第2話 初陣
謁見は翌日に持ち越された。
皇城の一角に設けられた客室は、石造りながら調度品は丁寧に整えられており、異世界に召喚されたばかりの高校生を迎えるには十分な空間だった。
クラスメイトたちは隣接する大部屋に集められ、思い思いに過ごしていた。
泣いている者、放心している者、自分の祝福を試そうと壁に向かって魔力を練っている者。
反応は様々だった。
賢は窓際に腰を下ろし、城下を見下ろしながら思考を整理していた。
――召喚から半日。
分かったことをまとめる。
ゲールアライヒ皇国。
中世と近世の狭間。
魔法と剣、弓と騎兵が主な戦力。
魔王復活により国家の危機。
そして、自分たちへの期待は
「"英雄"として魔王を倒すこと」。
賢はそこで思考を一度止めた。
英雄。
その言葉が、どこかひっかかった。
求められているのは、剣一本で魔王を討つような物語の主人公だ。
だが賢には剣も魔法もない。
あるのは、現代兵器を生成し扱う力だけだ。
クラスメイトたちから向けられた「なにそれ」という言葉が、まだ耳に残っていた。
――構わない。
賢は静かに目を閉じた。
理解されなくていい。
結果を出せばいい。
その夜、非常鐘が鳴った。
城壁の外から、地を揺るがす咆哮が聞こえたのは夜半を過ぎた頃だった。
賢が廊下に飛び出すと、衛兵たちが慌ただしく走り回っていた。
すれ違った若い衛兵を捕まえて問いただすと、血相を変えた顔が返ってきた。
「魔獣の群れです! 城下の東門が破られ、第三区画まで侵入されたと――」
「規模は」
「グレートウルフが20頭以上、それにゴブリンが……数は不明です!」
賢はすでに動き出していた。
大部屋に駆け込むと、クラスメイトたちは騒然としていた。
城の外から響く獣の遠吠えと、人々の悲鳴。現実が一気に牙を剥いてきた。
「落ち着け」
と賢は言った。
低く、しかしよく通る声だった。
「状況を説明する。魔獣の群れが城下に侵入した」
「どうするんだよ!」
誰かが叫んだ。
「俺は東門へ向かう」
賢は全員を見渡した。
「お前たちは――」
「待てよ」
東条颯人が前に出た。
「俺たちも行く」
賢は一瞬だけ颯人を見た。
「……好きにしろ。ただし東門には来るな。別の区画で市民の保護に当たれ。無理はするな」
それだけ言って、賢は部屋を出た。
東門付近は、すでに修羅場だった。
石畳の通りに横転した荷馬車。
逃げ惑う市民。
松明の明かりの中で、巨大な狼の影が跳び回っていた。
グレートウルフ。
肩までの高さが人間の胸ほどもある魔獣で、毛並みは暗い紫がかった灰色、目が爛々と赤く光っていた。
衛兵たちが槍を構えて応戦しているが、明らかに押されていた。
魔法を放つ魔導兵が二人いたが、一人はすでに膝をついており、もう一人が懸命に炎の礫を投げつけていた。
それでもグレートウルフは怯まない。
魔力で強化された皮膚が、生半可な攻撃を弾いていた。
衛兵の一人が吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。
賢は路地の角から状況を確認し、瞬時に計算した。
視野に映る範囲でグレートウルフが四頭。
衛兵が3人倒れている。
建物の陰にゴブリンが群れていて、逃げ遅れた市民に向かって走り出していた。
――やることは明確だ。
賢は右手を前に出し、意識を集中した。
神の祝福が応えた。
手の中に、重みが生まれた。
冷たい金属の感触。
正確な重量バランス。
M4A1アサルトライフル。
5.56×45mmNATO弾、装弾数30発。
弾種、M855弾。弾頭重量62グレイン、銃口初速940m/s、運動エネルギー1797J。
安全装置の位置、引き金の遊び、照準の合わせ方が、まるで生まれた時から知っていたかのように頭に流れ込んできた。
賢は路地を飛び出した。
最初の一発は、衛兵に飛びかかろうとしていたグレートウルフの側頭部を狙った。
引き金を引いた瞬間、夜の石畳に轟音が弾けた。
グレートウルフが前足を崩した。
しかし倒れない。
賢は止まらず、走りながら二発、三発と撃ち込んだ。
三発目が頭部に命中し、魔獣の巨体が石畳に沈んだ。
周囲が、静まり返った。
衛兵たちが呆然とこちらを見ていた。
魔法でも剣でもない。
目にも留まらぬ速さで飛ぶ何かが、轟音と閃光とともにグレートウルフを一頭屠った。
その光景に、誰もが理解の追いつかない顔をしていた。
「な……なんだ、今のは」
槍を構えたまま固まっている衛兵の一人が、掠れた声で呟いた。
賢は答えなかった。
次の標的に照準を移しながら、建物の陰に向かって走る。
二頭目のグレートウルフが気づいてこちらに向かってきた。
正面から突進してくる巨体。
賢は横に跳んで回避し、すれ違いざまに側頭部へ二発叩き込んだ。
魔獣が勢いのまま石畳を滑り、壁に激突して動かなくなった。
「ひ……」
と誰かが声を漏らした。
衛兵ではなく、逃げ遅れた市民だった。
ゴブリンの群れが建物の陰から現れた。
十数体。
甲高い声で喚きながら石畳を駆けてくる。
賢は立ち止まり、銃を向けた。
躊躇はなかった。
感傷を持つ余裕もなかった。
引き金を引くたびに、弾丸が小さな影を貫通し、血を流して倒れた。
やがて群れが散り、逃げ出した。
残りのグレートウルフ二頭が、賢に向かって同時に飛びかかってきた。
賢は後ろに大きく下がりながら、左の一頭に向かって立て続けに5発を叩き込んだ。
急所を外れたが、脚を撃ち抜かれた魔獣が石畳にもんどりうった。
もう一頭が空中から降りかかる。
賢は真横に転がって躱し、地面を転がりながら銃口を向け、着地した頭部に二発。
血が飛び散り、グレートウルフが崩れ落ちた。
立ち上がり、脚を撃たれてもがく最後の一頭に近づいた。
躊躇なく一発を撃ち込んだ。
動かなくなった。
静寂が降りた。
松明の炎が揺れる中、賢は銃口を下ろして立っていた。息が少し上がっていたが、怪我はない。
しばらく、誰も動かなかった。
最初に声を発したのは、先ほど吹き飛ばされ、壁にもたれていた中年の衛兵だった。
「……一人で、やったのか」
呆然と、しかし確かめるように言った。
賢は振り返った。
衛兵たちが、口を開けたまま固まっていた。
魔導兵も、倒れかけていた姿勢のまま賢を見ている。
誰の目にも、信じられないという色があった。
「魔法を……使ったのか?」
若い衛兵が震える声で聞いた。
「あの光と音は、一体なんだ」
「魔法ではありません」
と賢は短く答えた。
「では、なんなのだ」
賢は持っているM4に目を落とした。
この世界に銃火器の概念はない。
火薬も発明されてない。
説明したところで、すぐには理解されないだろう。
「私の祝福です。」
とだけ言った。
「それ以上の説明は後でも良いでしょう。負傷者の確認をしてください。まだ別の群れがいるやもしれません。」
衛兵たちはしばらく動けなかった。
しかし中年の衛兵が
「……お、おう」
と我に返り、部下に指示を出し始めたことで、ようやく場が動き出した。
それでも何人かは、賢の手元から目が離せないようだった。
同じ頃、城下の第二区画では別の戦いが起きていた。
東条颯人は路地の入り口で、グレートウルフと対峙していた。
巨体が低く唸りを上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。
颯人の手には、城内の訓練場から拝借した木剣が握られていた。
本来なら魔獣相手に木剣など話にならない。
しかし颯人の手の中で、《英雄の剣》の祝福が魔力を宿らせていた。
刀身に沿って淡い光の刃が形成され、空気を震わせていた。
「……来い」
颯人が低く呟いた瞬間、グレートウルフが跳んだ。
巨体が宙を裂く。
颯人は半歩だけ右に踏み込み、横薙ぎに剣を振った。
魔力の刃が弧を描き、グレートウルフの前脚を深く斬り裂いた。
魔獣が着地と同時によろめく。
颯人はすかさず踏み込み、首筋に向かって剣を振り下ろした。
一閃。
グレートウルフが、音を立てて石畳に倒れた。
「……倒せた」
颯人は荒い息をつきながら、剣を構え直した。
祝福があるとはいえ、身体が動いたことへの驚きが正直あった。
まるで長年剣を使い続けてきたかのように、無意識に最適な動きが出てきた。
これが《英雄の剣》の力か、と実感した。
後ろで衛兵の一人が絶句していた。
「……今、素手同然で仕留めたぞ」
「木剣で、グレートウルフを……?」
颯人には聞こえていたが、振り返る余裕はなかった。路地の奥にまだゴブリンの影が蠢いていた。
一方、第一区画の広場では、如月誠司が額に汗を浮かべながら立っていた。
《大賢者の魔眼》。
与えられた祝福の説明には、あらゆる魔法を看破し、術式を解析し、自在に操るとあった。
しかし誠司はつい昨日まで、魔法など存在しないと思っていた一般的な高校生だ。
目の前では衛兵三人がゴブリンの群れに押されていた。
「……やるしかない」
誠司は目を細め、祝福に意識を委ねた。
途端に、視界が変わった。
世界に満ちる魔力の流れが、光の筋となって見えた。
ゴブリンたちが纏う粗い魔力。
衛兵たちの体内を流れる微弱な魔力。
そして自分の内側に渦巻く、それらとは桁違いの魔力の塊。
「……なるほど」
誠司は右手を前に向け、その流れを手繰り寄せた。
広場の空気が一瞬だけ冷えた。
次の瞬間、ゴブリンの群れに向かって炎の柱が奔った。
細かな術式の理屈は分からない。
ただ、どう動かせばいいかが本能のように分かった。
炎に包まれたゴブリンが散り散りに逃げ出した。
衛兵たちが呆然と誠司を見た。
「今の魔法……詠唱がなかった」
年配の魔導兵が震える声で言った。
「無詠唱で、あれほどの炎を……」
誠司は自分の手を見た。まだ少し震えていたが、怪我はない。
「……思ったよりできた」
と誠司は呟いた。
第三区画の路地裏では、三島涼介が別の意味で限界を迎えていた。
涼介の祝福は《鉄壁》。
あらゆる攻撃を防ぐ絶対防御だった。
グレートウルフの爪が直撃しても、まるで石壁に当たったかのように弾かれる。
しかしその分、攻撃の手段がない。
「くそっ、受けるだけじゃ終わらないな……!」
涼介はグレートウルフの突進を真正面から受け止め、踏ん張りながら叫んだ。
衛兵たちが周囲で連携しようとしているが、魔獣の力に押されてなかなか隙が生まれない。
「今です!」
涼介が叫んだ。
「私が抑えている間に、横から槍を!」
衛兵の一人が
「お、おう!」
と我に返り、横合いからグレートウルフの脇腹に槍を叩き込んだ。
魔獣が怯んだ隙に、もう一人が首元に深く槍を入れた。グレートウルフが倒れた。
「……やった!」
衛兵の若者が息を切らしながら叫んだ。
涼介も息をついた。
受けるだけでは勝てない。しかし自分が盾になることで、衛兵たちが動ける。
それが分かった。
「ありがとう、助かりました。」
と涼介は衛兵に言った。
衛兵は目を丸くした。
「い……いや、助けてもらったのはこちらです。あの突進を素手で受け止めるとは……人間業とは思えません」
涼介は苦笑いした。
「俺にも、よく分からないんです。」
夜が明け始める頃、散発的だった魔獣の出没もようやく収まった。
城内に戻った賢は、大部屋で合流したクラスメイトたちを順番に確認した。
怪我人はいない。
颯人は剣を拭いながら無言で座っており、誠司は自分の手をじっと見つめていた。
涼介は衛兵に何度もお礼を言われたことが照れ臭いのか、頭を掻いていた。
「全員無事か」
「ああ」
と颯人が答えた。
「それはよかった」
賢は短く言い、窓の外の夜明けを見た。
颯人が口を開いた。
「お前の方はどうだった」
「東門の魔獣は片付けた」
「……一人で?」
「一人で。」
颯人はしばらく黙っていた。
それから、どこか複雑な表情で笑った。
「相変わらずだな、お前は」
賢は答えなかった。
謁見は、もう数時間後に迫っていた。
今夜の戦いで分かったことがある。
クラスメイトたちは、それぞれの祝福を使いこなせる素地を持っている。
そして自分の力は、この世界の兵器水準に対して圧倒的に優位だ。
材料は揃った。
あとは皇帝に、何を提示するかだ。
賢は目を閉じ、頭の中で言葉を組み立て始めた。




