残像ステップと、殺意のオタクたち
体力テストを終えた放課後。
俺は教室の自分の席で、一人静かに教科書をカバンにしまっていた。
(ふぅ……色々あったけど、なんとか無事に終わったな。あれだけ『平均値』を連発したんだから、俺は完全に『目立たないモブ男子』としてクラスに馴染んだはずだ)
そんな呑気なことを考えていた、次の瞬間だった。
「ねえ!! ちょっと天城くん!!」
バンッ!と両手で俺の机が叩かれ、甘い香水の匂いがふわりと鼻を突いた。
顔を上げると、クラスの派手目な女子グループの中心――星野リカが、俺の顔を覗き込むように身を乗り出していた。
顔が近い。異世界で100年戦ってきた俺だが、現代のギャルのパーソナルスペースの近さに対する防御力はゼロだ。
「ちょ、星野さん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないし! さっきの反復横跳び、マジで何アレ!? 完全に3人に分裂してたじゃん! ねぇ、天城くんって絶対タダモノじゃないっしょ!!」
リカが目をキラキラさせながらグイグイと迫ってくる。
周囲のクラスメイトたちも、「確かにあれヤバかったよな……」と聞き耳を立てているのが分かった。
(しまった……! 一般人として完璧にやり過ごしたつもりだったのに、目をつけられてる! ここはなんとしても誤魔化さなければ……!)
俺は100年の戦闘経験から導き出した、最も自然で、最も説得力のある言い訳を口にした。
「……ふっ。見られちゃったか。残像のことだろ?」
「えっ、うん! なにアレ、忍者!?」
「違う違う。あれ、最近動画アプリで流行ってる『残像ステップ』だよ! 知らない?」
「ざ、残像ステップ……?」
俺は得意げにドヤ顔を作った。
「そう! 服をこすり合わせて静電気を起こしながら、目の錯覚を利用して動くトリックなんだよね。俺、どうしてもアレがやりたくて、毎日鏡の前で猛特訓したんだよ。どう? 完璧だったっしょ?」
異世界で修めた暗殺歩法を、俺は『動画アプリのオモシロ特技』へと見事にすり替えた。我ながら完璧なカバーだ。
これを聞けば、「なんだ、ただの動画の真似事か。変な奴だな」と興味を失うはず――。
「えっっ!? あれエフェクトじゃなくてガチでできるの!?」
リカの反応は、俺の予想の斜め上をいった。
彼女は興味を失うどころか、さらに身を乗り出して俺の腕をガシッと掴んだ柔らかい胸の感触が伝わってくる。
「待ってマジウケるんだけど!! 私もアレやりたい! TikTokでバズり確実じゃん! ねえ天城くん、ちょっと私にも教えてよ!!」
「えっ? あ、いや、これはその……」
「いいじゃんケチ! ほら、どうやんの!? こう!?」
リカは俺の腕を引っ張り、教室の後ろの空きスペースへと連れ出した。
そして、「静電気を起こすんだっけ?」と言いながら、見様見真似で変なサイドステップを踏み始める。
「あ、違う違う。もっと重心を低くして、こう、スッ、スッ、と……」
「えーむずっ! こう!? あははっ、なんか変な踊りみたいになってるし!」
俺はリカのペースに完全に巻き込まれ、気づけば二人で並んで「謎の横歩きダンス」の練習をさせられていた。
(よしよし。超人だとは全く疑われてないぞ。これで俺の『普通の学生生活』は守られた……!)
俺は完全に気を抜き、リカと一緒に笑い合いながらステップを踏んでいた。
……しかし。俺の『隠密計画』は、全く別の方向から崩壊の音を立てていた。
「おい……見ろよ、天城のヤツ……」
「なんであの陰キャっぽい転校生が、クラスカースト最上位の星野さんとイチャイチャしてんだよ……!」
教室の隅。
クラスの男子たち――特に、女子と話す機会の少ないオタク層の男子たちが、血走った目で俺たちを睨みつけていた。
「許せん……謎のステップで星野さんの心を掴むなんて……俺だって毎日動画見てるのに……ッ!」
「天城カイト……あいつは敵だ……ッ!」
彼らの手には、怒りでギリギリと握りしめられたシャーペンが折れそうになっている。
リカという美少女ギャルと至近距離で笑い合う俺は、彼らにとって『目立たない一般人』どころか『絶対に許せないリア充の敵』へとランクアップを果たしてしまったのだ。
「あっはは! 天城くんマジおもろい! 放課後もちょっと練習付き合ってよ!」
「えっ、放課後も!? ま、まぁいいけど……」
ギャルの好奇心を逸らすことには成功した俺だったが。
『変なダンスを踊る陽キャ(暫定)』として、クラスの男子たちから特大の嫉妬と殺意の視線を浴びていることには、未だ全く気づいていないのだった。




