決裂と解読
シドレミの戦いで敗北したリュカは、自らも捕虜となってしまった。
「まさか、帝国の宰相をとらえるとはなあ…」
辺りを窺いながらリュカは言う。
「僕をどうするつもりだ。」
「とりあえず、本国の指示を仰いでからだ。」と指揮官のチュン軍曹は言う。
伝令は三日後に戻ってきた。
「丁重に首都へとお連れせよ。」とのことです。
「だ、そうだ。では、あなた方は、首都へ来てもらう。」
「わかりました。」リュカは、数名の鳥人族に囲まれて、輿に乗せられた。
「あくまで、あなたは客人ですからな。」
***************************
その頃、カトゥル帝国の帝都リンベルでは激震が走った。
「シドレミで敗北しただけではなく、リュカが捕らえられたと?」
「はい、残念ながらそのようです。私がもっと、守るべきでした。」とパンチは暗澹たる気持ちで報告する。
「ふむ。さて、モンケよ。聞いたな?早速、プルチーノに講和を申し込め。戦闘の停止とリュカの返還を要求せよ。そのかわり、難民受け入れ、シドレミの保障占領、プルチーノ国境のカトゥル帝国による非武装化を約束するのだ。」
「かしこまりました。」
しかし交渉は難航した。
「我が国は圧倒的有利にある。どうして、戦闘を止めようか。」フクロウの姿をしたミズー外相が言う。
「しかし、先の難民問題は、もう既に貴国の要求を受け入れる。」とモンケ。
「そんなのは、紙きれに過ぎない。」
「あなた方は、何が目的ですか?」と同席したリルが言う。
「リュカ殿は、帝国にとり、大切な御仁と見受けられる。」
「もちろんそうです。」とモンケ。
「では、タイアルの土地であるミドー、ガント、マシューの地をいただきたい。」
「マシューだと?」モンケの顔がこわばる。「あの地は、われらタイアルにとって、父祖の創業の土地。渡すわけにはいかない。」
「ならば、これまで」とミズーは席を立とうとする。
「お待ちください!」とリルは叫ぶ。
「なら、ルームンの地はいかがですか?」
「ルームンか。」ルームンは、西国にある土地である。茶葉の生産が盛んであるため、北方民族にとって絶好の土地である。
「よかろう。それで手を打とう。ただし、もう一つ条件がある。」
「なんでしょう?」
「この条件を本国に報告してもよかろうか?」「もちろんです。」とモンケは言う。
***************************
次の日の交渉では、妥結が期待された。しかし、プルチーノ側の要求はさらにエスカレートしていた。
第一条カトゥル帝国はプルチーノ公国からの経済難民を受容すること。その際、毎年の受け入れ割合を、プルチーノ側と協議して決めること。
第二条ミドー、ガント、ルームンの地を割譲すること。
第三条カトゥル帝国領事のプルチーノ公国における領事裁判権を廃止すること。なお、プルチーノ公国領事のカトゥル帝国における領事裁判権は持続するものとする。
第四条プルチーノ公国は、カトゥル帝国の主要港湾及び交易ルートにおける優先利用権を有する。これにより、商船の停泊・物資の積載・公益活動を妨げられることはない。
第五条プルチーノ公国は、戦時においてカトゥル帝国内の前線基地を、補給・兵站・一時駐屯の目的で使用することができる。使用期間及び規模は両国間協議で定める。
第六条カトゥル帝国がプルチーノ領における軍事行動は、今後事前にその規模・目的・時期をプルチーノ公国側へ通告し、緊急避難の場合を除いて無断侵攻を行わないことを義務とする。
第七条プルチーノが第三国と開戦した際、戦時における武器・糧食・補給物資の配給について、カトゥル帝国は何よりも優先してプルチーノを援助する。
第八条カトゥル帝国が第三国に便宜を図る場合、自動的にプルチーノ公国に同等の権利を認めること。なお、プルチーノ公国からカトゥル帝国へはプルチーノ公国の裁量を認めること。
第九条カトゥル帝国の空軍保有を禁止する。
次の瞬間、モンケは剣を手にして、ミズーに斬りかかる。
「言わせておけば!」
ミズーは、飛び立って躱した。
「おお、使者を斬っていいのか?国際法違反だぞ?」
「この場合はよい!」「モンケさん、落ち着いて!」とリルは、モンケを制止する。
飛翔したミズーは、窓側へと逃げ延びる。
「まあ、よい。この分だと、カトゥルの没落の日も近い。最後に一つ教えてやろう。“二つの日が昇る時 一つは南に、一つは北に。 風は北の山を渡り 鳥の影は大地に満つ。 鋼は砕け、馬は折れる。翼は止まらず、地は空に屈す。光は天にあり。勝利誰にかあらんや。”」
「なんですかそれは?」と怯えたリルが言う。
「プルチーノとカトゥルの運命を謳った古の詩だ。まあ、言うまでもない。カトゥルの滅亡を寿ぐ詩ということだ。」
リルは次の瞬間、勇気を奮い立たせる。
「そんな予言、跳ね返して見せるわ!」
***************************
その後、プルチーノでは交渉の決裂の報が届いた。
「さて、リュカ殿。」
「はい。」
「貴殿には、いくつか質問に答えてもらおう。この度の戦役は、なぜ踏み切られた?」
「わたしの親友が襲われたからです。」
「では、我らプルチーノに求められた裁判権の移管をなぜ要求なされた?」
「それは、モンケ外相の一存です。」
「とぼけるな!かの有名な宰相殿下が、プルチーノ人の裁判を移管する意味がどういうことかお分かりなのか?」
「と、おっしゃいますと?」
「カトゥルは、かつてのユニマルがプルチーノにした歴史を忘れたのだな?」
というと、一人の男が現れた。
「おお、大将軍閣下。こんなところにまで。」
「お前がリュカか。俺は、クロウスニッチ。」
大将軍と呼ばれた男は、リュカの顔を一瞥した。
「さて、お前には頼みがある。戦争を辞めさせろ。」
「わかった。その前に。」
「なんだ。」
「なぜ、ヘレナを襲った人物を匿った?」
「それは…首謀者が皇族だからだ。」歯切れが悪そうにクロウスニッチは答える。
「おまけに大元帥と来てる。あんな奴が、上に就いたらこの国はおしまいだろうな。おっと、今のは不敬罪にあたりかねねえ。」
「その皇族は、怖いのか?」
「こわい、こわい。気分ひとつで、首を飛ばされたものは数知れず。公国の未来も危ういって時に、この戦争での大勝利だ。いまでは、国のカリスマだぜ。」
クロウスニッチの言葉からは、その皇族への敬意は微塵も感じられなかった。
「わかった。手紙を書こう。」リュカは手紙を書く。
***************************
「リュカから手紙が届きました!」
その手紙にはこうあった。「Ajiquy: 300,000 opnkcj. Iklwjeh hip. Bwxqekjwh zjropqkq syiakh ckseokal. Kbparsing yhkowqy. Pda avrwe dqikkehaip wklkkr jazkkp zearn opelnvdu.」
「‥‥リュカの言葉よね?」とマリー。
「ええ、でもなんかどこかで聞いたような?」とリル。
ヘレナがポンっと手を叩く。
「思い出した!」
「なるほど、“敵勢は30万。士気低し。内部、派閥により瓦解す。好機。鳥人族は急降下できない”」
「どうしてわかるの?」
「これは、古のシーザー暗号よ。かのローマ帝国の英雄・カエサルが使った暗号とされているの。かつての英語で書かれていたわ。」
「さすが、ヘレナ!」
「さて、私はしばらく故郷に帰るわね。」とマリー。
「ええ!こんな時に!」
「まあ、なんとかなるわよ。」




