戦端
「号外号外!カトゥル帝国は、プルチーノ公国と戦端を開いたよ!」
リュカはプルチーノ公国への宣戦詔書に署名した。普段温厚な彼が、強硬手段に打って出たのは、2つの事件が背景にあった。
一つは、デッシュ勢力のプロパガンダである。彼らは、世論の反外国人感情を煽り、リュカの弱腰外交を非難した。いわく、「犯罪の増加は、外国人の流入と軌を一にする。」いわく、「国益を守る外交とは、何たるかをわかっているのか」いわく、「外国人優遇政策を廃止せよ!」
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もう一つは、移民問題における軋轢の高まりを受けて、事件が発生したことである。事は、開戦の一か月前にさかのぼる。
その日、リュカは久しぶりに、リル、マリー、ヘレナ、クシイナダと会食を共にする予定だった。ところが、肝心の時間になっても、ヘレナとクシイナダが現れない。
「どうしたんだろう?」「何事もなければいいんですけど…」
そこに、クシイナダが駆けつけてきた。
「大変!ヘレナが…!」
「ヘレナ、どうしたの!?」そこには、体中にあざを残したヘレナの変わり果てた姿があった。
「リュカ君…わたしね、頑張ったんだよ…リュカ君から貰った御守り。守れなくてごめん…」というと、ヘレナはガクンとうなだれた。「ヘレナ!」ヘレナの秘書であるデウカリオンは、脈を確認する。「大丈夫です。気を失っておられるだけです。」
「デウカリオン…」「はい。」「話を聞かせてくれませんか?」とリュカ。
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時は少し前に、遡る。
「今日は、久々にみんなで会食!デウカ、遅れるわけにはいかないわよ!」
「ええ、こんなに楽し気な姫様は久々ですのお。」
「姫様は、不敬よ!誰かに聞かれちゃ困っちゃうわ。」
「ほっほっほ」
「例の娘で間違いない。」
その時、二人の前に男が立ちふさがる。
「よお、姉ちゃん。カネ、恵んでくれや。」
「何奴!」「俺たちは、プルチーノから最近来た新参者でさあ。さあ、金目の物恵んでくれや。」
「…いやだといったら?」と牽制するデウカ。しかし、ヘレナはそれを制止する。
「金目のものなら、渡しましょう。」「いいのですか!?お嬢様?」
「まあ、こんな日もあるわよ。」
と、ヘレナは持っている宝飾品を渡した。ただ一つ、リュカからの贈り物であるブローチを除いては―
「おっと、そいつもよこしな。」物乞い達はプルチーノの訛りで、ブローチにまで手をのばそうとする。
「これは、ダメ!」とその手をヘレナははたく。
「生意気な娘だな。やっちまえ!」と大勢の男が、ヘレナを殴り始める。
デウカリオンは、ヘレナを救おうとするが、寄る年波には勝てないのか、多勢に無勢なのか、どちらかはわからないが、救うことはかなわなかったらしい。
「これは……絶対に渡さない。」
デウカリオンの話によれば、ロレンソ家の領内に戻っていた時のこと。2人がかりの暴漢に襲われたらしい。
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「僕が間違っていた…」とリュカは話を聞くとすぐに、立ち上がる。
「リュカ君?」とリルはいつもの彼とは違う面持ちを察知する。
「みんなは、ここでヘレナを看病して。」とリュカ。その声は、震えている。
「リュ、リュカ君?」と、クシイナダは問い返すも、「はやく!」という怒号が返ってきた。
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リュカはすぐさま王城に参内する旨を伝達し、緊急の閣議と議会の開催を要求した。
「リュカ、こんな夜更けに何があったのじゃ?」とテレサ女帝。
「最悪の事態が発生しました。ヘレナ・ロレンソ嬢が襲撃されました。犯人は、プルチーノ公国人です。」
「そ、それはたしかなのか?」リュカは首肯する。
「ふむ。で、そちはどうするつもりだ。」
「この件に関し、プルチーノ側に犯人の身柄引き渡しを要求します。」
そこに駆け付けたのは、モンケとパンチである。
「リュカ殿!ヘレナ嬢が襲撃されたというのは…」モンケの言葉に、リュカは涙を浮かべながら首肯する。「僕は…守ってあげられなかった…」
テレサ女帝は、リュカに一瞥する。しかしその目は、哀れみで満ちていた。
「さて、モンケよ。」
「はっ」
「公国に対し、最後通牒を出せ。犯人の身柄を引き渡せとな。」
「承知。」
「パンチよ。」「はっ」
「いざという時のために、全軍に召集を掛けよ。」
「委細承知。」
だが、なおもリュカは理想を捨てきれない。「お待ちください!陛下!プルチーノ政府の仕業とまだ決まったわけではありません!彼らに、再考の路を。」
「わかっておる。そのための最後通牒だ。」
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こうして、外相モンケはプルチーノに最後通牒を提示した。
いわく、「プルチーノは、事件の責任者を捜し出し、関係者に賠償をすること。」
いわく、「今回の事件を正式に謝罪すること。」
いわく、「再発防止のため、帝国内のプルチーノ人に対する裁判権をカトゥル帝国に移管すること。」
いわく、「使節として向かわせるリュカ一行のプルチーノにおける安全を保障すること。」
しかし、プルチーノは、第3条を主権の侵害として断固拒否したのである。
宣戦詔書への署名のあと、「…私の志ではない。」とリュカはつぶやいたといわれる。




