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鋼鉄の産声と硝煙の改革  作者: 弾幕主義者(装弾数正義派)
モンデブーレ王国侵攻編
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第15話 終戦の筆

 モンデブーレ王国の首都、モンテ・ロワールに皇国軍が入城したのは、宣戦布告から24日後だった。


 城門を抜けた時、街は静まり返っていた。


 逃げることも、戦うこともできなかった市民たちが、窓の陰や路地の隅から行列を見ていた。

 子供が母親の袖を掴み、老人が無表情で視線を向けていた。

 石畳に花びらが撒かれることも、歓声が上がることもなかった。


 征服された街の沈黙だった。

 行列の先頭にグスタフが馬を進め、その後ろに師団長たちが続いた。


 颯人たちクラスメイトも正装に近い格好で列に加わっていた。

 賢は行列の中ほどで馬を進めながら、街並みを静かに観察していた。


 窓から見下ろす市民の顔の中に、怒りより恐怖の方が多い、と賢は読んだ。

 それは扱いやすい、と思った。


 次の瞬間、その思考を意識した。

 人の恐怖を扱いやすさで計算している自分がいた。


 賢はその事実を確認し、しかし特に何も感じないまま、視線を王城の方向に戻した。


 王城の大広間に、両国の関係者が集まった。


 皇国側は、三日前にベルフストから馬車で出発した皇帝が到着していた。


 70を超えた老体に、長旅の疲れが滲んでいた。

 しかし謁見の席では背筋を伸ばし、威厳を保っていた。


 その傍らにオットー、グスタフ、そして賢が並んだ。


 クラスメイトたちは皇帝の後方に整列した。

 37人が一堂に会する形で、広間に独特の存在感を放っていた。


 颯人が先頭に立ち、誠司、涼介と続く。

 全員が訓練と実戦を経て、召喚された頃の高校生の顔とは少し違う顔をしていた。


 王国側は、モンデブーレ国王、エドワール三世が上座に座っていた。

 四十代の精悍な顔をした男だったが、今日は憔悴の色が隠せなかった。


 その両脇に筆頭貴族たちが並んでいる。

 宰相、財務卿、軍務卿。

 多くが視線を伏せており、正面を向いている者は少なかった。


 捕虜として連行されたモンフォール提督も、一角に座っていた。

 老騎士は背筋を伸ばし、正面を向いていた。

 その目だけが、敗者の誇りを保っていた。



 正式な交渉が始まる前に、エドワール三世が口を開いた。


「まず一つ確認させてほしい」


 国王は静かな声で言った。


「我が国民の安全は、保証されるか」


 皇帝が口を開こうとした。

 しかし賢が一歩前に出て先に言った。


「保証します。皇国軍の占領下において、一般市民への略奪、暴行は厳罰をもって対処します。既に占領した地区でも、その原則は守られています」


 エドワール三世の目が賢に向いた。


「……若い。お前が今回の戦争を指揮した男か」


「はい」


「名は」


「福神賢と申します」


 国王がしばらく賢を見た。


「18か19か」


「18になりました」


「そうか」


 国王は静かに言った。

 感情の読めない声だった。


 皇帝が口を開いた。


「交渉を始めよう。条件を提示してくれ、賢」


 賢は一礼し、書類を取り出した。


「条件は五点です」


「一点目。モンデブーレ王国軍の解体(武装解除)。現有する軍事組織の全部隊を解散し、武装を皇国に引き渡す」


 軍務卿が顔色を変えた。


「軍の解体とは、つまり」


「国家としての独立的な軍事力を持たない、ということです。治安維持のための警察力は認めます。ただし規模と装備は皇国が定める基準に従っていただく」


「それでは、我が国は皇国の属国ではないか」


「そうなります」


 賢は淡々と答えた。


「二点目。国境の一部割譲。北部のマロン高地及びデュボワ渓谷を皇国領に編入します」


 貴族たちがざわめいた。

 エドワール三世は表情を変えなかった。


「三点目。賠償金として金貨十万枚(王国の国家予算二年分)。分割払いを認めます。期間は5年間」


「十万枚(国家予算二年分)...」


 財務卿が呻いた。


「国庫が空になっても払いきれません」


「工業化の支援をします」


 賢は言った。


「皇国の産業革命の技術を王国にも提供します。工場が動き始めれば、5年経たずとも賠償を払えるだけの経済力になります。アルクハインでの実績があります」


 財務卿が黙った。


「四点目。皇国との相互防衛条約の締結。皇国が王国を外部の脅威から守る代わりに、皇国の軍事行動への協力義務を持っていただく」


「それは同盟か」


 宰相が聞いた。


「形式上は同盟です。実態については、ご想像の通りです」


 宰相が口を閉じた。


「五点目」


 賢は最後の項目を読んだ。


「アルクハインへの援助に関与した者の引き渡し。具体的にはブルクハルト卿と連絡を取り、物資の手配をした王国内の人物を特定し、皇国の司法に引き渡していただく」


 エドワール三世が初めて表情を変えた。

 眉が僅かに動いた。


「それは……内政への介入ではないか」


「アルクハインへの援助は皇国への敵対行為です。その責任者を不問にすることはできません。ただし」


 賢は一度止まった。


「対象者の範囲については交渉の余地があります」


 国王は長い間、机の上の書類を見ていた。


 やがて顔を上げた。


「……三点目の賠償金の分割払い、条件を詳しく聞かせてくれ」


 交渉が動き始めた。



 交渉が続く中、颯人は後方の席から場を見ていた。


 隣の誠司が小声で言った。


「賢、全部シナリオ通りに動かしてるな」


「見てたら分かるな」


 颯人が低く答えた。


「国王の顔色を見てるか。最初から賠償金の分割払いに話を持っていくつもりで、最初の条件を少しだけ厳しく提示してる。交渉で一つ勝ち取った感を国王に与えながら、本当に重要(傀儡化に必要)な条件は全部通してる」


「……相変わらずだな」


 涼介が前から顔を向けた。


「俺たちが並んでるのも、計算の一つだと思う。異世界から召喚された37人(英雄)が一堂に並んでる。それだけで王国側への圧力になってる」


 颯人は少し考えた。


「俺たちは飾りか」


「飾りというより」


 誠司が言った。


「証拠だろ。皇国がこれだけの戦力を持っているという証拠の一部」


 颯人は前を向いた。


 賢が国王と淡々と言葉を交わしていた。

 18歳の青年が、一国の王と対等に交渉している。

 召喚された直後の、あの静かな目のままで。


 不思議な気分だった。


 自分たちが戦場で剣を振るい、魔法を使い、盾となった。


 その全てが今、この交渉の席での皇国の発言力に変換されている。

 賢はその変換を最初から計算していたのだろう。


 それが悔しいわけではなかった。

 ただ、自分と賢の見ている景色の違いを感じた。



 交渉が大筋で合意に達した頃、皇帝が初めて本格的に口を開いた。

 老帝はゆっくりと立ち上がり、エドワール三世に向かって言った。


「エドワール王、一つだけ私から申し上げたい」


 国王が顔を上げた。


「この戦争は、互いに望んだものではなかった」


 皇帝は静かに言った。


「公国への援助が引き金となったが、根にあるのは長年の緊張だ。その責任の一端は、我が国にもある」


 王国側の貴族たちが、意外そうな顔をした。


「しかし今日から、我々は同じ方向を向かなければならない。魔王軍の脅威は、王国にとっても皇国にとっても同じだ。今日結ぶ条約は、敵対の終わりであると同時に、協力の始まりであってほしい」


 エドワール三世がしばらく老帝を見た。


「……陛下のお言葉、重く受け止めます」


 国王は静かに言った。


「ただ一つだけ」


「なんだ」


「今回の戦争を設計した者が」


 エドワール三世が賢に目を向けた。


「この先も、我が国の扱いを決めるのでしょうか」


 皇帝が賢を見た。

 賢は国王の視線を受けて、静かに答えた。


「皇国の政策を決めるのは皇帝陛下です。私は助言と実務を担っているに過ぎません」


「それが建前であることは分かっている」


 エドワール三世は言った。

 怒りではなく、確認するような口調だった。


「あなたが今後も皇国の実務を握るなら、あなたに聞きたい。我が国民は、どう扱われる」


「公国と同じです」


 賢は答えた。


「工場が建ちます。鉄道が通ります。学校ができます。しばらくすれば、モンテ・ロワールはベルフストほどではありませんが、今より遥かに豊かな街になります」


「その代わりに」


「独立は失います」


 静寂が落ちた。


 エドワール三世は長い間、賢を見ていた。


「……正直な男だな」


 国王はやがて言った。


「嘘をついても長続きしません」


 国王が小さく、しかし確かに苦笑した。

 疲弊した顔に、僅かな皮肉と諦観が混じった表情だった。


「分かった。調印しよう」



 広間に、長いテーブルが運ばれた。


 羊皮紙に書かれた降伏文書が、テーブルの中央に置かれた。


 オットーが事前に準備していたもので、交渉での合意内容が丁寧な文字で記されていた。


 両国の代表がテーブルを挟んで向き合った。


 皇帝が先に羽ペンを取り、皇国の署名欄に名を記した。

 続いてオットーが、グスタフが署名した。


 賢も署名欄に名を記した。


 エドワール三世がペンを取った。


 一瞬、手が止まった。


 広間が静まり返った。


 誰も何も言わなかった。


 国王はゆっくりと、しかし確かな筆跡で名を記した。

 続いて宰相が、財務卿が、軍務卿が署名した。


 モンフォール提督は最後に呼ばれた。


 老騎士は立ち上がり、テーブルまで歩いた。

 背筋は伸びていた。

 ペンを取り、署名欄を見た。


 少し間があった。


「……貴君に一つ聞いてよいか」


 モンフォールが賢に向かって言った。


「どうぞ」


「海での戦い、沈みかけた艦の乗員を救助したと聞いた。敵の兵士を」


「はい」


「なぜだ」


「溺れている人間を見殺しにする理由がないからです」


 賢は答えた。


「戦争は終わりました。終わった後の敵(非敵対戦闘員)を殺すことに意味はありません」


 モンフォールが賢を見た。


「……若いのに、そういうことができるか」


「私ではなく、クライン艦長が判断したことです」


「その艦長に、感謝を伝えてほしい」


 モンフォールは静かに言った。


「私の部下の命を救ってくれた」


「伝えておきます」


 モンフォールが署名した。


 羽ペンが置かれた。


 降伏文書の調印が、完了した。



 調印の後、式典の場が少し和んだ頃、エドワール三世がクラスメイトたちの方に歩み寄ってきた。

 侍従が慌てて止めようとしたが、国王は手で制した。


 颯人が前に出た。


「東条颯人と申します」


「剣の英雄と聞いた」


 エドワール三世が言った。


「戦場での話は報告を受けている。第二防衛線での活躍、見事だったそうだな」


「誠司が位置を教えてくれなければできませんでした」


 国王が誠司に目を向けた。

 誠司が軽く頭を下げた。


「君たちは」


 エドワール三世は静かに言った。


「日本という国から来たと聞いた。遠い異世界から、望まずに召喚されて」


「はい」


 颯人は答えた。


「戦うことに、迷いはなかったか」


 颯人は少し考えた。


「……あります。今もあります。王国の兵士たちと戦って、倒(殺)した。正直、それが正しかったのかどうか、まだ分からない部分があります」


 エドワール三世が静かに颯人を見た。


「正直な答えだ」


 国王は言った。


「君たちが戦うことを選んだ理由は何だ」


「色々あります」


 颯人は答えた。


「この世界に来てしまったこと。一緒に来た仲間を守りたいこと。魔王軍という本当の敵がいること。それに……ここで生きている人たちを見ていたら、守りたいと思った。それだけです」


 国王がしばらく颯人を見ていた。


「……良い目をしている」


 エドワール三世は静かに言った。


「あの策士(福神賢)とは、全く違う目だ」


 颯人が苦笑した。


「賢は昔からああいう奴です」


「友人か」


「幼馴染、みたいなものです」


「そうか」


 国王は小さく笑った。

今日初めて見せた、穏やかな表情だった。


「あの男に振り回されながら、君のような人間がいる。それは、皇国にとって良いことだと思う」


 颯人は少し意外な顔をした。


「……それは、どういう意味ですか」


「策士は遠く(未来)を見すぎる」


 エドワール三世は静かに言った。


「そういう者の隣に、目の前(現状)の人間を見ている者がいることは、大切なことだ」


 颯人は何も言わなかった。


 国王が一礼して、その場を離れた。



 調印の翌日から、戦後処理が始まった。


 皇国から派遣された行政官が王都に入り、各省の引き継ぎを開始した。


 王国軍の武装解除は一週間で完了した。

 捕虜の処理は、投降した兵士を一定期間収容した後、誓約書への署名を条件に順次釈放する形を取った。


 賢はモンテ・ロワールに一週間留まり、行政移行の初期設定を行った。

 税制の統一、行政組織の再編、皇国憲法の適用開始。


 一つ一つを確認し、問題が出れば修正した。


 アルクハインでの経験が活きており、作業は想定より速く進んだ。


 王国の貴族たちへの対応は、アルクハインと同じ方針を取った。


 主要な貴族をベルフストに移送し、行政顧問として処遇する。

 身分と財産の一定程度を保障し、抵抗の核を王国から分離する。


 エドワール三世については、別の扱いを賢は提案した。


「国王には、モンデブーレ大公としての地位を与えます。名目上の統治(君臨す)者として残す(れども)。ただし実権は皇(統治)国の行政官が持つ(せず)」


「なぜ王を残す」


 グスタフが聞いた。


「民心の安定のためです。王を突然消すと、民の抵抗感(レジスタンス)が増します。慣れ親しんだ顔が上にいる方が、統治の移行がスムーズになります」


「王自身は納得するか」


「既に提案しました。受け入れるとのことです」


 グスタフが少し驚いた顔をした。


「……交渉したのか、もう」


「昨夜のうちに」



 戦後処理の最終日、賢は一人で王城の庭に出た。


 庭は手入れが行き届いており、秋の花が咲いていた。


 青い空に、王城の旗が翻っていた。

 モンデブーレ王国の旗だ。

 まもなく皇国の旗が並ぶことになる。


 足音が聞こえた。

 颯人だった。


「ここにいたか」


 颯人が隣に立った。


「明日、ベルフストに戻るんだろ」


「ああ」


「また次の準備か」


「そうだ。」


 颯人は空を見た。


「……休まないな、お前は」


「休む必要性を感じない」


「俺は感じる」


 颯人が静かに言った。


「昨日、国王と話した。颯人が振り回されながらいることが大切だって言われた」


 賢が颯人を見た。


「どういう意味だったと思う?」


「お前が遠くを見すぎる時に、目の前を見てる俺がいることが必要だってことじゃないか」


 賢は少し間を置いた。


「……そうかもしれないな」


「珍しく素直だな」


「否定する理由がない」


 颯人が笑った。


 庭の花が、秋の風に揺れていた。

 二人は並んで庭に立っていた。


 城壁の向こうに、モンテ・ロワールの街並みが広がっていた。


 煙突はまだなかった。

 しかし1ヶ月後には工場が建ち、煙が上がるだろう。

 3ヶ月後には鉄道が通るだろう。

 1年後には、今とは全く違う街になっているだろう。


 賢はそれを頭の中で計算しながら、秋の空を見上げた。


 颯人はただ、空を見ていた。


 二人の考えているは違った。


 しかし二人は同じ場所で、同じ空を見ていた。

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