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第1話 召喚

 眩い光が、教室ごと世界を塗り潰した。


 福神賢が最後に見たのは、黒板に走る白いチョークの軌跡だった。


 現代文の授業中。

 窓の外では五月の風が欅の葉を揺らし、退屈な昼下がりが続くはずだった。


 次の瞬間、床が消え、重力が消え、音が消えた。



 クラスメイトの誰かが叫んだ気がした。

 けれどその声もすぐに光の奔流に飲まれ、賢の意識は白い虚無の中に放り出された。



 ――どのくらい経っただろう。

 最初に戻ってきたのは、石の冷たさだった。

 頬に触れる硬い感触。

 埃っぽい空気。

 それから、遠くで誰かが泣いている声。


 賢はゆっくりと目を開けた。

 視界に飛び込んできたのは、高い天井だった。

 石造りのアーチが幾重にも連なり、その隙間から松明の橙色が揺らいでいる。柱には見慣れない文字が刻まれ、床には複雑な幾何学模様の魔法陣が描かれていた。



 ―—異世界、か。


 奇妙なほど冷静にそう思った。


 賢は上体を起こし、周囲を見渡した。

 広大な石造りの広間に、見知った制服姿が散らばっている。

 37人。クラス全員だ。

 ほとんどが床に倒れたまま呻いており、すでに立ち上がっている者は数人しかいない。


「賢! 無事か!」


 声をかけてきたのは、幼馴染の三島涼介《みしまりょうすけ》だった。

 長身で運動神経の塊のような男で、すでに両足でしっかりと立っていた。


「ああ」


 と賢は短く答えながら立ち上がり、広間の全体を素早く確認した。

 出口は二か所。

 衛兵らしき甲冑姿の男たちが槍を手に立っており、敵意はないようだが警戒は解いていない。

 奥の壇上には、豪奢な衣を纏った老人と、金色の刺繍が施されたローブを着た何人かの人物が並んでいた。


 老人が一歩前に出て、朗々とした声で告げた。


「――勇者たちよ、ようこそ。

 我はゲールアライヒ皇国が皇帝、アルベルト・フォン・ゲールアライヒである。

 汝らの来訪を、心より歓迎する」


 皇帝は続けた。

 魔王の復活。

 魔獣による被害の拡大。

 人類存亡の危機。


 そして、この世界の神が異世界から

「英雄」を召喚し、

 それぞれに「神の祝福(能力)」を与えたのだと。


 クラスメイトたちがざわめき始めた。

 困惑、恐怖、興奮。

 感情が入り混じった声が広間に満ちる中、賢は腕を組んで壇上の皇帝を静かに観察し続けた。


 ――話の筋は分かった。

 要するに、駒として使いたいということだ。


 感情的な反発は無意味だと、賢は知っていた。

 現状を把握し、使える手札を確認し、最善の道を選ぶ。それだけだ。


「神の祝福の確認を行う」


 傍らに立つローブの男が前に出て、そう告げた。


「一人ずつ、この石板に手を触れよ」


 石板は半透明で、触れると光って祝福の内容が浮かび上がるらしい。


 最初に名乗り出たのは、クラスで一番目立つ男子、東条颯人《とうじょうはやと》だった。

 石板が眩く輝き、浮かび上がった文字を見て広間がどよめいた。


 ――《英雄の剣》。

伝説の剣士と同等の剣技を持ち、魔力を剣閃に変える。


「すごい……」


 と誰かが呟いた。


 次々と祝福が明らかになっていった。

《大賢者の魔眼》

《神速》

《聖なる癒し手》。


どれも物語《ファンタジー》の中から飛び出してきたような、華やかな能力ばかりだった。

 クラスメイトたちの顔に、恐怖の代わりに興奮が宿り始めていた。


 賢の番は後半だった。


 石板の前に立ち、静かに手を置く。

 冷たい感触。

 それから、手の平から何か(魔力)が流れ込んでくるような奇妙な感覚。


 石板が光った。


 浮かび上がった文字を見て、広間が静まり返った。



 ――《軍事力》。



「軍事力……?」「なにそれ?」

と誰かが首を傾げた。


 賢本人も無表情のまま、しかし内心では急速に思考を回転させていた。


 説明の文字が続いて浮かびあがる。

 あらゆる現代兵器の完全な取り扱い技術。

 銃火器、重火器、ビークルの生成能力。


 そして――戦闘経験に応じた能力の拡張(戦争への最適化)。


 賢は石板から手を離し、一歩下がった。


 剣もない。


 魔法もない。


 クラスメイトたちが手にした、分かりやすい「英雄の力(ファンタジー)」でもない。

 だが。


 ――悪くない。


 静かにそう思った。


 賢の脳裏には、すでにいくつかの算段が走り始めていた。

 この国の状況、技術水準、政治体制。

 読んで得た知識の断片が、急速に組み合わさっていく。


 皇帝が困惑した様子で問いかけた。


「その祝福は……いかなるものか」


 賢は顔を上げ、壇上の老人を真っ直ぐに見た。


「お教えしましょう」


と、落ち着いた声で答えた。


「ただし、その前に一つお願いがあります」


 広間にいる全員の視線が、賢に集まった。


「私と、この国の今後について、話し合いの場を設けていただきたい」

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