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消えたボールと、空飛ぶ一般人

「ふぅ……前半は完璧だったな」


握力と50メートル走を「完璧な平均値」で終えた俺は、勝利を確信していた。

 この調子でいけば、放課後には「どこにでもいる、ちょっと運動が苦手な平凡な高校生」という不動の地位が手に入るはずだ。


次なる種目は『ソフトボール投げ』。

 15歳男子の平均は、約35メートル。


(これ、意外と加減が難しいんだよな。35メートルって、俺からすれば吐息を吹きかけるより弱い力だ。……そうだ、いいことを思いついたぞ!)


俺は天才的な閃きに一人でニヤリとした。

 水平に投げるから距離が出てしまうのだ。なら、真上に向かって放り投げれば、水平距離はほぼゼロ。あとは地面に落ちる前に適当に風を操って35メートル付近に誘導すればいい。


「天城、投げろ!」

「はい、いきまーす!」


俺はボールを握りしめると、青空の頂点を目指して、かるーい力でスイングした。

つもりだったがほんの少し力加減を間違えた


――ドォォォォォォォンッ!!


空気が爆ぜる音が響き、俺の手から放たれたボールは、文字通り『消えた』。

 あまりの速度に摩擦熱で発火したのか、空には一筋の白い雲のシュプールが真っ直ぐ天に向かって伸びていた。


「…………あれ?」


体育教師が、空を見上げたまま固まった。

 クラスメイトたちも、口をぽかんと開けて空を見上げている。


1分経過。……落ちてこない。

 3分経過。……やはり落ちてこない。

 5分後、遥か遠く、グラウンドから数キロ先にある山の向こう側で、微かに「ドォォォン……」と地響きが聞こえた気がした。


「…………」

 記録係の生徒が、震える手でペンを走らせた。

「測定、不能。……というか、ボールを紛失したから、天城。お前は失格だ」

「ええっ!? そんなぁ!」


俺はショックで肩を落とした。

(真上に投げたはずなのに……! 地球の自転とか気流の影響を計算するべきだったか……。失格なんて、『普通』から一番遠い評価じゃないか……!)


自責の念に駆られる俺の横で、神宮寺ナギサはガタガタと膝を震わせていた。

「……真上への遠投で、雲の彼方まで……? いや、まさか、私の勘違いよね……」



続いての種目は『立ち幅跳び』。

 15歳男子の平均は、約210センチ。


(よし、今度こそ失敗は許されない。210センチ……。俺にとっては一歩歩く程度の距離だ。普通に前に跳んだら砂場を飛び越えてしまう。……そうだ! 水平方向の力を上に逃がせばいいんだ。ふんわり高く跳んで、距離を殺そう!)


俺は砂場の前に立ち、軽く膝を曲げた。

「せーの!」


トンッ!というかすかな踏み込み音と共に、俺は跳躍した。

 予定通り、飛距離は2メートルちょっと。完璧な平均値だ。

 ……しかし、ここで俺の「自重」がまたしても裏目に出た。


距離を抑えるために「上」へ力を逃がした結果、俺のジャンプの最高到達点は、地上から1メートル以上という異常な高さを記録していたのだ。


とすっ、と砂場に着地した俺は、「よし、210センチ!」と爽やかに振り返ったが、計測係とクラスメイトたちはポカーンと口を開けていた。


「……お前、今、どんだけ高く跳んだ……?」

「頭の位置、俺らの身長より遥か上にあったぞ!?」

「立ち幅跳びなのに、垂直跳びより高く跳んでるじゃん!! どんなマジックだよ!」


俺はしまった、と冷や汗をかいた。

「あ、いや! トランポリンみたいにバネを利かせたっていうか……!」


言い訳すればするほど、周りの目は「ヤバい奴を見る目」に変わっていく。

 詩織ちゃんが、図書室での出来事を思い出して、頬を赤く染めながら熱心にメモを取っている。

「重力に逆らうほどの圧倒的な脚力……やっぱり天城くんは、物語に出てくる竜騎士様なのかしら……」



最後の種目は『反復横跳び』。

 15歳男子の平均は、約54回。


(最後くらいはバシッと決めないと! 回数は54回に合わせる。でも、あまりにダラダラ動くと『やる気がない』って思われるからな。素早く、キビキビとした動きを意識しよう!)


俺は心の中で「1、2、1、2」とリズムを取りながら、スタートの合図を待った。

「始め!」


俺は、緩急をつけながら、左右のラインを往復し始めた。

 回数は正確に刻む。だが、その一歩一歩の移動速度があまりにも速すぎた。


シュババババッ!!


カイトの姿が、左右のライン際と中央の3箇所に同時に現れる。

「ひっ……!? 三人に増えた!?」

「何あれ、分身!?残像!? カイトくんの残像が残ってるんだけど!」


リカがスマホを取り出して撮影しようとするが、あまりの速さに画面はノイズだらけだ。

「マジヤバい! 画面がバグるレベルの速さ! 狐面より速いんじゃない!?」


カイト本人は、必死に頭の中で「51……52……53……よし、ここで終わり!」と回数を数えるのに必死で、自分の残像が3人分重なっていることに全く気づいていない。


「54回です! ふぅ……いい汗かきましたね!」


ピタッと中央で静止したカイトの背後には、数秒間、薄い残像がユラユラと揺れていた。


「……疲れて目が霞んでるのかな……明日にでも病院予約しよう……」

 体育教師が、震える手で『平均』のハンコを資料に押した。


こうして、俺の「平均値を狙う体力テスト」は幕を閉じた。

 俺は「よし、全部平均(※失格含む)だったな! 完璧な一般人だ!」と満足げにグラウンドを後にしたが、その後ろ姿を、神宮寺ナギサは膝をついて拝んでいた。


「……今のは古武術の錯歩の極地……?天城カイト。君は、現代に蘇った武神なの……?」

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