カーサス・イミグラシオ・エコノミカ 経済移民の変
「プルチーノ公国?」報告を受けたリュカは、素っ頓狂な声で聴き直した。
「タイアル公国のさらに北側にある国なんだけど、最近難民が発生しているらしいのよ。」とヘレナ。
「このままじゃ、カトゥル帝国になだれ込んでくるのも時間の問題ね。」とマリー。
リルは紅茶を用意しながら、リュカに尋ねる。
「リュカ君は、難民がもしも来たらどうするつもり?」
「うーん。その時に考えるしかないかなあ。…判断を誤るくらいなら、もう少し情報を集めたい。」と紅茶を飲みながら、リュカはつぶやく。
「そんな、悠長なことを言ってる場合ではないかもですよ」と声の主は、リゼ皇女である。
「あ、殿下。」「そのプルチーノから親書が届きました。」
「親愛なるカトゥル帝国マリア・パンチ・テレサ皇帝陛下。
近年我が国は恐慌続きです。我が国のみでは、もはや民を養うことが困難となりました。貴国の広大な国土と豊かな財力を鑑み、一定数の避難民を受け入れていただきたく存じます。
プルチーノ公国公爵・リーバル。」
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「…なんて身勝手な。」とマリー。
「これは、履行する義務がありますか?」とリル。
有職故実に詳しいヘレナが言う。「履行する義務はございません。我が国とプルチーノとの間に、難民受け入れの相互規定はありませんから。ですが、難民受け入れ条約を締結している以上、国際的な批判は免れないわね。」
「じゃあ、彼らを受け入れる?」「ところがリュカ君…」
リルが徴税帳簿を見せる。
「今年は、不作らしくて…」「…要するに受け入れのための食糧が不足してしまうんだね…」コクっとリルは頷く。
「じゃあ、どうしようかしら。」
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その時、コンコンと部屋がノックされる。
「失礼します。マリー殿にお客人です。」
「まあ、誰かしら?」
コツコツと靴の音が響く。
「お久しぶりです。マリーで…いや、マリー殿。」
「お久しぶり、スパロー殿。」
「マリー?その方は?」とリュカ。
「ああ、前の職場にいた時に、知り合ったプルチーノ公国の貴族よ。」
マリーにそんな人脈が存在したとは。
「おかげさまで、侯爵にまで出世しました。」とスパローと名乗る男は言う。
「あらあら、出会ったときは、男爵だったのに。で、用件は何?顔だけ見るためだけに、わざわざ来たりしないわよね?」
「もちろん。これを…」
マリーは、プルチーノ公国からの信書を見る。しばらくすると、彼女は信書を突き返してこう言った。
「残念ながら、私が手伝えることはないわ。」とマリーはにべもなく突き返す。
「そ、そんなあ。」
「その代わり、同じ案件が来てるわよ。リーバル殿から。」
「リーバル!?(あいつは何を考えておられる。陛下の承諾なしに…)おっと、すまない。」
どうやら、リーバルとスパローには確執があるらしい。
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事の始まりは、去年の秋の不作だった。プルチーノは、隔年ごとに豊作と凶作を繰り返すのが特徴的で、秋の不作は織り込み済みのことである。
「そのため、人々は義倉に穀物を貯蔵し、狩猟や漁業で生業を立てるんだ。」とスパローは、お茶をすすって言うが、その言葉は重かった。
「ところが、不作は今年もやってきた。」ああ、だからか。とリュカは思った。
「それで、皆さん飢えに苦しんでいると。」
「それだけじゃねえ。今まではたんまり取れていた獣や魚も獲れなくなった。」
マリーが怪訝そうな顔をする。
「おかしいわね。また、なんで?」
「さっぱりだ。わかるなら教えてほしいもんだぜ。お願いだ。リュカ殿。われらプルチーノの民をこのカトゥルで養ってもらえねえだろうか?‥・正確な数は、我々にも把握できていないのですが・・・」
リュカは彼らに対する惻隠の情があった。だが、難民受け入れは一筋縄ではいかない。第一、カトゥル帝国に経済力があるのか?第二に、民との軋轢をどうするのか?第三に、終わりはいつになるのか?どれもこれも、見通しの立たない問題ばかりである。
「申し訳ありませんが、今回のところは引き取らせていただきます。ただし、判断がつくまでは、あなた方がこの国に滞在することを認めます。」とリュカ。
「かたじけねえ。」とスパローは、一度国境付近まで立ち退くことにした。
その後、リュカ達は対応を協議する。
「まずは、議会に諮らないといけないよね。」とリル。
「そうね。場合によっては、議会の議決が無いと急な外国人の流入は認められないわ。」とヘレナ。
「どうして、議会の議決が必要なの?」とマリー。
「外国人の急激な流入は、住民との軋轢を生むからよ。」とヘレナ。
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「それじゃあ、議会に説明に行こうか。」
こうして、臨時議会が開かれた。「彼らを見捨てるわけには、行きません。我々の理念が死ぬ。」「理念で国は維持できません。財政の悪化が懸念されます。」「そもそも敵の混入の危険性があります。その検証が先です。」
ところが、リュカの不安を余所に、外国人流入は議会で僅差で可決してしまった。
リュカは、閣議でこう漏らしたという。
「私への反対派は、いざとなったら、宰相の私に責任を押し付ければいいと思っている。」
「同情するぜ。」とパンチ。新参のモンケも、「いざとなったら、外交力を用いて、私が何とかします!」と言ってくれる。財相のダンドロは、必死でそろばんをはじいて、どの程度の総量迄なら移民を受け入れ可能か計算してくれている。
しかし、日ごろリュカに協力的なはずの南国のランドゴン王国は、リュカをなだめすかすだけである。「まあ、何とかなりますわい。」と海相のコーラルは言う。
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しかし、鳥人族の流入は日ごとに増していった。この状況を受けて、帝国の新任の外相であるモンケが、プルチーノ大使と交渉することとなった。
「貴国はいつになったら、我が国に流入する移民に対処されるおつもりか。」とモンケ。
「わが国には、原則移動の自由というものがあります。もちろんここにおいて、海外旅行の自由も保有すると解せられるのであります。」とプルチーノ公国駐カトゥル帝国大使であるピジョンは、はぐらかすように言う。
「ごまかすな。旅行ではなく、難民だろうが。」青筋を立てるモンケの言葉を、リルは引き取る。
「しかし当初の約束では、今年に限り、1万人を受け入れてほしいとのことでしたよね?こちらも、数万人規模の想定はしていました。しかし、2週間しかたたないのに、既に300万人の受け入れを要請するとは、明らかに話が違います。」
「そうは申せ。どのくらいの人数が帰国に赴くかなんて、私にわかるわけがない!貴国ほどの大国であれば、この程度の流入は問題にならないはずですが。また、受け入れるか否かは、貴国の自由でしょう。」
「それは、無責任にもほどがあるだろう!」とモンケは激高した。…この話を聞いて、無理もないと思った。
モンケによる大使館外交は、停滞を見せるばかりである。そのうちに、難民は食糧と職業を求めて、抗議活動をするようになった。また、彼らの一部には犯罪を起こし、次第に町で暴徒化する者まで現れ始めた。
事ここに至ると、リュカは、国境における戒厳令の宣布を行おうとする。しかし、戒厳令の施行には議会の同意が必要だが、議会における反リュカ派が反発する。彼らはこれを機に、リュカの失脚を狙っているとしか思えない。




