かに埃をかぶった制服姿のまま、それでも全員が背筋を伸ばして立っている。
颯人を筆頭に、誠司、涼介、その他のクラスメイトたちが一列になって並ぶ姿は、皇帝の目にどう映っただろうか。
「昨夜の働き、見事であった」
皇帝が口を開いた。
「東門の魔獣討伐、そして第一・第二・第三区画での活躍、それぞれ報告を受けた。召喚されたその日の夜に、である。
勇者たちの力、まことに頼もしい限りだ」
クラスメイトたちの間に、微かな緊張と誇りが入り混じった空気が流れた。
颯人が静かに顎を引いた。
「それで、福神賢よ」
皇帝の視線が列の先頭に立つ賢に向いた。
「昨日申し出た話し合いとやら、今日がその場だ。聞かせてもらおう」
賢は一歩前に出た。
「皇国を、この大陸で最も強く、豊かな国にする方法があります」
謁見の間に、微かな緊張が走った。
宰相が眉を上げた。
将軍が口元を引き結んだ。
司祭が値踏みするような目を向けた。
皇帝だけは表情を変えず、静かに続きを待っていた。
「聞こう」
「三つあります」
賢は言った。
「産業革命、軍の近代化、そして中央集権化です。この三つを同時に進めることで、皇国は数年のうちに周辺国を圧倒する国力を持つことができます」
将軍が低く鼻を鳴らした。
「大きく出たものだな、召喚されたばかりの小僧が」
「将軍」
と皇帝が短く制した。
将軍が口を閉じた。
「続けよ」
賢は構わず続けた。
「まず、産業の革命について。
現在、皇国の主産業は農業と魔道具の手工業です。農作物は農民が手作業で生産し、魔道具は職人が一品ずつ仕上げる。
これでは生産量に限界があります」
「それの何が問題か」
宰相が口を挟んだ。
「皇国の農業生産は周辺国に比べ決して劣っておらぬ」
「問題は生産量ではなく、生産効率です」
賢は淡々と返した。
「同じ人数で、今の十倍の量を作れるとしたら、どうですか」
宰相が黙った。
「蒸気機関という技術があります。
水と熱を使って力を生み出す機械で、これを応用すれば農業の省力化、物資の大量生産、輸送の高速化が可能になります。
工場で大量に物を作り、鉄道で素早く運ぶ。これが産業革命です」
「そのような機械が、本当に作れるのか」
と皇帝が問うた。
「私の知識と、この国の魔道具の技術を組み合わせれば可能です。むしろ魔力を動力として応用すれば、私の元の世界より早く実現できるかもしれません」
謁見の間に沈黙が落ちた。
賢は間を置かず続けた。
「次に、軍の近代化について」
賢は右手を前に出し、意識を集中した。神の祝福が応える。
手の中に黒光りする金属の塊が生まれた。
M4A1。
昨夜使ったものと同じ銃だ。
近衛兵が一斉に槍を構えた。
「落ち着いてください」
賢は冷静に言い、銃口を床に向けた。
「危害を加えるつもりはない。昨夜、東門で使った武器と同じものです」
皇帝が手を上げ、近衛兵を制した。
「構えを解け」
「これが私の祝福で生成できる武器です」
賢は続けた。
「剣も魔法もなく、引き金を引くだけで敵を倒せる。昨夜ご覧に入れた通りです」
将軍が身を乗り出した。
「これを兵士全員に持たせれば、無敵の軍が作れるのではないか」
「現時点では、できません」
賢は明確に言った。将軍の顔が僅かに曇った。
「現在の私の祝福では、自分が直接扱う分の武器しか生成できません。大量に生成して兵士に配るだけの力は、まだない。今の段階では、私自身が前線で使う武器に限られます」
「では……意味がないのではないか」
と将軍が言った。
「いいえ」
賢は即座に返した。
「私一人が持つだけでも、昨夜見ていただいた通りの戦果を出せます。
工業を発展させ、技術力を高め続ければ、やがて軍全体に供給できるようになる。
そのためにも、まずは工業化と軍事教義の改革が必要です。」
「そして、」
賢は後ろに視線を向けた。クラスメイトたちに目配せをした。
「彼らも戦いに出たいようです。」
颯人が一歩前に出た。その目に、迷いはなかった。
「東条颯人です。《英雄の剣》の祝福を持っています。昨夜、グレートウルフを一人で仕留めました。まだ祝福を使いこなせてはいませんが、訓練を積めばさらに力を伸ばせると思っています」
次に誠司が続いた。
「如月誠司。《大賢者の魔眼》です。昨夜はゴブリンの群れを無詠唱魔法で散らしました。この祝福の可能性は、まだ底が見えていません」
涼介も前に出た。
「三島涼介、《鉄壁》です。昨夜は衛兵と連携して魔獣を仕留めました。攻撃力はありませんが、どんな攻撃も受け止められます。盾として使ってもらえれば」
他のクラスメイトたちも、次々と名と祝福を名乗った。《聖なる癒し手》、《神速》、《炎の魔術師》、《看破の目》――様々な祝福が謁見の間に並んでいった。
皇帝は一人ひとりを、静かに見ていた。
将軍がいつの間にか前のめりになっていた。
宰相は手元の羊皮紙に何かを書き記し始めていた。
「俺たちは戦う気でいます。」
と颯人が静かに言った。
「召喚されたからには、それに応える覚悟はできています。」
その言葉に、他のクラスメイトたちが頷いた。
「これから、騎士団の方々と訓練をさせていただきたいです。」
泣いていた者も、放心していた者も、今この瞬間は同じ顔をしていた。
謁見の間に、しばしの沈黙が落ちた。
皇帝がゆっくりと口を開いた。
「よかろう。騎士団長に話をしておく。」
クラスメイト達との話が終わったのを見て、賢は口を開いた。
「最後に、中央集権化について」
と賢は続けた。
「現在の皇国は、地方の諸侯が強い権力を持っています。
産業革命と軍の近代化を進めるには、国全体の資源と人材を一元的に管理する必要があります。
諸侯の権力を段階的に中央に移譲し、皇帝陛下の直轄支配を強化する。
これが三つ目です」
司祭がここで口を開いた。
「若者よ、それは諸侯への宣戦布告と同じではないか。各地の領主が大人しく従うと思うておるのか」
「思っていません」
と賢は即座に答えた。
「だからこそ、軍の近代化と産業革命を先に進める必要があります。産業革命による経済的恩恵を諸侯にも分け与えながら、逆らう者には力を持って対処する。飴と鞭です」
司祭が目を細めた。
「冷たい考え方をする小僧だ」
「現実的な考え方です」
賢は淡々と言った。
皇帝がゆっくりと立ち上がった。
謁見の間にいる全員が姿勢を正した。
「一つ聞く」
と皇帝は言った。
「そなたは、本当にできると思っているか。夢物語ではなく」
「はい」
と賢は答えた。
迷いは一切なかった。
「5年あれば、皇国をこの大陸で最も強い国にします」
静寂。
皇帝の視線が、賢からクラスメイトたちへ、そしてまた賢へと戻った。
その目に、何かが灯った。
「よかろう」
たった一言だった。
「余はそなたたちに賭けよう。産業革命とやら、軍の近代化とやら、存分にやってみせろ。訓練の場と指導者は明日中に用意させる」
謁見の間に、どよめきが走った。
宰相が何か言いかけ、
将軍が口を引き結び、
司祭が目を伏せた。
賢は深く一礼した。
後ろでクラスメイトたちも頭を下げる気配があった。
謁見が終わり、廊下に出ると、賢は窓に目を向けた。
朝の光の中に、城下の街並みが広がっていた。
これを全部、変える。
頭の中では、すでに蒸気機関の設計図の骨格が組み上がり始めていた。




