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第21話 夜を裂く火

 カルフが異変に気づいたのは、夜明けの見回りの時だった。


 山が静かすぎた。


 鳥が鳴いていない。

 風が止まっている。

 いつもなら夜明けに活発になる小動物の気配が、完全に消えていた。


 50年以上、この山で生きてきた。

 この静寂(嵐の前の静けさ)が何を意味するか、カルフは知っていた。


「全員起こせ」


 カルフは傍らの若者に言った。


「今すぐだ」


「何が」


「来る」


 村の鐘が鳴った。



 最初の魔獣が山の北斜面に現れたのは、鐘が鳴って10分後だった。


 グレートウルフではなかった。


 それより一回り大きく、毛並みが黒く、目が赤く光っていた。

 魔力が濃く、動きが速かった。


 魔王の復活以来、山で目撃されるようになった新種だった。

 狼人族の間で「影狼」と呼ばれていた。


 一頭だけではなかった。


 北斜面から、次々と姿が現れた。

 10頭、20頭、40頭。

 それだけではなく、南と東からも気配があった。


「包囲されている」


 老いた斥候が戻ってきて言った。


「数は……100は優に超えている。南からはヒュドラが一体」


 カルフは村の全体を見渡した。


 戦える成人が40名。老人と子供が60名以上。


「老人と子供を中央の建物に集めろ。若い者は外周を守れ」


 カルフは叫んだ。


「時間を稼ぐんだ。ランドベルク(人)に伝令(助け)を送れ」


「伝令(助け)が山を下りる前に魔獣が」


「送るんだ!」



 魔獣が動いた。


 北から影狼の群れが殺到した。


 狼人族の若者たちが槍と爪で応戦した。


 狼人族の身体能力は通常の人間を遥かに超えており、一対一なら影狼にも互角に戦える。


 しかし数が違いすぎた。


 一人が倒した。

 しかし別の一頭が背後から飛びかかった。


 東からゴブリンの大群が来た。

 数百体が、統率されたように動いていた。


 一体一体は弱いが、数で押してくる。

 村の外壁に梯子をかけ始めた。


 南のヒュドラが、長い首を持ち上げていた。

 7つの頭のそれぞれが、炎と氷と雷をはらんだ魔法を準備していた。


 カルフは弓を構えながら、心の中で計算した。


 持たない。


 二時間は無理だ。一時間が限界だ。



 ランドベルクの駐屯所に伝令(助け)が飛び込んできたのは、夜明けから一時間後だった。


 全身傷だらけの若い狼人の女性だった。魔獣の群れを掻い潜り、山を駆け下りてきた。


「北の村が! 大規模な魔獣の群れに! 数百頭もいます! ヒュドラも!」


 駐屯所長のフリードリヒが即座に動いた。


「第三機動大隊、出撃準備! 同時に、ベルフストの司令部に緊急通報! 賢殿への直通回線を使え!」



 緊急通報がベルフストに届いたのは、それから5分後だった。


 賢はすでに起きていた。


 地図を広げ、北部山岳の位置を確認した。

 ランドベルクから現地まで、山道で3時間。

 機動大隊が全力で動いても、到着は昼前になる。


 伝令の報告にあった数字。

 影狼100頭以上、ゴブリン数百体、ヒュドラ一体。


 これは機動大隊だけでは足りない。


「特殊部隊を動かします」


 賢はハンスに言った。


「全員召集。AC-130を生成します」


 ハンスが一瞬止まった。


「AC-130、とは」


「ガンシップと呼ばれる航空機です。目標地点を中心に旋回して上空から絶え間なく攻撃できます」


「今なら使える状況です。夜明けから時間が経っている。視界は十分にある」


「了解です」


 賢は右手を前に出した。


 神の祝福が応えた。


 手の中に、M240(愛用銃)が現れた。


 続けて、外に出ながら祝福に意識を集中し続けた。

 今の規模では、地上部隊は二個中隊までだ。


 しかし今日は、それ以上のものを生成する必要があった。


 空に、轟音が響いた。



 AC-130が、ベルフストの上空に現れた。


 四発のターボプロップエンジンが唸りを上げ、大型の機体が灰色の朝空に浮かんでいた。


 胴体側面に、20mm機関砲(バルカン)、40mmボフォース砲、105mm榴弾砲が搭載されている。


 ベルフストの市民が、空を見上げた。


 見たことのない巨大な鉄の鳥が、轟音とともに北へ向かっていった。



 第三機動大隊、600名が山道を駆け上がった。


 WWI直前に相当する装備で編成されていた。

 後装式連発(ボルトアクション)小銃を持つ銃兵、機関銃班、軽迫撃砲班。


 各小隊が独立して判断し、連携して動く。

 散開戦術と火力の集中が、この部隊の戦い方だった。


 大隊長のカスパーが先頭で叫んだ。


「小隊単位で散開! 機関銃班は稜線を先行しろ! 迫撃砲班は射撃位置を確保次第、準備開始!」


 山道を二時間で駆け上がり、村の二km手前に展開した。


 前方から、轟音と獣の咆哮が聞こえてきた。


 斥候が戻ってきた。


「村は持っています! しかし外壁の南側が突破されかけています! ヒュドラが炎を吐いています!」


「機関銃班、前へ! ヒュドラを優先目標にしろ!」



 カルフは建物の陰で槍を握っていた。


 外壁の南側が破られ、影狼が三頭侵入してきていた。

 村の中で戦いが続いていた。


 老人が一人、逃げ遅れて影狼に向き合っていた。

 カルフが飛び込んで影狼を引きつけた。槍で首を狙う。


 一頭目が倒れた。

 しかし次が来た。


 その時、遠くから銃声が聞こえた。


 連続した乾いた音が、山に反響した。


 影狼が一瞬、動きを止めた。


 続けて、重機関銃の音が響いた。


 カルフは丘を見た。


 丘の稜線に、人間の兵士たちが展開していた。


 散開した隊形で前進しながら、銃を撃ち続けていた。

 密集する影狼の群れに、弾幕が降り注いでいた。



 機関銃班が稜線に据え付けた重機関銃が、南から来る影狼の群れを薙いだ。


 一分間に1500発が連続して放たれる火線が、密集した魔獣の群れに壊滅的な打撃を与えた。


 しかしヒュドラは違った。


 七頭の首を持つ巨体が、全高10m以上。

 分厚い鱗が機関銃弾(12.7×99mm)を弾いていた。


 第二頭が炎を吐いた。

 機関銃陣地の一つが焼かれた。


 カスパーが叫んだ。


「迫撃砲班! ヒュドラの頭部を狙え!」


 軽迫撃砲の砲弾が弧を描いてヒュドラに着弾した。


 しかし分厚い鱗には効果が薄かった。


 第三頭が雷撃を放った。


 兵士が二人、吹き飛ばされた。


「機関銃も迫撃砲も効かないか」


 カスパーが歯噛みした。


 その時、空から轟音が降ってきた。



 AC-130が村の上空に差し掛かった。


 機体が左旋回しながら、目標を固定した。


 ガンシップの戦い方は、目標を中心に旋回しながら、常に側面の砲を向け続けることだ。


 賢が機内から無線で指示を出した。


「ヒュドラを優先目標。地上部隊との座標を確認してから撃て。デンジャークロス(攻撃地点が友軍に近い)。友軍誤射に注意」


「デンジャークロス了解。ヒュドラ確認。座標固定」


 105mm榴弾砲が火を噴いた。


 砲弾がヒュドラの胴体に直撃した。


 爆発が起きた。


 分厚い鱗が、ここで初めて砕けた。


 ヒュドラが咆哮し、七つの頭が上を向いた。


「二発目」


 また105mm砲が唸った。


 今度は頸部に当たった。


 二つの頭が吹き飛んだ。


 ヒュドラが地面に崩れ始めた。


 地上の兵士たちが、空を見上げていた。

 何が起きているか理解できていない顔があった。

 しかし動く手は止めなかった。



 40mmボフォース砲に切り替わった。


 影狼の群れに向けて、連続して砲弾が降り注いだ。


 地上では散開した兵士たちが小銃と機関銃で対応できるが、AC-130からは群れの全体が見えていた。

 逃げ場のない森の中の魔獣に、的確に砲弾が当たった。


 20mm機関砲(バルカン)の弾幕がゴブリンの集団を薙いだ。


 上空からの持続的な火力が、地上部隊の展開を支えた。


 機動大隊が前進できる隙が生まれると、AC-130が逃げる魔獣を追った。

 隙を見せると、地上の小隊が突撃した。


 立体的な殲滅が進んだ。



 カルフは建物の陰から外を見ていた。


 空から轟音が降り続け、魔獣が次々と倒れていた。

 地上では人間の兵士が散開しながら前進し、小銃の音が連続して響いていた。


 一時間前まで、絶望的な状況だった。


 今は違った。


 魔獣の群れが、崩れていた。


 影狼が逃げ始めた。

 しかし逃げても、空から追われた。

 森の中に散ったところを、機動大隊が追跡した。


 日が中天に近づく頃、戦闘が終わった。



 カスパーが村に入った時、狼人族の戦士たちが外壁の前で立っていた。

 疲弊した顔をしていたが、目が生きていた。


「大隊長殿」


 伝令が言った。


「こちら(機動大隊)の損害は戦死(KIA)3名、負傷21名です。獣人側は戦死8名、負傷30名以上と見られます」


「医療班を村に入れてください」


 カスパーは言った。


「獣人の負傷者も治療します」


「獣人の方も、ですか」


「当然です。急いでください」



 賢がAC-130から降りてきたのは、その二時間後だった。


 村の広場に、狼人族の生存者が集まっていた。

 子供が泣いていた。

 老人が地面に座り込んでいた。

 負傷者が医療班の処置を受けていた。


 カルフが賢の前に立った。


 二人は初めて顔を合わせた。


 カルフは賢を見下ろした。

 大柄な狼人族の族長と、小柄な18歳の人間。


 しかしカルフは、賢の目の静けさを見た。


「来てくれたか」


 カルフは言った。


「遅くなりました」


 賢は答えた。


「こちらは3名の方が戦死(KIA)しました」


「こっちも8名が亡くなった」


「はい」


 カルフが空を見上げた。

 AC-130がまだ遠くで旋回していた。


「あれは何だ。翼のある鉄の塊が、あれほどの力を」


「私の祝福です。戦闘経験で強化されます」


「魔法か」


「違います。私の世界の技術です」


 カルフが賢を見た。


「……一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「お前は、何故ここに来た。エーリカならまだ分かる。しかし皇国の、あれだけの力を持つ者が、自ら」


「あの空の機械は、遠隔では動かせません」


 賢は答えた。


「私が乗らなければ意味がない」


「それだけか」


 賢は少し間を置いた。


「エーリカから、カルフさんの話を聞いていました。正直な人間と話すのは疲れると言っていたと」


 カルフが僅かに目を細めた。


「その通りに言ったな」


「一度会ってみたいと思っていました」


 賢は言った。


「それがこういう形になってしまいましたが」


 カルフは長い間、賢を見た。


 それから、ゆっくりと頭を下げた。


「……助かった。感謝する」



 日が暮れた後、医療班が村の中で活動を続けていた。


 マリアが急遽派遣されており、負傷した狼人族の治療に当たっていた。


 最初、狼人族の老女が治療を拒んだ。


「人間の医師に触らせるな」


 と言った。


 マリアは引かなかった。


「触らなくていいです。ただ、傷を見せてください。見るだけでいい」


 老女が渋々腕を出した。深い裂傷が走っていた。


「抗生物質が必要です」


 マリアは静かに言った。


 「このままでは化膿します。処置させてください」


「痛いか」


「処置中は痛みがあります。でも治ります」


 老女が黙った。

 それを同意と取り、マリアは処置を始めた。


 隣では若い女性医師が子供の傷を縫合していた。


 狼人族の子供は痛みに強いのか、泣かなかった。

 しかし手だけは女性医師の袖を強く握っていた。


 夜が更けるにつれ、警戒心が薄れていった。


 老女が処置を終えた後、マリアに言った。


「……お前は、怖くないか。我々が」


「怖くはありません」


 マリアは包帯を巻きながら言った。


「怪我をした人の治療をしているだけです」


「人間の医師が、獣人を人として扱うとは思わなかった」


「当たり前のことです」


 老女が少し黙った。


「そうか」



 翌朝、撤収準備が始まった頃、カスパーの元に若い狼人の男が来た。


「話がある」


「何ですか」


「皇国の軍に、入れるか」


 カスパーが止まった。


「…入隊を志願する、ということですか」


「ああ」


若い男が言った。


「昨日、あの人間の兵士たちを見た。あの戦い方を覚えたい。それに」


 男が少し間を置いた。


「あれがあれば、次に魔獣が来ても村を守れる」


「カルフ族長は」


「俺の判断だ。族長には話す」


 カスパーは賢に無線を入れた。


「獣人の志願者が出ています。どう対応しますか」


 賢が少し間を置いてから答えた。


「受け入れます。訓練は通常の兵士と同等にします。獣人の身体能力と感覚を活かした部隊編成を別途考えます」


「了解です」



 カスパーが若い男に向き直った。


「受け入れます。ただし訓練は厳しい。同じだけ動いてもらいます」


「それでいい」


 男は言った。


「俺の名前はヴォルク。よろしく頼む」


 カスパーが手を差し出した。

 ヴォルクが握った。


 その手は、カスパーの倍ほどの大きさがあった。



 その日の夕方、撤収する皇国軍を、生存した狼人族が見送った。


 全員が無言だった。


 カルフが最後に賢の前に来た。


「一つ頼みがある」


「聞きます」


「南のヒュドラが出た場所、あの辺りの魔獣の密度が増している。山の奥に、魔獣の巣があるかもしれない」


「調査します」


 賢は言った。


「場所が分かれば、対処(殲滅)します」


「我々も案内する」


 カルフは言った。


「山のことは、我々の方がよく知っている」


「助かります」


 カルフがもう一度空を見上げた。

 AC-130はもう見えなかった。


「あの鉄の鳥は、また来るか」


「必要な時には」


「……必要になる前に来てほしい」


 カルフは静かに言った。


「善処します」


 カルフが頷いた。

 それが別れの挨拶だった。



 2ヶ月後、ヴォルクは銃兵師団の訓練場にいた。


 ランドベルクからベルフストまで下りてきて、他の新兵と一緒に訓練を受けていた。


 体格の差は圧倒的だった。

 他の新兵が射撃姿勢を取ると、ヴォルクは銃が小さく見えた。


 しかし射撃の訓練では、その大きな手が繊細に引き金を操った。


 狼人族の視力と嗅覚は、夜間訓練で特に際立った。


 夜間行軍の訓練で、ヴォルクが斥候の役割を担うと、他の訓練生が気づかない気配を次々と見つけた。


「あっちに誰かいる」


 ヴォルクが小声で言った。


 訓練教官が確認すると、伏せていた別の班の訓練生がいた。


 100m以上離れており、暗闇の中だった。


「どうやって分かった」


 教官が聞いた。


「匂い」


 ヴォルクは言った。


 教官が黙った。



 その1ヶ月後、ヴォルクの後を追って、北の山からさらに5名の若い狼人族が来た。


 2ヶ月後、東の森から兎人族の女性が1名来た。

 弓の腕が卓越しており、狙撃手の訓練に回された。


 志願者は少数だったが、確実に増えていた。



 エーリカが報告を持ってきた。


「北の山を訪ねました。カルフさんが言っていました」


「何と」


「あの日以来、若者の見る目が変わったと」


 エーリカは言った。


「皇国に対する見方ではなく、外の世界に対する見方が変わったと。あの火力を見て、世界が自分たちの山より広いことを実感したようです」


「それは良いことですか、悪いことですか」


「カルフさんは、どちらとも言いませんでした」


 エーリカは静かに言った。


「ただ、変化は止められないと言っていました」


「そうですね」


「一つ聞いていいですか」


 エーリカが言った。


「あの日、AC-130を自ら飛ばしてきたのは、本当に遠隔では動かせないからですか」


 賢は少し間を置いた。


「それもあります」


「それだけではないですね」


「……カルフさんに会いたかったことも、あります」


 エーリカが少し笑った。


「正直ですね」


「嘘をつく理由がありません」


「賢さんとカルフさんは、似ていますよ」


 エーリカは言った。


「どこが」


「どちらも、正直で、無駄なことを言わない」


 賢は少し考えた。


「……そうかもしれません」



 獣人と人が、共闘をした。

 その事実が、世界を少しずつ変えていった。

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