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第22話 神の名の下に

 ベルフストの正教会大聖堂は、産業革命以前から変わらず、城下の丘の上に立っていた。


 しかし中身は、静かに変わっていた。


 半年前、ファビアン司祭との交渉で合意した医療連携が、教会内部に予想以上の変化をもたらしていた。


 治癒師たちが世俗の医師と並んで患者を診る中で、科学的な医療知識を学ぶ者が増えた。


 消毒の概念を取り入れた治癒師が、感染症の死者を減らした実績を上げた。

 抗生物質と治癒魔法を組み合わせた治療が、どちらか単独より効果的だという報告が積み上がった。


 現場から変わっていた。


 ファビアンは当初の抵抗感が薄れた頃、賢に言った。


「現場の治癒師が変わると、説教の内容も変わる。不思議なものだ」


「変わりましたか」


「以前は、病は神の試練だと説いていた者が多かった。今は、病に立ち向かうことも神の意志だと言い始めている。どちらが正しいかは分からないが」


 ファビアンは静かに言った。


「患者が生き残ることの方が大事だという結論は、同じになった」



 獣人の受け入れについても、ベルフストの教会は変化していた。


 ヴォルクが訓練を終えてベルフストに来た時、礼拝堂に足を踏み入れることを躊躇った。


「入っていいのか、ここは」


 ヴォルクが入口で言った。


「俺たちは、獣から来た者だ。お前たちの神に歓迎されるか分からない」


 その場にいた若い司祭が答えた。


「来る者を拒む理由はありません。神は皆の神です」


 ヴォルクがしばらく司祭を見た。


「……そう言う人間は、初めて見た」


「そうですか」


 司祭は少し考えて言った。


「教えが正しければ、それが当然のはずなのですが」



 政治への干渉についても、ベルフストの教会の立場は変わってきていた。


 以前は貴族の政策に口を挟み、皇帝への諫言を教会が率先して行う場面があった。


 しかしオットーとファビアンの間で交わされた一連の合意で、教会は信仰と道徳の領域に集中し、行政の細部への介入を自粛するようになっていた。


 それは「政教分離」とまでは言えないが、役割の明確化だった。


 教会は精神的な拠り所として、工場労働者の心のケアや、外国からの移民の孤独に寄り添う役割を果たすようになっていた。

 社会的な機能として、むしろ以前より重要な位置を占め始めていた。



 その変化を、ベルフストの外から見ていた者たちがいた。


 正教会の本部は、皇国から遠く離れたシーヴィル連合王国の聖都アウグスティアにあった。


 大司教ゴットフリート・フォン・ヘイリゲンベルクは、80代の老人だった。

 50年間、正教会の頂点に立ち続けた人物で、その権威は複数の国家にまたがっていた。


 しかし近年、正教会本部の内部では、様々な問題が積み重なっていた。


 聖職者への高額の寄付を「天国への切符」として売る行為が横行していた。

 地方の教会からの上納金の一部が、本部の高位聖職者の私腹に入っていた。

 政治的な影響力を使った人事介入が、各国の王侯貴族との密約に基づいて行われていた。


 それらはまだ、外部には知られていなかった。


 しかしベルフストから届く報告は、本部にとって不快なものだった。


 科学医療との融合。

 獣人の受け入れ。

 政治への不干渉。


 大司教は決断した。

 使者を送る。



 アウグスティアから来た使者は、聖督使エルハルト・フォン・ブレンナーという50代の男だった。


 温厚そうな顔をしていたが、目に鋭さがあった。

 大司教の信任を受けた実力者で、各国の教会に本部の意向を伝え、従わせる役割を担っていた。


 ファビアンの元を訪ねたのは、ベルフストに着いた翌日だった。


「ファビアン司祭」


 エルハルトは礼儀正しく、しかし明確に言った。


「本部は、皇国教会の最近の方向性に懸念を持っています」


「懸念とは」


「科学的な医療との融合は、治癒魔法の神聖性を損なう恐れがあります。

 獣人を礼拝堂に迎えることは、正教会の伝統的な教えと相容れません。

 そして政治への不干渉は、教会が社会の道徳的指針たる役割を放棄することです」


 ファビアンは静かに聞いていた。


「三点について、答えます」


 ファビアンは言った。


「一点目、治癒魔法と科学医療の連携は、患者の命を救う実績を上げています。神が命を大切にされるなら、それは神の意志に反しません。

 二点目、獣人を神の前に迎えることは、神は全ての者の神という教えに則っています。

 三点目、行政への干渉を控えることで、信仰の純粋性が保たれています」


「本部の見解は異なります」


「本部の見解を、現場から変えることが私の役割だと思っています」


 エルハルトの顔に、微かな硬さが走った。



 エルハルトが次に向かったのは、皇城だった。


 皇帝への謁見を求めてきた。


 謁見の間に、皇帝と、賢と、オットーが並んだ。


 エルハルトは礼を尽くして皇帝に言った。


「陛下、正教会本部は皇国への関心を持っています。特に、皇国教会の方向性について、本部との対話を求めています」


「対話は結構だ」


 皇帝は穏やかに言った。


「しかし、一つ確認させてほしい。皇国の内政について、本部が介入することは断る」


「介入ではなく」


 エルハルトは言った。


「正教会の統一的な教義を守ることは、本部の役割です。皇国教会もその傘下にあります」


「宗教的な教義については、本部の指針を尊重する」


 皇帝は続けた。


「しかし教会が行政に口を出すことは、皇国の主権の問題だ。それは認められない」


 エルハルトが賢に目を向けた。


「あなたが、皇国の改革を主導している方ですか」


「そうです」賢は答えた。


「若い方だ」


 エルハルトは言った。

 温度のない声だった。


「あなたは信仰をお持ちですか」


「私の世界には、正教会とは異なる宗教があります。正教会の信者ではありません」


 エルハルトが少し目を細めた。


「それが、改革の根底にあるのでしょうか。信仰を持たない者が、教会の在り方を変えようとしている」


「教会の在り方を変えようとはしていません」


 賢は静かに言った。


「教会が変わることを妨げていないだけです。変わったのは、現場の治癒師と信者です」


「屁理屈だ」


「結果です」


 謁見の間に、沈黙が落ちた。


 皇帝が口を開いた。


「エルハルト殿、本部のご懸念は理解した。しかし現在、魔王軍の脅威がある。未だ活発に活動しているとは言えないが、この状況で正教会と皇国が対立することは、双方にとって益がない。まず協力できることを探そうではないか」


 エルハルトが一礼した。


「陛下のお言葉、本部に伝えます」


 しかしその目は、退出する間際に一度だけ賢に向いた。



 謁見の後、颯人が廊下で賢を捕まえた。


「あの使者、気に入らないな」


 颯人が率直に言った。


「そうか」


「目が嘘をついてた。礼儀正しいふりして、内側で何か考えてる」


「何年もの間、各国の教会に圧力をかけてきた人物だ。表情の制御には慣れているんだろう」


 賢は言った。


「颯人の感覚は正しいと思う」


「俺、勘がいいほうじゃないけど、あれは分かった」


 颯人は歩きながら言った。


「本部は腐ってるんじゃないか」


「情報がある」


 賢は静かに言った。


「聖職者への高額の寄付強要、上納金の横領、政治的な密約。複数の国からの報告が積み上がってる」


「証拠はあるのか」


「一部は。全部ではないけどな」


「それを使えるか」


「使い方を間違えると、それこそ宗教戦争になる」


 賢は言った。


「魔王軍がいる今、その状況は避けたい。証拠は手元に置いておく。使うとしたら、本部が動いてきた時だ」


 颯人が頷いた。


「抑止力として持っておく、ということか」


「そうだ」



 誠司が別の角度から話していた。


「俺、ファビアン司祭と話したことがあるんだよ」


 誠司が颯人に言った。


「医療連携の件で、一緒に病院に行った時。あの人は本物だと思う」


「本物、というのは」


「信仰が本物だということ」


 誠司は言った。


「患者を見る目が違う。患者が助かることが本当に嬉しそうで。本部の使者みたいな、権力の匂いがない」


「現場の人間と本部の人間では、見ているものが違うんだろうな」


 颯人は言った。


「どこでも同じだよ」


 誠司は静かに言った。


「政治でも宗教でも、現場と上が乖離すると腐る」



 涼介は別のことを考えていた。


 夜、同室の仲間に話した。


「ヴォルクが礼拝堂に入った話、聞いたか。司祭が普通に迎えたって」


「聞いた」


 仲間が答えた。


「あれが、本来の教会だと思う」


 涼介は言った。


「困っている人を迎える場所。でも本部は違う方向を向いてる」


「賢が何とかするんじゃないか」


「賢は証拠を持って待ってる」


 涼介は言った。


「俺たちは何もしなくていいのかな、って思うけど」


「何ができる」


「俺たちが信者になって、教会の中から変える、とかは無理かな」


 涼介は半分冗談で言った。


 しかしその言葉が、翌日思わぬ形で動き出した。



 エルハルトが去った後、ファビアンは一人で礼拝堂に残った。


 夜の礼拝堂は静かだった。

 ステンドグラスの向こうに、月明かりが見えた。


 50年間、ファビアンはこの礼拝堂に通ってきた。


 若い頃は純粋に信仰のためだった。

 高位の聖職者になってからは、責任の重さを感じながらここに来た。


 そして今は、戸惑いのためにここにいた。


 本部は間違っている。

 ファビアンはそう感じていた。


 高額の寄付を売ることは、信仰の冒涜だ。

 上納金を横領することは、信者への背信だ。

 政治的な密約で各国に影響力を行使することは、神の名を私物化することだ。


 しかしそれを、どう変えるか。


 本部に反旗を翻せば、異端と見なされるかもしれない。

 ファビアンの地位が失われるだけでなく、皇国の教会全体が本部から切り離されるリスクがある。


 ドアがノックされた。


「失礼します」


 涼介だった。


 ファビアンが驚いた顔をした。


「三島殿が、こんな夜に」


「話があって」


 涼介は礼拝堂に入り、ファビアンの隣の席に座った。


「昼間の使者の件です」


「聞きましたか」


「少し」


 涼介は言った。


「ファビアン司祭は、本部に反発しているんですよね」


「反発、というほど強いものではありませんが……感じることはあります」


「一人で抱えてるんだなと思って」


 涼介は直接に言った。


「俺に何かできることはありますか」


 ファビアンがしばらく涼介を見た。


「三島殿は、信者でもない。なぜ」


「信者じゃないから、関係ないとは思えないんです」


 涼介は言った。


「あなたが正しいことをしようとしているのは分かります。でも一人だと難しい。そういう時に、誰かが隣にいることが大事だと思って」


 ファビアンが長い間、黙っていた。


「……《鉄壁》の祝福を持つ勇者は」


 老司祭はやがて静かに言った。


「守ることが得意だと聞いています」


「剣も魔法も使えないので、盾にしかなれませんが」


 涼介は少し笑った。


「それで十分かもしれない」


 ファビアンは言った。


「一つ、頼んでいいですか」


「どうぞ」


「本部との対話が始まったとき、一緒に来てもらえますか。召喚された英雄が同席することで、本部も軽く扱えなくなります」


「喜んで」


 涼介は頷いた。


「賢にも話しておきます」



 エルハルトがベルフストに滞在している間、賢の諜報組織が動いていた。


 エルハルトの従者たちの動きを追い、接触した人物を記録し、送受信した書簡を可能な範囲で把握した。


 3日後、諜報員からの報告が上がってきた。


 エルハルトが複数の国内《モンデブーレ》の貴族と密かに会っていた。

 内容は把握できていなかったが、その貴族たちは以前から正教会との結びつきが強く、皇国の改革に批判的だった者たちだった。


 もう一つ。


 エルハルトが滞在中の宿から、聖都《アウグスティア》への書簡が出ていた。

 封を確認することはしなかったが、文書量から見て詳細な報告書と思われた。


「本部への情報提供をしながら、皇国内の反改革派と繋ぎを作っている」


 賢はオットーに言った。


「内部工作か」


「可能性があります。ただし確証はない。動くには早い」


「どうする」


「エルハルトが帰る前に、一度話をします」



 賢はエルハルトと二人で会った。


 場所は城内の小会議室だった。

 通訳も書記も置かず、二人だけで。


「なぜ一対一で」


 エルハルトが言った。


「単純な話をしたいので」


 賢は答えた。


「本部は皇国の改革を止めたいと思っていますか」


「教義の統一を求めているだけです」


「正直に話しましょう」


 賢は言った。


「私は、本部の財政と人事について、ある程度の情報を持っています」


 エルハルトの目が一瞬動いた。

 しかしすぐに表情を戻した。


「何が言いたいのですか」


「今は何も言いません」


 賢は静かに言った。


「ただ、一つだけ。未だ活発に活動してはいませんが、魔王軍がいます。この状況で正教会と皇国が対立すれば、人類側の結束が崩れます。本部も、それは望まないはずです」


「もちろんです」


「では、互いに動きを止めましょう。皇国は本部の内部問題に干渉しません。本部は皇国の改革に干渉しません。魔王軍の問題が解決するまでの、休戦です」


 エルハルトが賢を見た。長い沈黙があった。


「……その情報は、本当に持っているのですか」


「公開するつもりはありません。今は」


「今は、ということは」


「状況次第です」


 エルハルトがゆっくりと腕を組んだ。


「……分かりました。本部に伝えます」


「ありがとうございます」


 賢は一礼した。


「もう一つ。皇国内の特定の貴族との接触は、控えていただけますか」


 エルハルトが顔色を変えた。


「……見ていたのですか」


「見ていました」


 沈黙。


「了解しました」


 エルハルトは言った。


 硬い声だった。



 エルハルトが去った後、涼介がファビアンの元を訪ねた。


 ファビアンが今回の件についてどう感じているか、知りたかった。


「賢が抑えてくれました」


 涼介は言った。


「しばらくは本部も動かないと思います」


「そうですか」


 ファビアンは静かに言った。


「あの方は、情報を持って交渉した。正面からではなく」


「そういうやり方です」


「私は」


 ファビアンは少し間を置いた。


「そういう方法が得意ではありません。正面から言うことしかできない」


「それでいいと思います」


 涼介は言った。


「賢みたいな人間と、あなたみたいな人間が両方いる方がいい」


「そうでしょうか」


「そうです」


 涼介は断言した。


「賢は戦略で動く。あなたは信念で動く。どちらかだけじゃ、長続きしない」


 ファビアンが少し笑った。


「三島殿は、不思議な方だ。英雄と呼ばれているのに、剣を語らず、こういうことを語る」


「剣の話は颯人にしてください」


 涼介が言った。


「俺は盾なので」


「盾の方が難しい仕事ですよ」


 ファビアンは言った。


「剣は攻めるだけでいい。盾は、守りながら考え続けなければならない」


 涼介がしばらく考えた。


「……そうかもしれません」



 翌朝の礼拝で、ファビアンは珍しい説教をした。


 集まった信者の中に、工場労働者がいた。

 外国からの移民がいた。

 そして後ろの列に、ヴォルクが一人で座っていた。


「神は全ての者の神です」


 ファビアンは言った。


「その言葉を、私たちはどこまで本気で信じているか。今日は、そのことを考えてほしい」


「工場で働く者も。外国から来た者も。山で生きてきた者も。神の前に立つ資格において、誰も変わりません」


 後ろのヴォルクが、少し身じろぎした。


「私たちの教会は、変わろうとしています。変化を恐れる声があります。しかし変わることが信仰の裏切りではない。信仰の本質を守りながら、形が変わることは、むしろ生きている証です」


 礼拝が終わった後、ヴォルクがファビアンに近づいた。


「さっきの話、俺のことも言っていたか」


「そうです」


 ファビアンは答えた。


「なぜ、俺たちを入れる」


「神の前に全員が等しいと信じているからです」


「お前の仲間は全員そう思っているか」


「全員ではありません」


 ファビアンは正直に答えた。


「しかし、そう思う者が増えています」


 ヴォルクが少し間を置いた。


「……カルフ族長に伝える。ベルフストの教会は、悪くないと」


「ありがとうございます」


「礼を言われることではない」


 ヴォルクは言った。


「本当のことを言っただけだ」


 それを遠くから見ていた涼介が、颯人に言った。


 「あれを見ると、うまくいってる気がする」


「そうだな」


 颯人が頷いた。


「賢の計算じゃなくて、人が動いてる」


「その方が長続きすると思う」



 その夜、皇帝アルベルトが賢を呼んだ。


 珍しく、二人だけだった。


「エルハルトとの会談、上手くいったそうだな」


 皇帝は言った。


「ええ。とりあえずは」


「とりあえず、か」


 皇帝は静かに笑った。


「お前らしい答えだ」


 アルベルトは窓の外を見た。

 夜のベルフストに、教会の鐘楼が見えた。


「私は、長く生きてきた」


 皇帝は言った。


「教会と国家の関係は、常に難しかった。圧力をかけすぎると反発を生む。放置すると干渉してくる」


「そうですね」


「お前は、うまく均衡を保っている」


 皇帝は言った。


「しかし」


「しかし?」


「情報を使って黙らせることと、本当に変えることは違う」


 アルベルトは静かに言った。


「エルハルトは黙った。しかし本部は変わっていない」


「はい」


 賢は答えた。


「本部が変わるためには、もっと時間が必要です。あるいは、内部から変わるきっかけが必要です」


「それを待つか」


「今は待ちます。魔王軍が最優先です」


 皇帝が頷いた。


「一つだけ言っていいか」


 アルベルトは静かに言った。


「どうぞ」


「ファビアンは良い司祭だ。彼が変わろうとしていることを、支えてやれ」


「しています」


「お前が支えるのではなく」


 皇帝は言った。


「三島涼介が支えている。あれで良い。お前が支えると、計算の匂いがする。涼介が支えると、本物になる」


 賢は少し間を置いた。


「……そうですね」


「分かっていたか」


「薄々は」


 皇帝が笑った。年老いた顔に、穏やかな光があった。


「お前は頭が良すぎて、自分に足りないものを見つけるのが得意だな」


「そうかもしれません」


「それが良いことだ」


 アルベルトは言った。


「自分に足りないものを知っている者は、他者を必要とする。他者を必要とする者は、孤立しない」



 執務室に戻ると、颯人が待っていた。


「遅かったな」


 颯人が言った。


「陛下と話してたのか」


「そうだ」


「何を言われた」


「涼介の方が上手くやっていると」


 賢は正直に言った。


 颯人が笑った。


「それは正しい評価だな」


「そうだな」


「珍しく素直だ」颯人が言った。


「否定する理由がない」


 颯人が窓の外を見た。

 教会の鐘楼が月明かりに照らされていた。


「本部は、しばらく動かないか」


「しばらくは。ただし変わったわけじゃない。魔王軍の問題が片付いた時、また動く可能性がある。あるいは、それよりも前に」


「その時は」


「その時のための準備をしておく」


 賢は言った。


「ただし、今日のところは、これで十分だ」


「今日のところは、か」


 颯人が言った。


「お前にしては珍しい言い方だな。いつも先のことを考えてるのに」


「先を考えていても、今日の成果は今日のものだ」


 賢は静かに言った。


 颯人が少し間を置いた。


「……それ、誰かに言われたか」


「陛下に、少し」


「陛下はいいことを言う」


 颯人は笑った。


 二人は並んで窓の外を見た。

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