第26話 鉄と爪の戦い
侵攻2ヶ月目の夜明け。
皇国軍の前線は魔族領の中央部に達していた。
航空支援と砲撃で大きく弱体化したとはいえ、魔族領はまだ完全には沈黙していなかった。
組織的な防衛ラインは崩れていたが、各地に強固な抵抗拠点が残っていた。
岩盤を削った要塞に籠もる魔族。
森の奥に潜む魔獣の群れ。
廃墟に潜伏した中位魔族。
それらを一つずつ潰していくことが、これからの仕事だった。
ルーカスは小銃を手に、分隊の先頭で腰を落とした。
前方200mに、石造りの建物が連なっていた。
かつて人間の村だったと思われる廃墟で、今は魔族の拠点になっていた。
窓から魔力の光が漏れていた。
「機関銃班、左翼に展開」
分隊長が命じた。
「迫撃砲班、建物の後方に照準。突撃は機関銃が制圧してから」
分隊が静かに広がった。
機関銃班が、三脚に据えた重機関銃を建物の窓に向けた。
引き金を引いた。
連続した銃声が響き、建物の窓に弾幕が叩き込まれた。
石壁の一部が砕け、窓枠が崩れた。
魔族が障壁を展開しようとしたが、連続する弾丸の密度に追いつけず、障壁に亀裂が入った。
「前進!」
ルーカスが立ち上がり、走った。
機関銃の援護射撃が頭上を走る中、分隊が建物に向かって前進した。
100m、50m。
建物の正面に迫ったところで、迫撃砲の砲弾が建物の後方に着弾した。
後退しようとした魔族が、爆風で吹き飛んだ。
ルーカスは扉を蹴破り、中に飛び込んだ。
薄暗い室内に、中位魔族が二体いた。
人型に近い姿で、皮膚が灰色がかっていた。
一体が魔力を練り、術式を構築しようとしていた。
ルーカスは間合いを詰めながら引き金を引いた。
一体が倒れた。
もう一体が叫びながら魔法を放った。
爆発が室内に広がった。
ルーカスが吹き飛ばされ、壁に背中を打ちつけた。
隣から別の兵士が突入してきた。
銃剣を構えたまま、吹き飛ばされた魔族に向かって走った。
銃剣が刺さった。
室内が静かになった。
「室内、確保完了」
ルーカスは息を整えながら言った。
「負傷者を確認し、次の建物に移ります」
廃村の外れに、皇国軍の戦車部隊が展開していた。
菱形の車体を持つ装甲車両が6両、稜線の後ろに待機していた。
WWI水準の技術で製造されたこの戦車は、速度は遅く、乗り心地も最悪だった。
しかし四方を鋼鉄で覆われた車体と、搭載した75mm砲の火力は、魔族の通常の魔法障壁を上回っていた。
車長が上半身を車外に出し、双眼鏡で前方を確認した。
平原の向こうに、魔族の機動部隊が見えた。
巨大な魔獣に騎乗した魔族の騎兵が、こちらに向かってくる。
魔法障壁を前面に展開し、突撃の態勢を取っていた。
「なかなか景気のいい突撃だ」
車長は呟いた。
「やらせてみるか」
ハッチに潜り込み、砲手に命じた。
「先頭の騎兵に照準。距離500。撃て」
75mm砲が轟いた。
砲弾が魔族騎兵の先頭に着弾した。
魔法障壁が炸裂の衝撃を受け、砕けた。
騎兵が巻き込まれ、乗っていた魔獣が崩れた。
「次の目標、左から二番目。撃て」
また轟音。
魔族の騎兵突撃が乱れ始めた。
後続が前の倒れた騎兵に詰まり、密集した。
「機関銃! 密集した群れに!」
車体側面の機関銃が咆哮した。
密集した魔族騎兵に弾幕が降り注いだ。
6両の戦車が一斉に動き始めた。
砲声と機関銃の音が重なり合い、平原に轟き続けた。
魔族の騎兵突撃は、いとも容易く崩壊した。
魔族の騎兵の一人が、崩れる仲間の中で混乱していた。
人間が金属の箱の中に入り、火を吐いてくる。
障壁は効かない。
剣は届かない。
魔法を撃っても鋼鉄の壁を通れない。
何百年もの戦争の経験が、今日の戦場では全て役に立たなかった。
廃墟の掃討が進む中、第三大隊は洞窟地帯に差し掛かった。
岩盤に穿たれた無数の洞窟が、丘の斜面に口を開けていた。
中から魔力の気配がした。
「内部への砲撃は構造的に難しい」
大隊長のヴォルフが言った。
「入るしかない」
洞窟突入は消耗戦だった。
懐中電灯の光が届く距離で戦う。
機関銃は狭い空間では取り回しが悪い。
砲兵の支援は受けられない。
銃は使えるが、閉所での跳弾が危険だ。
結局、最後は銃剣を使うことになった。
分隊が洞窟に入った。
入口から10mで、魔獣が飛びかかってきた。
先頭の兵士が反射的に銃剣を突き出した。
魔獣の体重が乗り、そのまま壁に押しつけられた。
後続が銃剣で側面から刺した。
魔獣が崩れた。
「前へ!」
洞窟の奥へ。
暗闇の中で、気配を頼りに戦った。
魔族の中位個体が魔法の光を放ち、一瞬視界が白くなった。
目を閉じて、前に出た。
魔族の詠唱が聞こえた方向に、銃剣を突き出した。
何かに当たった感触があった。
魔法の光が消えた。
ヴォルフは洞窟の外に出た時、大きく息を吐いた。
内部での戦闘は1時間だった。体感では半日も経った気がしていた。
「損害は」
「負傷5名。うち2名重傷です」副官が答えた。
「医療班を呼べ。次の洞窟は少し時間を置く」
ヴォルフは丘の斜面を見上げた。
洞窟の入口がまだ十数個あった。
「……長い一日だ」
侵攻開始から1ヵ月半経ったある日、前線から緊急の報告が上がってきた。
第二師団の前面に、上位魔族が現れた。
単体で現れたその魔族は、人型をしていたが背丈が3mを超えていた。
全身から魔力の光が溢れ、周囲の魔法障壁が多層になっていた。
接近した皇国軍の小銃分隊が、一瞬で吹き飛ばされた。
「上位魔族です!」
無線が叫んだ。
「機関銃も効かない! 砲撃で当たっても障壁が!」
賢は即座に判断した。
「特殊部隊第一中隊を急行させます。航空支援を要請。対象上空にガンシップを向けてください」
ハンスが第一中隊を率いて現場に急行した。
着いた時、上位魔族は第二師団の前線を圧迫していた。
砲撃が複数回当たっているが、多層の魔法障壁が砲弾の爆発を受け止めていた。
障壁が揺らぐものの、崩れ切らない。
上位魔族が腕を振った。
魔法の波動が走り、前線の兵士が十数人吹き飛んだ。
「分散!」
ハンスが叫んだ。
「一点に集まるな! 囲め!」
特殊部隊が四方に展開した。
M4A1とM249からの小銃弾が多方向から障壁に当たり続けた。
障壁に連続して圧力をかける形だ。
上位魔族が特殊部隊に向きを変えた。
「狙撃班!」
Anzio 20mm対物ライフルが三方から発砲した。
障壁の薄くなった部分を狙った20×102mm弾が着弾し、障壁に亀裂が入った。
「重機関銃、集中!」
M2ブローニングが亀裂に向かって弾幕を叩き込んだ。
上位魔族が術式を切り替えようとした。
しかし四方からの継続した射撃で、詠唱の集中が乱れた。
その瞬間、AC-130が上空で旋回を始めた。
「40mm、照準固定!」
40mmボフォース砲が3発。
上位魔族の障壁が遂に崩れた。
「全員、今だ!」
特殊部隊の全火器が一点に向いた。
M4A1、M249、M2ブローニング、Anzio 20mm、40mmボフォース砲。
全てが同時に上位魔族に叩き込まれた。
沈黙。
上位魔族が、地面に膝をついた。
膝をつきながら、まだ術式を構築しようとしていた。
「105mmを」
ハンスが無線を入れた。
AC-130の105mm徹甲弾が、一発だけ放たれた。
上位魔族が動かなくなった。
ハンスは現場を確認しながら、特殊部隊員の状態を確認した。
「損害は」
「軽傷3名。重傷者なし」
「医療班を呼べ。第二師団の負傷者の確認もしてください」
ハンスは動かない上位魔族を見た。
全身を銃弾と砲弾に晒されても、最後まで術式を構築しようとしていた。
「……しぶとい」
ハンスは呟いた。
感嘆か呆れか、自分でも判断がつかなかった。
ヴォルクは特殊部隊の別の班で、残存魔族の掃討に当たっていた。
嗅覚で魔力の匂いを追い、隠れた魔族を見つけ出す役割だった。
「右の岩陰」
ヴォルクが小声で言った。
「二体。一体は弱っている。もう一体は魔力が強い」
班長が指示を出した。
分隊が展開した。
ヴォルクが先頭に立った。
岩陰に向かって前進する間、背後で仲間が援護位置についた。
岩陰から、中位魔族が飛び出してきた。
ヴォルクは身体能力の差を活かして横にかわし、流れるような動きで組み付いた。
狼人族の握力で魔族の腕を封じ、仲間がSCAR-Hで制圧した。
もう一体が魔法を放とうとした。
ヴォルクが低く跳び、正面から体当たりした。
魔族が体勢を崩した瞬間、仲間が足に弾を当てた。
「確保」
班長が言った。
「生け捕りか」
ヴォルクが確認した。
「情報収集の必要がある個体だと判断しました。賢殿の指示です」
ヴォルクは確保した魔族を見た。
恐怖と憎しみが混じった目でヴォルクを見ていた。
「……痛みは与えない」
ヴォルクは魔族に向かって言った。
「抵抗しなければ」
魔族が返事をしなかった。
しかし抵抗もしなかった。
戦闘と並行して、占領の実務が進んでいた。
制圧した地区に皇国軍の行政班が入り、拠点を設置した。
物資の集積、通信線の設置、地図の作成。
最も重要だったのは、生存している人間の集落の保護だった。
第一師団の管区内で、合計3か所の人間集落が見つかっていた。
合わせて200名弱が生存していた。
全員が長年の魔族支配下に置かれており、皇国軍の到来を疑いの目で見ていた。
医療班が最初に入った。
最初は警戒されていた老人たちが、医療処置を受けた後から態度が変わり始めた。
抗生物質で長年苦しんでいた感染症が改善された家族が出ると、少しずつ信頼が生まれた。
食料が配給された。
子供が兵士に近づいた。
兵士が子供に乾燥果物を渡した。
それだけのことだったが、集落の雰囲気が少し和らいだ。
日が落ちる頃、ルーカスは野営地に戻った。
銃の手入れをしながら、今日の戦闘を頭の中で整理した。
建物の突入、室内での格闘、洞窟の掃討。
仲間の一人が重傷を負った。
別の部隊では複数の死者が出た。
ルーカスは銃の部品を並べながら考えた。
工場で部品を削っていた頃は、戦場がどういうものか想像できなかった。
今は想像ではなく、現実になっていた。
隣に座った仲間が言った。
「今日、戦車が突撃してくる魔族騎兵を吹き飛ばすのを見た」
「そうか」
「騎兵が崩れていく様子が、なんか」
仲間が言葉を止めた。
「綺麗だと思った。自分でも驚いたが」
「戦場はそういうものだ」
ルーカスは言った。
「俺も最初の戦闘の後、変なことを考えていた」
「変なこと」
「建物の突入の時、俺が引き金を引いた。倒れた後、なぜか形が美しいと思った。一瞬だけ」
「……それは」
「おかしいとは思った」
ルーカスは言った。
「でも、感じてしまったものは消えない。ただ、そのまま続けた」
仲間が黙った。
「続けることだけ考えている」
ルーカスは続けた。
「今日を生き延びて、仲間を生き延びさせる。それ以上のことは、今は考えられない」
その夜、賢は今日の戦果と損害を集計した。
皇国軍の戦死者、23名。
負傷者、87名。
魔獣の処理数、確認分で1200頭以上。
魔族の撃破、200体以上。
占領地域、3%拡大。
賢は数字を見た。
戦死23名。
名前を全員が言えるかと聞かれれば、言えない。
しかし一人として、計算から消えてはいなかった。
23名が死なずに済む方法があったか。
賢は計算した。
別の手順を取れば、一名か二名は減らせたかもしれない。
しかし完全にゼロにする方法は、今日の状況ではなかった。
それを受け止めて、明日の計画に向かった。




